91 戻り風

91 戻り風



樋山華乃(ひやまかの)さん、いや、『KANON』と言う方が正しいのかな。

元々、『BOOZ』が秋月出版社に吸収される前の、『友成書房』時代、

私と同じように大学を出た後、カメラマンの仕事をしたくて飛び込んだという。

しかし、『BOOZ』ではなかなか女性のカメラマンを使うことは出来ず、

ほぼ編集のアシスタントをしていた。

菅沢さんと細木さんにしてみたら、旧友が遊びにやってきたという懐かしいものらしい。



さらに……



「ありがとうございました。助かりました」

「いえ、すぐに気付いたのですけど、反対側に飛び乗ってしまったので、
私が直接お持ちした方がいいかなと」

「わざわざこっちへ来たのか」

「心配してくれているの? 郁」


樋山さんは、私と偶然同じ電車に乗り、前の座席にいたようで、

忘れ物をした私に気付いてくれ、その忘れ物を届けてくれた。

戻ってきた袋の中身を確かめる。





……母よ、あなたは相当強運の持ち主だ。





「先にMBCへ行かなければいけなかったので、後になったけど、
実は、『DOプロダクション』との仕事の撮影、私が頼まれたんです」

「……華乃が?」

「そう、これでも一応プロのカメラマンですからね、私。
だから、わざわざここにきたわけではないの。
でも、驚かせたかったから、連絡もしなかったけど」

「そうか……華乃ちゃんも『KANON』だもんね、今や」

「やだ、細木さん、そんなふうに呼ばないでください。昔みたいに華乃でいいです、
『友成』時代があったから、今の私があるし……」


樋山さんも私と同じような立場の人だったんだ。

へぇ……


「郁の決断に、今は感謝しているから」




……決断?




「飯島、お茶まだか」

「あ、すみません」


そうだった。立ち聞きしている場合じゃなかったわ。

サインを届けてくれた……じゃない、資料を届けてくれた樋山さんに、

心のこもったお茶を出さないとね。


「和ちゃん、悪いけど一緒に郵便局来てくれない?」

「あ……はい」


あれ? 細木さんにこんな雑用頼まれるのは珍しい。

お茶入れろだの、郵便局だの、人使い荒いんだから。


「やだ、みんな忙しいの? それならまた出直すけど」

「いいんだ、いいんだ、忙しいのは郁以外の人間だから」


細木さんは珍しく機敏に動くと、発送予定の雑誌を全てキャリーに載せ、

地下の扉から表へ出て行ってしまう。私も慌ててお盆を置き、それに続いた。

重たい方は細木さんが、軽い方は私が押していく。

ゴロゴロ……と音をさせながら。


「和ちゃん、急に悪かったね」

「いえ……いいんですけど、
これ、運ばなくても取りに来てもらってませんでしたか?」

「そう、そうなんだけどさ、俺なりに気をつかったわけよ」

「気?」


大通りの交差点でストップすると、細木さんは満足そうな表情で、

『気』の意味を教えてくれる。


「華乃ちゃんは、郁の元カノだからね」

「……菅沢さんの?」

「そう、華乃ちゃんが写真に戻らなければ、おそらく結婚していたって間柄だったし」


樋山さんは菅沢さんの元彼女だった。

『友成書房』時代、二人は恋仲になり、

当時菅沢さんが乗っていたバイクの後ろに樋山さんが乗り、

一緒に通勤していたという。


「華乃ちゃんが『友成書房』にいるのを知った先輩が、カメラマンへ戻れと話をして、
どうしようか悩んだ頃に、郁も陽くんを抱えることになって、それで……消滅……と」


へぇ……そうなんだ。

私の知らない頃の話しなんだね。

そういったことがあっても、全く不思議じゃないけれど。


「これが運命なのかな、
華乃ちゃんは『KANON』としてカメラの仕事が出来るようになって、
郁は抱えていた陽くんが、お姉さんのところに戻った。そこへ登場した華乃ちゃん」




運命……

確かにそうなのかも。

当時、互いにネックとなっていた部分が解除されたのなら、

もう一度、互いを見つめることだって、ありえるかもしれない。


「和ちゃんの忘れ物を、華乃ちゃんが拾ったって言うのも、
これもまた、偶然だと済まされない何かがありそうだよね」





……ね。





細木さんと郵便局へ用事を済ませた後、編集部へ戻ると、

残っていたのは及川さんだけだった。

菅沢さんと樋山さんは、揃って出て行ったという。


「ほらほら、ほらほら……もうすぐクリスマスだしさぁ……。
消えかけていた恋の炎がぁ……」


山下達郎さんの有名なクリスマスソングを、妙なモノマネで披露する細木さん。


「『きっと君はこなぁい……』じゃダメだなぁ、来たんだからさ、ねぇ、和ちゃん」

「そう……ですね」


細木さん、次はユーミンの『恋人がサンタクロース』を歌い始めた。

マイク代わりにするマジック……


「恋人がぁ……サンタクロォ~ス」


細木さん、夢尾花先生の誘いを断り続けているようですが、

そのポーズは結構、そちら側の方かと、疑いたくもなりますよ。



……マイクを持つ手、小指がピンと立ってますってば!

クネクネしてますし、体全体。



これだけ楽しそうに言うのだから、きっと樋山さんはいい人なのだろう。

あの菅沢さんが、自分のバイクの後ろに乗せて、通勤していただなんて、

今の雰囲気では信じられないけれど、それだけ思いを持っていた人なのかもしれない。


幸せが戻ってきてくれて、少しは優しい人になるかしら……




……いや、菅沢さんって……別に優しくないわけじゃない……




……と思う。





「ありがとうございました」


『STAR COFFEE』のカフェラテを手に持ち、何気なく本社ビルを見る。

屋上にポツンと人が立っているのが見え、その人が1歩、また1歩と前に出た。

なんだろう、金網があるし、大丈夫だよね……


でも……


その人の両手が、これから上へと昇るような仕草を見せ、

金網をつかむのが見えて……


「……ダメ!」


私は車のクラクションを聞きながら、屋上へ向かおうと必死に走った。



92 逃げの夕焼け



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