16 本部長の手品

16 本部長の手品



本日、剛が言っていたコンパの日。

社内はそれ以外にも色々忙しいのか、あっという間に空っぽとなった。



『お客様のために考えただけです』



少し癪に障るが、確かに永原が言った通りに予定を組んだ方が、

予算はグッと押さえられる。


「でもなぁ……」


『最後の旅』なのだ。

病を知りながら、日本を旅する気になったご夫婦の、『思い出作り』。

いくら洋室希望だからといって、これでは改修工事間際の部屋へ、

ただ押し込んでいるようにしか思えなくなる。

もし、俺が本当にあの期限でこの世を去るのなら、

やはり、両親にはきちんと礼をしておきたい。

こうして元気に産んでくれたこと、大学まで出してもらって、

長男なのに自由に就職だって選ばせてもらった。

たいした貯金もせずに、気ままに暮らしていられるのも、

二人がまだ元気に活動してくれているから。

そんな二人を連れて、『最後の旅』に出るのなら、俺は……



静かな雰囲気が保てて、流れる時間がゆっくりと感じる場所……



そんな場所を選びたい。


「ダメだ、このホテルじゃ予算が合わない」


ひとつグレードをアップさせたホテルであれば、そんな希望が叶えられる。

同じように提携しているタクシー会社もあり、接客も完璧だ。

しかし、それには予算が……



結局、どう悩んでも答えは出ずに、ダメで元々と思いながら、

『淡路サイクリング』の奥さんに、予算がもう少しかけられないかと相談する。

返事は、ご丁寧な『ごめんなさい』だった。



『国定さんの決めてくれたところで、大丈夫だから』



奥さんは、俺に気を遣って、そう言ってくれたけれど、

『最後の旅』の意味が、今、ひしひしと感じる俺にとっては、

どうもこのまま成り行きに任せるような気持ちには、なれないんだよね。

ない頭をひねり、ついでに首までひねってみるが、

そんなことをしたって、いいアイデアが出ることはなく、

時限爆弾へのカウントダウンのように、営業部にある時計の針の音だけが、

カチカチと響いてくる。


「はぁ……」


このままでは、12月の頭という予定さえもクリアできなくなるかもしれない。

いい加減に、決めてしまわないと。

俺は、営業部の席を立ち、一つ奥にある部屋を叩く。中から声がしたので扉を開けた。


「どうした、国定」

「すみません本部長、少しお時間ありますか?」


本部長は、軽く頷きながら、今まで整理していた書類の束をデスクに置いた。


「ここのところ、あれこれ頭を悩ませているみたいだな」

「あ……はい。どうしてそれを」

「毎日遅くまで残らなければならないような仕事は、今、営業部にないだろう。
何かトラブルがあったのか」


確かに、営業部内で大きく動く仕事は、ここのところ安定している。

これはあくまでも、俺個人の思いで、ストップしてしまった。

自分の能力の限界を感じながら、

それでも、お世話になった人たちの頼みだから、なんとかしてあげたくて、

『これでいい』と決断できない勇気のなさ。

それでも、来年の社員旅行とか、次の旅行とかで

『淡路サイクリング』と関われる保障がない今、恩を返せるのはこの企画しかない。


「そうか……」

「はい、営業成績が悪いときなんかも、助けてくれた人たちなんです。
規模は大きくないですけれど、家族旅行とか、社員旅行とか、
いつもうちを使ってくれました。
今ではネットだって飛行機の予約が取れるじゃないですか、
それでも、ここへ来てくれて……国定さんの成績があがるのならって、
だから、なんとかしてあげたいんですけど……」


ない頭で必死にひねった案を、とりあえず本部長の前に提出した。

予算がないことはわかっている、けれど、どうしてもグレードを下げたくない。


本部長は書類の中身を見終えると、ポケットから携帯を取り出した。

誰かの番号を選び、すぐに電話をかける。


「もしもし、横浜支店の深見です。悪いな、忙しいだろ」


電話の相手は誰なのかよくわからないが、

どこかの支店の誰かであるということはわかった。


「条件をこれからメールで送らせてもらうから、
予算内に納められるように、お前が動いてくれないか」


『京都支店』へ電話をしているのだろうか、

確か支店長の石原さんは、深見本部長と親しい仲だって、聞いた覚えがあるけれど。


「石原さんには、明日、俺の方から正式に話を通すよ。ただ、12月の頭だからさ、
少しでも先に動かないと、条件が悪くなると思って、それでお前に直接電話した」


石原支店長じゃないんだ。

だとすると、誰だろう。


「頼むよ、里塚」


本部長の携帯電話が終了する。

俺がこれだけウダウダ悩んだのに、何? 3分で終了?


「国定、今からすぐに詳細をメールで『京都支店』の里塚宛に送ってくれ。
30分間、席から一歩も立つなと言っておいたから」

「里塚さん宛ですか」

「あぁ……この春から京都支店の主任になっている。
まだ、どれくらいのムリが聞くかは未知数だけれど、明日、石原さんに念押しするから」


なんなんだ、これ。

必死に悩んだ時間とか、ひねった頭とか、全部無駄ってことなのか?


「国定……」

「はい」

「この企画はいい企画だな。お前がアイデアを出したのか」

「はい……」



『思いをたどる旅』



俺は、二人の『最後の旅』をそう名づけてみた。

しっとりと、静かに時代の移り変わりを感じてもらう旅。

相手の希望通り、鐘の音が聞こえるような平城・平安の思いが残る地から、

最先端の空港や施設など、現在の街まで関西をめぐってもらう。

古いものも新しいものも、その時代を懸命に生きた人たちが、

自分たちの生活を豊かにしようと、努力し積み上げてきたものだ。

そんな確かな思いを感じてもらいながら、人生は楽しいものだ、

もっともっと生きていきたいという希望が見えるような、過去から未来への旅。


「お前の努力と、この企画に賛同した」

「本部長」

「別に毎回こんな助け舟を出すつもりはないし、それじゃ相手にも迷惑だからな」

「はい」


手品のような時間だった。

深見本部長の手品は、メールを送ってから20分後、さらなる驚きを産んでくれる。


「通った? この値段でこの内容で通ったんですか?」

「あぁ、里塚の方から確認のメールが入ると思うから、
明日にでもお前が直接、『MIYABI HOTEL』へ電話を入れてくれ」

「は……はい」


『MIYABI HOTEL』に泊まることが出来たら、

タクシーを使って京都観光も格安に出来るし、料理も色々なものを選ぶことが出来る。

それでも普通に申し込めば、予算より数万オーバーは確保しないとならないはずで。


「ただし、一つだけ条件があるんだ」

「条件ですか」

「あぁ……」


本部長から聞かされた条件を受け取り、俺はそのまま『淡路サイクリング』へ向かう。

いつものように、ご夫婦で店の片づけをしているところで、

俺に気付くと帽子を取って挨拶をしてくれた。


「本当にここで大丈夫なんですか」

「はい、今回はちょっとした条件がついているので、
これだけのお値段で提供出来ることになりました」

「条件ってなんですか?」

「はい」


『MIYABI HOTEL』と里塚さんが出してきたのは、

栃木にある系列のホテルに、団体客の少ない2月の社員旅行を当てることだった。

行き先と日付を決められてしまうのは、

『淡路サイクリング』にとって、いいことなのかどうかはわからないので、

里塚さんには最終的な返事を、待ってもらった。


「いいですよ、そんなことなら……ねぇ」

「あぁ、どうせ身内みたいな社員と、
顔つき合わせて飲んだり食べたりするのが目的なんだからさ。
10人もいないような小旅行だけど、いいのかね」


思ったよりも喜んでくれた『淡路サイクリング』さんの旅行プランは、

悩んでいたことがウソのように、晴れ晴れしく決定した。

お二人に頭を下げて、お店を出ると、

雲の切れ間から月が顔を出しているのが見えて、その美しさにしばらくボーッとする。

駅の方から歩いてきた千鳥足のサラリーマンが、

ご機嫌に歌を歌いながら俺の横を通った。



『坂戸さんって、国定さんの同期で友達だそうですね』



剛を信用できる相手だと言い、飲み会に参加した永原のことがちょっとだけ気になった。





約束の日が来るまで、あと……65日


17 恩の返し方

半年後の『リミット』、宏登が ↓ マークのような幽霊にならないように……(笑)
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コメント

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成長ですね

拍手コメントさん、こんばんは

>押しつけず、突き放さず、さすがに深見はいい上司です。

ありがとうございます。
深見にも色々とありましたからね。
(リミットのⅢまでに・笑)
今回は、宏登に助け船を出しました。
さて、宏登は変わるのでしょうか。