99 本音と建前

99 本音と建前



日向淳平が編集部にいたのはどれくらいだっただろう。

時間にすれば、1時間程度の気がするけれど、

いなくなったあとの、編集部員たちの力の抜け方は、半端ではなかった。

だから言ったじゃないですか、編集長。

着慣れないスーツなんて張り込むからですよ。


細木さんも、なぜか人数分より多く買ってきた栗饅頭の残りを見つめたままだし、

及川さんはまた、PCと友達状態になってしまうし……



菅沢さんは……



「菅沢さん」

「なんだ」

「なんだじゃありません。来客があったのですぐに聞けませんでしたが、
どうして私の取材を勝手にこなしてきたんですか」


そうだった。日向淳平の職場見学よりも、

今の私にとって影響が大きいのは、こちらの話題。


「言った通りだ、お前はもう取材に出なくていい」

「納得できません」

「納得するかしないかじゃないんだ、そう決まったんだから、それに従ってくれ」


頭にきた。

今までも『頭にくること』は何度も言われたけれど、

それは私にも問題があったからで、悔しい思いをしながらも、

受け取らなければならなかったけれど、この状態は正しいと言えるわけ?


「私、そんなことを言われるようなミスをしたとは思えません。
理由も聞けず、とにかく受け止めろと言われても、
それで引き下がることなど出来ませんから。どうしても理由を言わないと言うのなら、
菅沢さんに毎日張り付いてでも、理由を教えてもらいます」


日向淳平シンドロームにかかっていた他のメンバーたちも、

さすがに私と菅沢さんが本気にケンカし始めたことに気付く。

編集長が立ち上がり、菅沢さんの肩を軽く叩いた。


「郁……確かに今の言い方では、飯島さんも納得しないだろう。
どういう理由なのか、何を考えているのかくらいは、きちんと説明しろ」



そうだ、そうだ!

いいぞ、たまには!



「全ての仕事をするなと言っているわけではありません。
編集部でこなさないとならない仕事もありますし、
今、来ていた日向淳平との仕事もあります。
飯島にはそれ以上のことをする必要はないと、そう言いたいだけです」


確かに、本を作るためには取材だけをこなせばいいわけではない。

今までは及川さんが内部の仕事を一手にこなし、

私たちが外を回るという役割分担が出来ていた。

しかし、及川さんが人嫌いを克服し、取材にチャレンジするとなれば、

役割分担も変わってくるだろう。



でも、どうして私だけ……



記者会見の時間が迫っていたので仕方がないが、菅沢さんは結局また、

編集部を出て行ってしまった。

『取材はなし』の理由が聞けないまま、

菅沢さんのデスクの上に置いてある紙を見ていると、

『KANON』と書かれた名刺の上に、新しく開かれた事務所の地図が置いてある。


菅沢さんの字ではないから、きっと樋山さんが書いたものだろう。

そうだ……樋山さんなら、何か知っているかもしれない。

菅沢さんが、及川さんに取材を勧めたのも、

たしか樋山さんの後押しがあったからだとそう言っていた。

聞いてみる意味は、あるのではないだろうか。

何しろ、ここでふくれっ面していても、何も始まらないし。


私はその名刺を手に取り、資料集めをしたいと理由をつけ、

樋山さんの事務所へ向かった。





編集部から40分程度電車に乗り、その駅から歩いて10分、

緑多き郊外に、『KANON』の事務所はオープンした。

まだ、おめでとうの花が玄関先に見える。

カーテンが閉まっているけれど、もしかしたら留守なのかな。

インターフォンを鳴らすと、奥から声がした。


『はい……』

「あの、『BOOZ』編集部の飯島と申します。樋山華乃さんは、いらっしゃいますか」


仕事中かもしれない。

それなら、どこに行けば会えるのか、聞いてみよう。


『今、あけますね』


応待してくれたのは、樋山さん本人だった。

事務所の中に通され、まだ片付いていないのでと、冷蔵庫から缶コーヒーを出してくる。


「構わないでください、突然お邪魔したので」

「いいのよ、なんだか飯島さんがたずねてくるような予感はしていたから」


予感?

私が樋山さんを訪ねる予感がしたって、どういうことなんだろう。


「突然申し訳ないのですが、お聞きしたいことがありまして……」

「聞きたいこと? 何? あなたも写真の世界に興味があるとか?」


私はそれは違いますと首を振る。

撮影風景を見ているのは楽しいけれど、そこに自分が入りたいと思ったことはない。


「そうではないんです。菅沢さんのことなんですけど……」

「郁のこと?」

「先日、及川さんを取材に行かせたほうがいいって、
樋山さんがアドバイスされたんですよね」

「アドバイス……うん、まぁそうかも。及川さんが苦手だからといって、
部屋の中にいるだけじゃ、編集部員としての世界を狭めてしまうと思ったから」


やはりそうだった。

樋山さんの意見を聞いた菅沢さんは、及川さんに『1』を指示したんだ。

だとすると……


「だとしたら、私にもう取材をさせるなって提案したのも、樋山さんですか?」

「取材をさせるな? 誰が誰に?」

「いや、ですから、あの……私にはもう取材はさせないほうがいいとか、
そういったことを菅沢さんに提案……」

「私が郁にそんな提案をして、何か得になること、あるかしら」





……ありませんよね、そう言われてみたら。





「ねぇ、飯島さん。ここでゆっくり話しもいいんだけど、これから私仕事なの。
もしお時間があるのなら、ついてこない?」

「仕事に……ですか?」

「そう、スタジオで撮影なの」


突然訪ねてしまったため、それを断るわけにもいかず、

私は樋山さんとタクシーに乗り、撮影スタジオへ向かうことになった。



100 心の奥



和の『ケ・セラ・セラ』 な毎日を、応援してください。
本日も励ましの1ポチ、よろしくお願いします ★⌒(@^-゜@)v ヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント