18 本当の幸せ

18 本当の幸せ



ホストクラブでのことがあって、正直すぐに会う気持ちにはなれなかった。

桃子の気持ちなんて聞く前に、ただ、怒りをぶつけそうだったし。

久しぶりに電話をしてみると、番号は変わっていなかった。

あんなことになって、会いにくいのは承知だったが、

どうしてもこのまま別れてしまうわけにはいかない。


「来てくれて、ありがとう」

「そんなこと言わないでよ、私の方が悪いんだって、わかっているんだから」


桃子は、バッグの中から茶色の封筒を取り出し、20万円が入っているとそう言った。

俺はその封筒を取り、中身を一応確認する。


「これ、どうやって用意したんだ」

「どうだっていいでしょ、私だって働いているんだし、
それに元々、宏登のものなんだから」


旅行が終了した10月の終わりごろ、

ホストクラブの社長にナンバーワンの男のことを尋ねた。

店には相変わらず出ているようだが、桃子のことは見ていないと教えてもらう。

勘の鋭い社長には、あの日、慌てて店を出て行った俺と、

見せかけの羽振りのよさで遊んでいた桃子が、何かしら関係のある間柄だと、

見抜かれていたようだった。


「宏登と別れる少し前から、友達に誘われてあの店に出入りするようになったの。
元々お酒が強いわけではないから、ナンバーワンになったら店を辞めるって、あいつ……」

「売り上げに貢献してくれって、そう言われたんだ」


桃子は、黙ったまま小さく頷いた。

もうあれこれ聞く必要もないだろう。それからあいつとうまくいっているのなら、

こんなふうに小さな姿を見ることもなかっただろうから。


「桃子の人生だからさ、俺がどうのこうのと言えることじゃないけれど、
でも……」


本当に好きだったときも、確かにあった。

二人で将来のことを語ったりした日も、そんな昔のことではない気がする。

あの老婆の言うとおり、『雲の上』なんかに黙って連れて行かれる気はないが、

もし……そうなってしまったら……




もう、こうして言えなくなるから……




「桃子のことだけを、好きになってくれる人を見つけたほうがいい」




売り上げをあげないとならないから、強引にお金を使わせるなんて、

俺がもしそのホストだったら、本当に好きな女にさせやしない。


「バカだって、思っているんでしょう」

「いや……」

「ウソよ、そう思って当たり前だもの」

「そんなことないよ、俺だって人のことを責められるような人間じゃないからさ」


一度もらった茶色の封筒を、桃子の前に戻す。

どうしてそんなことをするのと言い返すわけでもなく、桃子はじっと見つめ続ける。


「ちゃんと生活、立て直せって。お金はそれから返してくれたらいい」


いや、返ってこなくてもいいんだ。

また、桃子が目先のことに必死になって、変な道へ転がらないように、

それに役立ててもらえるなら、20万円なんて惜しくはない。

俺と付き合っていたはずなのに、

ホストの見せかけの優しさに、救いを求めた当時の桃子の気持ちなんて、

仕事のイライラで見ようともしなかった、過去の自分への反省も込めないと。


「こんなことして……私、いつ返せるのかどうか、わからないのよ」

「俺、携帯番号も変えないし、今のところ引っ越す予定もないから、
いつでもいいよ」



『雲の上』に行くかもしれない予定は、消えていないんですけどね。

そうは言えないけど。



桃子は無言のまま封筒をバッグに押し込んだ。そこから黙ったままになる。


「何か食べるか?」


桃子は首を振り、下を向いたままだ。

時計は確実に進み、店内はまた少しずつ客の数が増える。


「あいつね、私だけじゃなかったの、同じことを言っていた」


自分だけを見てくれると言った男のために、俺を騙してお金を用意した桃子。

望みどおりナンバーワンにしてやったのに、

結局、その気持ちは、『本物』ではなかった。


「『本当の幸せ』を見つけるのって、難しいものだな」


桃子は黙ったまま、紅茶に口をつけると、小さくコクンと頷いた。





桃子と別れてから家に戻り、ベッドの上で寝転がりながら、

一気に減ってしまった通帳を見る。

なんだか格好つけて『いつでもいい』だなんて言ってみたけれど、

逆に未練があるとでも、思われなかったかな。



『本当の幸せ』



そんなもの、形がないし、見えないし、どう見つけりゃいいんだよ。

通帳で顔を覆いながら考えていたら、ポケットに押し込んでいた携帯が、

マナーモードのまま、ブルブルと音を立てた。



『宏登、今からでも来いよ、盛り上がってるぜ』



剛からのメールには、永原との2ショット写真が貼ってあり、

頬を赤らめた顔が妙に嬉しそうで、それが剛といるからなのか、

それとも酒を飲んでいるからなのか、わからないところが……


「うるせぇなぁ、こっちの複雑な気持ちにも、少しはなってみろ!」


当たり所のない感情を携帯に向け、俺は床に放り投げた。





12月のはじめに、『最後の旅』を計画した『淡路サイクリング』のお客様が、

無事に日程を終えた。

本当に楽しい旅になったことを二人が喜んでいたと、ご夫婦が揃って報告に来てくれる。


「よかったです、喜んでいただけたのなら」

「そうなんだよ、姉さんが本当に喜んでさ。ずっと仕事をして、子育てをして、
大変だったから」

「そうですね」


病気を持ったというご主人も、写真におさまった笑顔は、本当に嬉しそうだった。

医者の言うとおりに寿命が来たとして、これから先、ご主人が亡くなっても、

奥さんの中には、『思い出』がずっと残るのだろう。



『本当の幸せ』



しわがたくさん刻まれた二人の顔を見ていると、

ここにその答えが、全て詰まっている……そんな気持ちになる。

寄り添い、励ましあい、時にはケンカをし、涙を流しても、

生きていることは素晴らしく、また明日が来ることを喜べる笑顔。


「いい表情ですね、お二人とも本当に……」


俺たちの仕事は、本当に『思い出』を売っているのだと、あらためてそう思う。

この瞬間があるから、また、明日へ向かえるんだ。


「国定さん」

「はい……」

「これからも、ずっとずっと、あなたに頼むからね」

「ありがとうございます」


本当にありがとうございます。

そんなふうに言ってもらえると、この仕事を選んで、やっぱりよかったなと実感する。

これから先もずっと、ずっと……

そう続くように祈りたい。





約束の日が来るまで、あと……14日


19 期待の答え

半年後の『リミット』、宏登が ↓ マークのような幽霊にならないように……(笑)
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