CIRCLE piece12 【僕を守る手】

CIRCLE piece12 【僕を守る手】

    CIRCLE 12 僕を守る手



「ただいま、あぁ、10日振りのわが家だ」

「お疲れさま」


私は、彼から荷物を受け取り、中から洗濯物を取りだしていく。彼は、何かを探すように

目を動かしながら部屋の奥へと進んでいった。


「なぁ、裕之はどうした?」

「まだ、帰ってこないのよ。塾へ行かせるようになったって、前に言ったじゃない」

「塾か……そうか、そういえばそうだったな」


わが家は昨年、やっと念願だったマンションを購入した。主人の仕事は『俳優、幸村悟』

近頃テレビドラマなどでも、個性的な役をもらい、少しずつお茶の間にも顔を知られることとなった。

昔は一緒の劇団にいた私は、お腹に子供が出来たことで、舞台に立つ側から、

彼を支える役目に変わっていた。


「さて、裕之が帰ってきたら起こしてくれ。それまでちょっと寝るよ」

「うん……」


彼が待ち望んで、産まれてきた裕之。小学校4年生になり、色々と難しいことも増えてきた。

彼がこのロケに出発する前のこと。


「エ?」

「僕、お父さんの仕事、好きじゃない」

「どうして?」


裕之はそう言いながら、不服そうに箸を動かしている。


「だって、いつも途中で殺されたり、とんでもないことを言って、笑われたりするじゃないか」

「……それは……」


悟は舞台とテレビをわけて仕事をしていた。劇団に所属するため、その名前を挙げたくて、

テレビでは結構無茶な役もこなしている。ちょっと常識外れで主人公をいじめてみたり、

メチャクチャ嫌味な役で、逆に殺されてみたり……。

年頃の裕之にすれば、納得できないのも無理はないのかも知れない。


「裕之、それはお仕事だもの。そんなこと……」

「学校で、言われたんだ。お前の親父は、犯罪者だって!」


裕之は手に持っていた茶碗を下に置き、大きくため息をつく。


「銀行強盗して、お前のうちには今、金がたくさんあるんだろ……とか。
あいつらふざけているみたいなんだけど、あれこれ言われると腹が立つ。
どうして、みんなのお父さんみたいに、サラリーマンじゃないんだよ」


言い返せなかった。私だって舞台に立っていたことがある。だからこそ、

悟の仕事を誇りに思っている。でも、裕之にはまだ、理解することは難しいのだろうか。

ソファーに横になり、眠っている悟を見ながら、私は少し切なくなった。





「どうだ、サッカー部の試合……勝ったのか?」

「……うん」

「お前は出られるようになったのか? 裕之……」


久し振りに会う息子の日常を、一生懸命知ろうとする悟。裕之はいかにもうるさそうに、

顔を背けたまま食事を続けている。


「裕之、お父さんの質問に答えたら?」

「答えてるよ。あれこれ聞かれたって、すぐには答えられないものもあるし、
お母さんに話してるだろ。あとは答えてくれればいいじゃないか!」

「……」

「裕之!」


箸をその場に置き、裕之は部屋へ入ってしまった。私は一度悟の方を見る。いつも心配し、

かわいがっていた息子に拒絶された悟は、少し寂しそうに日本酒を飲んでいた。


「裕之、ねぇ、裕之!」


部屋の扉を何度か叩いてみるが、裕之は何も返事をしない。


「よせよ、香澄……」

「でも……」


悟の声に、私は仕方なく、食卓へと戻っていく。悟は食器戸棚からもう一つ小さなグラスを取り、

私にお酒をつぎだした。


「あいつ、反抗期かな。山岸さんの息子さんも、小学校の高学年くらいで、
あれこれ色々言ってきたって、この間聞いたんだ」

「山岸さんの?」

「あぁ……」


劇団の座長であり、よき俳優の先輩である山岸にも、今年成人式を迎える息子さんがいるのだ。

私がまだ、劇団員だった頃、よく稽古場で遊んでいた。


「山岸さんなんかさ、もっとキツイ役だっただろ。頭ではわかっていても、
なかなか受け入れられない……そんな時期があったって。いつも主役で格好よければな……
あいつも友達に自慢できるんだろうけど」

「悟、裕之のこと、気付いてたの?」

「あぁ……」


悟がついでくれたお酒を、私は一口飲み、申し訳なくて下を向いた。


「主役じゃなくたって、いいのよ。……ごめんね、悟。私がちゃんと裕之に教えないと
いけないのに……」

「何一人で落ち込んでるんだよ。一緒に何でも考えようって、そう約束しただろ」



『ねぇ、このセリフの意味、どう思う?』

『そうだな、じゃぁ今日……布団の中で一緒に考えようか……』

『……バカ!』



お金もなくて、ただ大好きだった悟と一緒に住んでいた小さなアパート。

一つの布団で眠りながら、掛け布団を取り合った頃を思い出す。


「休みが取れたら、どこか行こうか」

「……うん……」


悟の言葉に、小さく頷くことしか出来ない私だった。





「裕之も難しい年令になったってことだろ、姉貴」

「そうなんだけど……」


次の日、弟の昌樹と待ち合わせた喫茶店。製薬会社に勤める弟は、近頃体の弱くなった母を

気にして、高山へ戻ろうか悩んでいる。


「で……決めたの?」

「うん……」


私はどこか辛そうな昌樹を気にしながらも、頭の中は裕之のことでいっぱいになっていた。

昌樹もそのことに深く触れて欲しくないのか、すぐに話題をそらす。


「なぁ、姉貴。俺、今工場の検査担当をしてるだろ。で、よく来るんだよ、工場見学」

「工場見学?」

「あぁ、一般の人も来るけど、この間は、工場で働いている人達の家族を招待したんだ。
お父さんは、普段こんな仕事をしているんですよって」

「……」

「裕之も連れて行ったらどうだ? 兄さんの仕事場に……」

「仕事場?」

「あぁ、撮影現場に」





それから10日後、私は差し入れをするからと裕之を連れ、テレビ局へ向かっていった。

父親が悪者になる芝居なんて見たくない! そう言った裕之だったが、なんとか言い聞かせ、

ふてくされながらも後ろを付いてくる。


「ねぇ、裕之。お父さん仕事中だから、静かにしないとダメだからね」

「……うん……」


受付で名前を話し、悟を呼び出してもらう。悟はすでに衣装に着替え、控え室の並ぶ廊下の前で

待っていた。


「香澄! 裕之!」


私は後ろにいた裕之を前に出し、一緒に迎えてくれたスタッフさんに頭を下げた。


「いつも、主人がお世話になっています」

「いえいえ、こちらこそ。幸村さんはあちこちに出かけられているので、お話が楽しいんですよ」

「そうですか?」


まだ学生からちょっと飛び出たようなスタッフ達が、悟と一緒に笑いあっている。

やはり彼は、演技をしているときが、一番輝き、楽しそうに見える。

昔から、そんなところは全く変わらない。

私はスタジオ前に差し入れを置き、裕之と中に入らせてもらう。大きなライトが光り、

懐かしいスポットライトを思い出す。


「それじゃ、本番行きます! シーン65、物置小屋での格闘シーン……」


悟は主人公の先輩ながら、約束を裏切り、敵の手下になっていた。ここで主人公に殴られ、

意識を失うシーン。


「じゃぁ……」


立ち位置の確認も済み、ライトが当たり、撮影が開始された。

普段見たことのない場所のためか、裕之も真剣な眼差しで悟を見つめている。

昌樹の言うとおり、ここへ連れてきてよかった……。そう思った瞬間……。


「うわぁ!」

「あ……」


スタントとぶつかりそうになったのを避けた悟が、セットとして組まれていた鉄の柱に、

思い切りぶつかってしまう。


「カット! おい……」


彼の辛そうな表情に、私は息が止まりそうになった。すぐにスタッフが駆け寄り、悟を取り囲む。


「お父さん……」


囲まれて見えなくなっている悟を、目で探す裕之。


「まずい、救急車呼ぼう!」

「いえ……待ってください……」


悟は脇腹を押さえながらスタッフを制止する。歯を食いしばりながら立ち上がり、大きく息を吐く。


「続けましょう。あと、ワンシーンです。抑えてもらえれば演技出来ます」

「でも……」

「続けます! 時間がないですから!」


主役のスケジュールに合わせている撮影は、登場しないシーンなど引き伸ばしている余裕は

なかった。ずっと、脇に徹している悟だからこそ、気付く撮影現場の現実。


「お母さん、お父さん大丈夫かな」

「うん……」


心臓が止まりそうなくらい心配しても、手は出せなかった。ここは彼の聖域で、勝負の場所なのだ。

それは裕之にもしっかり伝わっているようで、ただ、成り行きを静かに見守ることしか出来なかった。


衣装を脱ぎ、上半身をグルグル巻きにされる悟。その間も顔は苦しそうにゆがみ、

額からは汗が噴き出ている。


「じゃぁ行きます!」


撮影が終了したのは、それから1時間後のことだった。





「お父さん……」

「おう、裕之!」


それから悟は病院に運ばれ、肋骨を折っていたことが判明した。

それでもなんとか撮影を終了させ、スケジュールの遅れは免れたのだ。


「痛くないの?」

「痛いよ……でも、裕之が来てくれたから、頑張れた」


裕之は悟の顔を見ながら、下を向き泣き始めた。


「何、泣いてるんだよ。男の子だろ。こんな怪我、すぐに治る。なぁ、今度の休みには、
伊豆に行くだろ。お父さん楽しみにしてるんだから……」

「……うん……」


それ以上は、裕之も悟も何も言わなかった。でも、この父に守られていることだけは、

裕之に伝わっている……そんな気がする私。





「僕のお父さんの仕事は、俳優です。主役ではないけれど、スタッフの人と一緒に、
話しを作っている一人です。辛かったり、大変だったりすることもあるけれど、
一生懸命に仕事をするお父さんを、僕は立派だと思います」


休み前の授業参観日、悟への思いをそう書いてくれた裕之。読み上げた後、

クラスの拍手が私に小さな勇気をくれた。



……間違ってないよ、大丈夫だよ……と。



私と裕之の背中を、悟の大きな手が、ふわりと包んでくれている……そんな気持ちがした。

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しあわせ……って、人それぞれだよね

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