103 静けさの空

103 静けさの空



津川家に戻って、今日久しぶりに陽君が編集部へ来たことを話すと、

空港から電話があったことを教えてくれた。


「旅行が終わったら?」

「そうなの、おばあちゃんと旅行が終わったら、お土産を持ってきてくれるんだって」

「へぇ……」


生意気保育園児の陽君、お世話になった人への感謝は忘れていないらしい。





お風呂へ入り、寝るだけになると、一気に疲れが出てしまった。

今日は本当にあれこれあったな。

まず日向淳平が編集部をたずねてきたし、

今まで編集部で会うだけだった華乃さんの仕事ぶりも見えたし、

田ノ倉さんと実玖さんの現実も見せられたし、

菅沢さんが私を『MELODY』へ異動させようとしていることもわかったし。




『あ、この人知ってる。和とデートした人だ』




ため息と一緒に、思いでも流れてしまえと思いながら、その日の眠りについた。





それから3日後、重たい気持ちを抱えたまま、

私は都内にある『オレンジスタジオ』へ向かった。

今日は、先日約束した、日向淳平の撮影リハーサルを見に行く日。

菅沢さんは別件を済ませてから、

同じく仕事に関わる樋山さんを連れてくることになっている。


「おはようございます、『BOOZ』の飯島と申します」

「はい、聞いております、スタジオは4階のAですので、直接お入りください」

「はい」


いやぁ……ファンが大勢囲む中、編集部の名刺で入っていけるなんて、

すごい優越感だわ。お母さんに話したら、絶対にうらやましがるんだから。

ロビーを抜けてエレベーターへ向かうと、今日の予定が書いてある場所に、

『SLOW』の文字を見つけた。そうか、このスタジオで撮影も行われているんだな。



『気にしなくて結構ですから』



また、思い出しちゃった。田ノ倉さんの冷たい言葉。

エレベーターが4階に到着して、

撮影の慌しさを肌で感じられるなんて、滅多にない体験なのに気持ちは重たい。


「今日は、よろしくお願いします」

「はい。あの、菅沢さんは……」

「すみません、別現場から来ますので、少し遅れています」


キョロキョロしながらスタジオ入りすると、

日向淳平がすぐに私を見つけて、声をかけてくれた。

スタッフをかきわけて来てくれるなんて、あなた本当にいい人なんですね。

マネージャーさんが椅子を出してくれて、私はそこに座る。

菅沢さんが来るまでは、しばらく日向淳平の顔でも見つめていよう。



撮影はシーンごとに行われるようだけれど、

いつも、つながっているわけではないみたいだな。

少し前は笑っていたのに、今は怒ったような口調になっている。

お皿の位置から、フライパンの握り方まで、プロからチェックが入って……



あら……そうやって動かすといいんですか、そうそう、意外に難しいんですよ。

私も勉強になります。メモしておかないと。


「飯島」

「あ……おはようございます」


時計を見ると、いつの間にか30分くらい時間が過ぎていた。

菅沢さんが樋山さんを連れて、スタジオへ入ってきたことにも気付かないくらい、

私、日向淳平に見とれておりました。


「どう? 撮影の雰囲気って」

「カメラの撮影とドラマはまた違いますね」

「そうね、動きがあるし、時間もあるしね」


樋山さんはこういったところに出入りすることも多いのだろう。

日向淳平を目の前にしても、浮き上がることもないみたい。

それから少しして、スタッフから『休憩』の声がかかり、

菅沢さんのところへ日向淳平とマネージャーが揃って挨拶をしてくれた。


「今回、カメラを担当する樋山です」


菅沢さんは樋山さんを前に出した。

そうだった、この企画には写真集もくっついているんだっけ。

樋山さんは名刺を取り出し、二人に渡している。

マネージャーの田沢さんは、

樋山さんが『グラフィック新人賞』を獲った事も知っていて、

その話題で盛り上がり始めた。



私、ここに必要なかったのかも……





スタッフの声がかかり、日向淳平は衣装をつけ、リハーサルが続いた。

上っ面だけで演じられたら困ると指摘した菅沢さんは、

しっかりと椅子に座り、目の前で『コック』になりきろうとする俳優を黙って見続ける。

はじめは確かに、動きに迷いがあったように見えたけれど、

なんだろう、衣装が変えたのか、迫力がそう見せているのか、

私には日向淳平は、『コック』にしか、見えなくなってきた。



すごい……

演技って、こういうものなんだ。演じるって、これだけ真剣なことなんだ。



その後の休憩になったとき、樋山さんは次の仕事があるからと、

先にスタジをを出て行った。

目の前に座る菅沢さん、どうなんだろう、気持ちは少し変わったのかな。


「飯島さん、どうでしたか? スタジオの見学は」

「はい、みなさんの真剣な表情に、こちらまでドキドキしてしまって」

「これが僕の仕事ですから」

「そう……ですよね」


そう、これが彼の仕事。

私たちとは違うけれど、表現したもので、人の感情を揺さぶってくれる。


「何かメモを?」

「すみません、さきほどの料理手順を私も覚えておこうかと……」

「あぁ……そうですか」


うわぁ……すごいわ、日向淳平。

あれだけのリハーサルの中で、私がメモを取っていたことも、見ていたんだ。

まずい、まずい、ボーッと顔に見とれていたところも、見ちゃいました?

そんなにいい男だからいけないんですよ。


「飯島、先に編集部へ連絡して来い」

「はい……」


菅沢さんにそう言われて、私はスタジオを出ると、電話が許可された場所に向かい、

受話器を開ける。そこでふと考えた。今日は編集部に誰もいないじゃないの。

編集長は以前から楽しみにしていたゴルフがある日だし、

及川さんは二度目の取材に向かったし、細木さんは熱が出て、確かお休みだったはず。


「誰に連絡すればいいって言うのよ……」


エレベーターでスタジオに戻り、指示をもらおうと思ったが、

菅沢さんは大きなスタジオに日向淳平と二人きりで座っていた。

その真剣な表情に、私は言葉を出すことも、中に入ることも出来ずに、

誰かが入っていくのを待とうと、休憩室まで戻った。



4周年記念創作として掲載した『J&F』には、淳平から見たこの『BOOZ』でのやりとりが出ています。
比べてみよう……と言う方は、こちらから……
J&F(15)


104 かけひき


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