101 小さな代弁者

101 小さな代弁者



『BOOZ』編集部に陽君と二人きりでいると、5分もしないうちに細木さんが戻ってきた。

両手にビニール袋を抱えて、何やらまたお菓子が入っている。


「これは僕の分ではないですからね、和ちゃん」

「陽君のものでも、多すぎませんか?」

「ん? そうかなぁ。今時の保育園児はこれくらい食べるでしょう」


食べませんよ、2リットルの飲み物2本と、スナック菓子4袋なんて。


「いやぁ……郁のお母さんがいきなり尋ねてきてさ。
ちょっとだけここへ陽君を置いてくれって頼まれたんだ。
和ちゃんが戻ってきてほっとしたよ。俺、この後夜の7時から取材なんだ」

「あ……そうでしたね」


覆面風俗ライターの人と、初取材だったな、確か。

まぁ、その人、3ヶ月前まではキューピー人形のマスクを被った、

フリーライターだった人だけど。


「和、僕アイス食べたい」

「冬でしょ」

「食堂のアイスだよ、いちごのソースがかかっているんだ。
郁に食べさせてもらったことがあるの」

「食堂って社員食堂?」

「うん」


コンビニアイスをおごるからと言って陽君を連れ出すと、

生意気保育園児は人の手を振り切って、本社の方へ走り出した。


「あ、陽君、ちょっと、ちょっと待って!」

「鬼さんこちら!」

「何言っているのよ、鬼ごっこじゃないんだから」


まさかと思う瞬間に走られたからか、

こちらへ向かって歩いてくる人がいるからなのか、

保育園児に追いつけないまま、横断歩道まで来てしまう。

赤でよかったと思ったのに、陽君が飛び跳ねた瞬間、目の前の信号は青になった。


「あ、もう、こら!」


結局、私は、陽君と社員食堂へ向かうことになり、

『ストロベリーマウンテン』というアイスクリームをおごるはめになる。


「美味しいね、これ」

「そうかなぁ、私の口に入っていないからわからないけど」

「あげようか、和」

「うん……」

「やっぱりダメ!」



……殴りたい。



年末に近付いているからか、特に慌しい雰囲気はないはずだったのに、

食堂の前が急にざわつき始めた。先に姿を見せたのは東原さんで、

私は、今ここに『映報』の人たちが来ていることを思い出す。


「ねぇ、陽君、もっとスピードアップして食べようよ」

「嫌だもん、美味しいものはゆっくりと食べるんだ」

「ほら、編集部には細木さんが買ってきてくれたポテトチップとか、
ポッキーとかあるじゃない。あれを食べようよ」

「あとでだって食べられるもん」



……ごもっとも



こうなったら下を向いて、一行様が通り過ぎるのを待っていようと思っていたのに、

運悪く『映報』の社長が、社員食堂内へ入ってきてしまう。

その後続くように入ってきたのは、実玖さんご兄弟と、田ノ倉さん。


「あ!」

「何、陽君、静かにしていてよ、大事なお客様なんだから」


陽君はアイスのスプーンを手に持ったまま、いきなり立ち上がると、前へ走り出した。

私はつかまえようとしたが間に合わず。





「あ、この人知ってる。和とデートしていた人だ!」





陽君はアイスのスプーンを持った手で、田ノ倉さんを指し示し、

とんでもないことを口走った。

子供が急に出てきた意味がわからず立ちすくむ人たちの周りを、

空気の読めない保育園児は、クルクルと回りだす。


「ねぇ、和とチューした人でしょ、あれ? ふりんだっけ?」

「陽君!」


私の目の前で火山が爆発し、大きな湖から幻の恐竜が姿を見せたくらい、

とんでもないことが起きてしまった。

口走った言葉の全てが間違っているわけではないけれど、

大人と違ってTPOなんてわかるわけがないし、言っていいことと悪いこととか、

本音と建前とか、陽君にはわからないことが多すぎて、どう説明したらいいのか、

私の頭の中も、グルグル回りだす。


「和、和、痛いよ、手が!」

「あ……ごめん」


わけもわからず、その場から逃げ出したい一身で、陽君の腕を引っ張り、

横断歩道まで走ってきた。『手をたたきましょう』の音楽が流れ出し、

アイスのスプーンを持ったままの保育園児は、食堂に戻ろうと逆に引っ張り返す。


「ダメ、戻れないんだよ、陽君」

「どうして、まだアイス食べ終わってないんだもん、やだよ、戻ろうよ」

「戻れないんだって」


戻れるわけがない。あんなこと、記憶が沈んだままの田ノ倉さんの前で言うなんて。

大事な取引があるのに、業務提携があるのに、

『チュー』だの『ふりん』だのって、信じられない。

もう、顔も見られないじゃないの。





「和……泣いちゃったの?」


私の顔が相当悲しそうに見えたのだろう。

陽君はアイスを諦めて、編集部に戻ると言い出した。

私は無言のまま手を握り、横断歩道が青に変わるのを待ち続ける。


「和……」

「何?」

「僕、悪いことしたの?」


陽君の顔は、本当に辛そうだった。

悪いことをしたのかと言われたら、首を振ることしか出来ない。


「ううん、ごめん、ごめん。ちょっとビックリしただけ。
あの人たちは会社の大切なお客様だから、陽君が急に飛び出していったら、
驚いちゃうでしょ」

「そうか……そうだね、急にはいけないんだよね」

「うん……」


そう、やり方は正しいわけがない。

でも、本当は……私が一番言いたかったことかもしれない。

実玖さんは、知っているのに、知らない振りを続けている。

何事もなかったと、このまま田ノ倉さんを奪っていくつもりなのだろう。



『私だって、この人が好きなんです』



そんなことを一番言いたいのは、私なんだ。

落ち込んだ気持ちからすぐに立ち直り、

また楽しそうに歌を歌いだした保育園児の手を少し強く握り、

冬の風に吹かれながら、こぼれそうになる涙をグッとこらえてみた。



102 顔のない声



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コメント

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キャハ

子供に空気読めは分からない。

でも案外結果オーライなんじゃ?

東原さんは目を剥きそうだけどネ(^^;;

最強保育園児

yonyonさん、こんばんは

>子供に空気読めは分からない。

最強保育園児、久し振りの登場です。
思い切りぶちこわすくらいじゃないと、
動かないからね。

結果オーライなのかどうか……は、これからです