21 男の顔

21 男の顔



デスクの前に立つと、カウンター業務の柴田が嬉しそうな顔をして、

小さな箱を差し出した。

真ん中には手が入りそうな穴が開いている。


「国定さん、引いてください」

「なんだこれ」

「何を言っているんですか、本日の忘年会での席ですよ、席」


そう言われてボードを見ると、しっかりと花丸マークが入っている。

営業部で何かイベントをやるときには、女子社員が必ず花丸をつけていたっけ。


「そうか、忘年会って今日だったんだ」

「そうですよ、明日から3、4日は忘年会どころではないですからね」


柴田は、クリスマスの前後は予定が入っていると言われ、

なんとかこの日の予約が取れたのだと、熱心に語ってくれた。

入社3年目、そうか、幹事をやらないといけない年回りなんだよな。


「はい、国定さんは15番です」


そのメモを、デスクの端にテープで貼られ、忘れないようにと念押しされた。

斜め向かいに座っている先輩が7番を引き、

ちょうど部屋に向かう前だった本部長が3番を引いた。

本部長の隣に座れるとはしゃいだ女子社員。逆に隣だと緊張する男性社員。


病院に行くことで、午後から出社する予定の永原は、

忘年会に出るのだろうか。


「国定、これ頼んでもいい?」

「はい」


主任に声をかけられ、慌てて上着を脱いだ。

『横浜支店』で働く誰もがみな、今日が老婆との約束1日前だとは知らないわけで、

当たり前だけれど、普段通り時間は過ぎていく。

この秋から、関西へ転勤になった先輩の取引先へ挨拶に向かう。

ここの門馬部長には確か、新人の頃いきなり怒られた記憶があった。


「えっと、確か国定君って言ったよね」

「はい、お久しぶりです」

「もう入社して何年だ」

「来年の春で、5年目になります」

「おぉ……そうか、そうか」


あの時は、頭から何もかもが吹っ飛んでしまい、確かに段取りも悪かったし、

説明のピントは外れっぱなしで、怒られるのは当然だった。


「国定君いい顔になったよ。闘志あふれる男の顔になった」

「そうですか」

「あぁ……何をやっていいのかわからない新人の時を越えて、
少しだらけてしまう時期も越して、そう5年目あたりからが本当の勝負だよ。
ガンバレよ、仕事がおもしろくなるのはこれからだ」

「はい」


少しふくよかな体型の門馬部長は、俺に出されたお茶を間違えて飲み、

大きな笑いで誤魔化している。


「門馬部長にそう言っていただけると、自信になります」

「あはは……そうか、そうか。充実している男が引き締まった顔を見せたら、
女子社員が目をハートにさせて、ついてくるだろうよ。どうだ、そっちの方は……」


言いたいことはわかるんだけれど、どうも品が無くなるのは、

この人の悪いところでもある。

ほらほら、周りの女子社員たちが引いてますって。


「女性の方は、ダメですね」

「ん? そうか? ヘロモン出ないのか」

「ヘロモン? あ……フェロモンのことですか」

「そうそう、ヘロモンだよ、ヘロモン」


小さい文字が入る言葉が苦手なのも、この年代にはよくいる話で。

ヘロモンってそれじゃ、怪獣だよ。


「まぁ、頑張ります」

「おぉ、ガンバレ、ガンバレ! ガンガンいけよ!」


来年ももちろん、ここへ来るつもりですが、

もしもの時にも、うちの代理店は、みんな頑張って仕事をしていますので、

そう思いながら精一杯の頭を下げた。


駅で降り、そのまま『淡路サイクリング』の前を通ると、

いつものように御夫婦で、笑顔を見せながらパンクの修理をしている。

高校生だろうか、急にブレーキがおかしくなったと自転車を持ち込み、

ご主人はすぐに直すよと言いながら、工具を奥から取り出した。



『最後の旅』



あの仕事が入ったおかげで、また新しい気持ちで取り組むことが出来た。

どこか気の抜けていた毎日が、急にしまった気がする。

あらたまって挨拶をするのはなんだか照れくさかったので、

少し離れた場所から、軽く会釈した。





「それでは、『横浜支店』のさらなる成績アップを目指して、乾杯!」


来年は年男になるという主任の挨拶で、『忘年会』は幕を開けた。

この日ばかりは第一も、第二もなく、年代を超えて笑い声が響く。

午前中に病院へ行ったという永原も、特に具合が悪そうでもないし、

みんなそれぞれ、今年が終わることにほっと胸をなでおろし、

また頑張ろうと気合を入れる。


「お客様とも、そして同僚や上司とも、今、ここで出会えたことに感謝して、
また来年も一つずつ仕事を積み重ねてください」


長い挨拶は嫌いだという本部長の、簡単だけれど納得できる挨拶で、

その日の忘年会は終了した。二次会へ向かう連中も何名かいたが、

時計を見るとすでに10時を回るところで。



『半年』



『本当の幸せ』なんて、形で見えるものではないと思う。

仕事へのやる気も出てきたし、『明日へ向かう気持ち』が出てきたことは間違いない。

自分ではそれでいいのだと思っているけれど、

決定権を向こうが握っている以上、日付をここで越すのは避けたかった。

もしも、何かが起こったら……

永原や剛が慌てる顔を見るのは、嫌だしな。

これから家に戻れば、まだ親に電話をする時間くらいはあるだろう。

あらためて言うのは恥ずかしいけれど、言わないでいるのも悔いを残しそうだし……


「国定さん!」


声に振り返ると、また少し頬を赤らめた永原が立っていた。





約束の日が来るまで、あと……1日


22 明日の時間

半年後の『リミット』、宏登が ↓ マークのような幽霊にならないように……(笑)
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コメント

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もし・・

ううう~~
後1日が・・・(あと3話あるのね^^)

宏登、着々と最後の準備に取り掛かる。

フッと居なくなったら他人はどういう反応するんだろう?

反応かぁ

yonyonさん、こんばんは

>フッと居なくなったら他人はどういう反応するんだろう?

そうだよね。普段はそんなことを考えたことがないから、
しばらく信じられないんだろうな。
でも本当は、人ってそんなふうにいなくなることもあるんだけどね。

明日も一生懸命、生きることにするわ
クリスマスケーキ食べたいし(笑)