23 手探りの朝

23 手探りの朝



左腕にビニール紐をしばり付けたまま、12月22日の朝はやってきた。

テレビをつけて、ここがまだ地上だと確認する。

アナウンサーはすがすがしい顔で、今日のニュースを読み始めた。

俺は、約束を超えたんだろうか……

おそるおそる封筒を開き中身を見ると、

『手と足を使おう』と書かれた俺宛の文章も、

『前向き』に関する永原の文章もしっかりと消えていた。

『本当の幸せ』に関する実感はないけれど、

それでも以前のだらけた自分とは違う俺は、あの老婆に認めてもらえたということか。


「よかった……」


何がなんだかわからないけれど、とにかく乗り越えた。

これで、不安から解消される。

はさみで腕に巻きつけたビニール紐を切り取り、あらためて大きく背伸びをする。

締め切ったカーテンを開けると、冬の眩しい光が差し込んだ。


「おぉ……眩しいな、これは」


今日は本当に、山でも登りたい気分だ。

今頃、山へ向かう電車の中は、混雑しているかもしれないな。



『明日は何時ですか?』



そうだ永原、どうしてあんなことを聞いたんだろう。

冬の太陽のくせに、存在感ありすぎといえるくらいの眩しさに、

俺は手に持っていた老婆からの水色の紙を、日よけ代わりに目の前に出した。


「ん?」



『『前向き』というキーワードを彼女に語るのは厳禁、
もし、それを破った時には、すぐに終了』



あれ? 消えたはずの文章が、こうするとハッキリ見えてくる。

いや、俺宛だった『手足を使おう』の文章は、いくら朝の太陽にかざしても読めないのに、

永原宛の文章だけが、あぶり出しのようにハッキリ読める。



あいつ……まさか……



時計の針が8時30分を過ぎたことを確認し、『横浜支店』へ連絡を入れた。

『永原来てる?』と、何気なく聞けたらそれでよかった。

『なんなんですか』とあいつの怒りの声でも聞けたら、

それで全て終わったとほっと出来る。


『永原さん、今日はプレゼンの企業に直行なんです』

「あ、そうなんだ、『光廣製薬』へ……」


そうだったのか、それなら……と思ったとき、柴田の口から出たのは、

予想外の言葉で。


『そうしたら、少し前に『光廣製薬』から連絡が入って。
今朝、製品トラブルが見つかって、対応に追われているらしいんですよ。
今日のプレゼンを、別の日に変えて欲しいって連絡が入ったんですけど……』


『光廣製薬』の出している栄養ドリンクから、異物が発見され、

社内はその対応で大慌てになっているという。

確かに、旅行のプレゼンなんて、聞いている場合じゃないだろう。




『永原さんの携帯、何度鳴らしても出ないんです』




携帯に出ない?

それって……


「何度も鳴らしたって、番号合っているのか?」

『間違いないです、でも……』


俺は、あの事故の日、『雲の上』から見た、永原の姿を思い出した。

体のあちこちに医療器具をつけられて、青白い顔のまま横たわっていた。

老婆は、永原が前向きになれたらそれでいいと言ったはずだ。

あいつは、仕事にも前向きになったし、

剛のおかげで『恋』にも前向きになれたはずなのに……



どうして……

そう、どうして永原宛の文章だけが、読めるんだよ。



柴田との電話を切り、慌てて自分の携帯を確かめた。

あいつの住所なんて知らないし、そういえば携帯番号も知らないんだ、俺。


「もしもし、剛か!」

『どうしたんだよ、宏登。お前『高尾山』じゃないのか、今日』

「は? 『高尾山』?」

『あぁ……永原さんが言っていたぞ。国定さんは『高尾山』に登るんだって』


またその話か。そんなことはどうでもいいんだ。

俺は剛に、永原の住所を教えてくれとそう問いかける。


『永原さんの住所? どうして俺が知っているんだよ、知らないぞ』

「なんだよ、どうして知らないんだよ、お前、あいつと……」


永原と、いい雰囲気で飲みに行ったりしていたじゃないか。

もう一歩進んだ関係になっているんじゃないのかよ。


『あいつと? 俺が永原さんと何かあったって言うのか。
何言っているんだよ、宏登。彼女が気にしているのは、むしろお前の方だろうが』



俺のこと? 永原が?



「どうしてそんなことになるんだよ」

『どうしてじゃないよ、飲み会に行っても、お前の話ばっかりするんだ。
俺が同期だから色々とお前の話をすると、いつもニコニコ聞いてくれて。
人をなかなか信用できないのが自分の悪いところだけれど、
坂戸さんは国定さんの同期で友達だから信用しますって、酔うといつもそう言っていた』


剛と俺が同期だってこと、そういえばあいつ聞いてきたっけ。

楽しく俺の話で盛り上がったって、言っていたこともあったな。


『あのさ、悪いんだけど、個人的には何もないからな。
住所も携帯の番号も知らないって。ごめん、今から高校の先生と打ち合わせなんだ、
そんなヒマないから切るぞ』

「あ……おい、剛!」


携帯は切られてしまった。あらためてかけ直したが、

確かにあいつの言うとおり、打ち合わせがあるのだろう。

留守番モードに変わってしまう。




永原の住所……

知っている人……




日付が変わって、すでに9時間になろうとしている。

あいつのことだ、老婆に連れて行かれそうになっても、きっと、

なんだかんだ文句を言って、踏ん張っているかもしれない。


俺は急いで着替え、バッグを持って家を飛び出した。

乗り換えの階段も駆け上がり、車でも撥ね飛ばす勢いで前に進む。





『彼女が気にしているのは、むしろお前の方だろうが』

『人をなかなか信用できないのが自分の悪いところだけれど、
坂戸さんは国定さんの同期で友達だから信用しますって、酔うといつもそう言っていた』



あいつ、難しい性格だけれど、ちゃんと自分のことをわかっているんだ。

冷静に自分を見て、悪いところも反省している。

仕事だって前向きになって、人を信用しようという気持ちも出てきたんだ。



人生、色々あるけれど、悪いことばかりじゃなくて、いいことだってたくさんあるし、

人は裏切ることもするけれど、もっともっと優しいところをたくさん持っている。

せっかく、そこに気付いたのに……



今、連れて行かれたら……あいつ、二度と笑えなくなるんです。

こんな自分も、自分の人生も悪くないって、そう思えなくなるんです。



これだけ必死になれるのは、何が何でもと思うのは、

いや、もしどうしても老婆が誰かを『雲の上』に連れて行くというのなら、

『俺にして下さい』と言える気がするのは、きっと……





きっと……

俺もあいつが……





「おはようございます」

「どうした、国定、今日は休みじゃないのか」


身分も常識も飛び越えて、深見本部長の部屋へ飛び込んだ。

デスクに両手を置き、これ以上ないという声を出す。


「本部長、永原の住所を、教えてください」



あいつを……

助けなければいけないんです。



突然飛び込んだ俺を目の前にした本部長は、

怒り出すことなく、とにかく座れと肩を叩いた。





約束の日当日……はたして青葉の運命は


24 恋の雲

半年後の『リミット』、宏登が ↓ マークのような幽霊にならないように……(笑)
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