92 逃げの夕焼け

92 逃げの夕焼け



何があったんですか、どうしてそんなことをするんですか。

エレベーターのボタンを思い切り叩き、必死に上へ向かう。

あなたはそんなことをする人じゃないはず。



……田ノ倉さん!



階段を駆け上がり、鍵のかからない屋上へ飛び出ると、

東原さんを始めとした『SOFT』のメンバーが数名立っていて、

しかも、その中には、菅沢さんと樋山さんも立っていた。

さらに一番先には、確かに田ノ倉さんがいたけれど……

金網をよじ登り、身を乗り出すような雰囲気は、どこにも感じられず……


「はぁ……はぁ……」


なんだ、仕事中だったんだ。


「あら飯島さん、何しているの? そんなに慌てて」

「あの……」

「やだ、何持ってきているんですか、手!」


私が買ったカフェラテは、振り回しながら走った結果、入れ物から紙袋に浸透し、

さらに出口を求めた水分は、コンクリートの上へ落ちていた。


「あ……」

「もう、ゴミ箱はあちらですよ。屋上を汚さないでくださいね」


当たり前のように、あちこちで笑い声が漏れてくる。

田ノ倉さんも前の方で、少し困った顔をして……

これ、せっかく買ったのに、飲む前にゴミになっちゃったよ。


「すみません、屋上に田ノ倉さんが一人だけ見えたので……で、
金網をつかんで、上に行っちゃうのかなと……」

「うふふ……何を言っているの? 
チーフが見えたから嬉しくて飛んできちゃったんですか、飯島さん。
飼い主の見えたワンちゃんじゃないんですから、ねぇ、実玖さん」


……実玖さんもいるんだ。

一人じゃないし、別に飛び降りるわけでもないんだ……

そうだよね、当たり前だよ。


「『SLOW』の宣伝看板が出来たんです。それを下げる位置を決めるのと、
あちこちのビルがクリスマスの色だって、みなさんで話していたんですけど……」

「すみません、私、失礼します」




バカみたい。私一人だけで、何空想に走っているんだろう。

田ノ倉さんはもう、しっかり前を見て歩き出したんだ。

過去なんて忘れて、今を楽しめと言ったのは自分のくせに、

思い悩んでいるままだと勘違いしていたのは、私だけだってば。




……バカ和!




本当にバカなんだから!




「飯島! 待て!」


駆け下りる階段の途中で、菅沢さんにつかまった。

何をしているんだって、また、怒られる。


「すみません、今、掃除用具借りて、拭きます」

「そんなことを言っているわけじゃない、いいから来い」


腕をつかまれたまま、誰もいない社員食堂へ向かう。

怒られるのなら、どこだって一緒です。さっさと呆れ顔で怒ってください。

私だって、自分が慌て者だということくらい、承知しています。


顔を上げたら、夕焼け空が、そこにあった。


「もう少しだけ待て」


もう少し? 何を待つって言うんですか。


「俺が、諒とお前がゆっくり話せる時間を取るようにするから、
だからもう少し……」


田ノ倉さんとゆっくり語れる時間。

それを持てたとしても、何も解決なんてしないのに……


「いいんです、菅沢さんがそんなことしなくていいんです」


菅沢さんにこうして優しくされると、心の奥がズキズキ痛む気がした。

平行した場所に、向き合って立てていないようで、感覚がおかしくなる。


「何がいいんだ、屋上にいた諒が気になって飛んできたんだろ。
お前が諒を過敏に気にしている証拠だ」

「勘違いしたんです、この間、資料室で少し悩んでいるような顔を見たあとだったので、
だから、また田ノ倉さんが悩んでいるのかもって……」

「飯島……」

「くだらない勘違いです。先に、帰ります」




菅沢さん、優しくしないでください。

あなたに優しくされるのは、嫌いです。

いつも、怒ってくれていたらいいんです。

別の顔なんて、見せないでください……





……それが当たり前になってしまうから。





半地下編集部に戻り、がむしゃらに仕事をこなした。

明日やるはずだった仕事まで手をつけて、先へ先へと急ぐ。

今日なんて日が、なかったことになるくらい、前へ向かいたい。





「飯島さん」





PC画面に向かっていた及川さんが、私の名前を呼んだ。

何? 何か、した?


「僕は明日、初めて取材に出ることになりました」

「取材?」

「はい、緊張しますが、挑戦してみます」


及川さんは、私の顔など見ないまま、そう自分の思いを語った。

ボードを見ると、確かに及川さんの横に、スタジオ名が書いてある。


「菅沢さんから言われました。正直、うまくいくかどうかもわからないですが、
菅沢さんの言いたいことはわかりますし……」

「菅沢さんの言いたいこと? なんて言ったんですか?」

「……これ以上、逃げているわけにもいきません」


及川さんは、菅沢さんが何を言ったのか、そこは話してくれなかった。

『BOOZ』が『秋月出版社』になってから1年以上が経過している。

今まで、一度も取材へ出たことがなかった及川さんが立ち上がるなんて、

どんな言葉をかけたのだろう。


「わかりました。頑張ってください、一歩」


及川さんは無言のまま、しっかりと頷いてくれる。

私は『晴れるといいですね』と、PC前に座る及川さんに声をかけた。



93 愛のひと箱



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