107 それぞれの日

107 それぞれの日



『俺、この飯島と結婚しようと思うので……』


「うぅ……寒い」


その日の目覚めは、先日の菅沢さんが発したクレイジーな一言だった。

寒気がするのは、今日がクリスマスだからなのかなぁ。


「あと5分!」


もう一度布団を被ってみる。


「あぁ、ダメ! 起きないと!」





陽君が熊本へ戻り、暦は当たり前のようにクリスマスがやってきた。

日向淳平のドラマの方は、順調に進み、

すでにセットなどの打ち合わせも始まったらしい。

同じように『SLOW』の撮影も順調に進み、

畑山宗也はあちこちの雑誌やテレビでインタビューを受けている。

世間一般から見れば、『秋月出版社』は華やかな会社だろう。


「今日は『クリスマス』だねぇ」

「はい、そうですね」


いい年齢の男女が揃った編集部なのに、

誰もクリスマスの予定がないというのが、素晴らしい。

『普通なら避ける日付の忘年会』が、今日は『BOOZ』で開かれる。


「細木さん、デスクの上はとりあえず全部片付けてくださいって言いましたよね、
今日はお客様が来るんですから」

「お客様って、園田先生ご一行でしょ。郁がそう言っていた」

「そうですよ、そのご一行に『夢尾花』先生もいらっしゃいますけどね」


よく、パソコン上で動きが止まることを『フリーズ』するというが、

まさしく細木さんがその状態となった。

おそらく、思考回路も停止させようとしているのだろう。


「ウソでしょ、どうして『夢尾花』先生が」

「どうしてって、お世話になっているから呼びました。何か問題があります?」


『SOFT』や『MELODY』は、きちんとしたお店を予約し、

『忘年会』をやるらしいが、『BOOZ』にはその予算などどこにもない。

出前を頼んでテーブルに並べて、それらしき集まりでよしとする。

ただし、『お寿司』だけは、

以前田ノ倉さんがご馳走してくれた美味しいお店を予約したもんね。



『エビの量、倍にしておけよ』



という菅沢さんの要望にもちゃんと答えたし、あとは適当に飾りでもつけておこうかな。



半地下編集部の窓から外を見ると、

クリスマスを盛り上げるために雪でも降らせるつもりなのか、

空はどんよりと曇っている。

誰だろう、台車を押しながら歩いてくるのは……


「あ、編集長!」


編集長が大きなダンボールに入れて持ってきたのは、

どこからか借りてきたというクリスマスツリーだった。

飾り付けようのライトや綿の雪も、しっかりと入っている。


「どうしたんですか、これ」

「借りてきたんだよ、本社ビルから。以前はね、玄関にこれを飾っていたけれど、
今はその場所に掲示板が出来てしまったので、2年位前から飾っていないんだ。
せっかくあるのにもったいないだろう、使わないのは」

「はぁ……」

「さて、飾りつけでもしましょうか」





そこからは『BOOZ』編集部全員参加の飾りつけとなった。

及川さんは接触不良を起こした箇所を見つけては直し、ライトをツリーにからめていく。

菅沢さんは少し離れた場所から綿の雪を木に投げつけた。


「あ、もう、菅沢さん、投げつけないでください。
そんなふうに固めてしまったら雪に見えないじゃないですか」

「は? 最初からこれは雪じゃないだろうが」

「それはそうですけど、これじゃ綺麗に見えません。ちょっと貸してください」

「うるさいなぁお前は。だったら全部やれって」


低気圧に変わった菅沢さんから、綿の雪を取り上げ、

私は木にふわりとかかるように柔らかく置いてみた。

そうそう、雪ではないことくらいわかっているけれど、ムードが大事でしょ、

こういうのって。


「いやぁ……いい眺めだわ」


細木さんは、飾り物の代わりに、勝手にクリップを使い、

キャンディやチョコレートをツリーに飾り始めた。

年明けに再検査があるっていうのに、全く懲りていない。


「おぉ、いいなぁ、陽を残しておくべきだったか」

「そうだな、陽君喜んだかも」



……いや、そうだろうか。

『塩辛』を好み、『温泉』で声を出す保育園児だぞ。



「よし、これも飾っておけ」


菅沢さんがツリーにつけたのは、

女の子が頑張ってサービスする『ちょっとセクシーなお店』の招待券。


「ちょっと、何するんですか」

「何って欲しいやつがいるぞ、きっと」


今日は、この1年『レポ隊』として動いてくれた読者の中から、数名も招待されている。

そうそう、一番最初に原稿を落としそうになった、

あの『どんどん亭』の堺さんも来てくれるのだ。


「いいねぇ、郁。これは争奪戦かも」

「だろ、ここにぶら下がっていると思わないだろうからな」


注意しようとした私の口が、黙って閉じた。

そう、この半年の仕事の中で、『それは違う』と言い切れない事実がそこにはある。


「いるか? 飯島も」

「いりません!」


入り口の方から冷たい風が入ってきた気がして振り返ると、

秋田編集長と田ノ倉さんが立っていた。


「お! いいねぇ、ずいぶん格好がついたようだ」

編集長は田ノ倉さんの背中をポンと叩き、中へ入るように指示を出す。


「いえ……僕はここで」


どうしたのかな、田ノ倉さん。

なんだか難しそうな顔をしているように見えるけれど。


「郁」

「なんだよ」

「申し訳ないけれど、仕事が入ったんだ。
東原さんも京塚先生のところへ行かないとならなくて」

「……そうか」

「誘ってもらったのに、悪かった」


菅沢さん、田ノ倉さんを誘ったんだ、今日の『パーティー』に。

菅沢さんにしては、なんと気のきくことか。

仕事があるのは、ちょっと残念だけれど。


「あ!」

「面倒だから、雪なんかこれでいいだろう」

「ちょっと、菅沢さん何するんですか」


せっかく私が柔らかくした綿の雪は、

菅沢さんの迷惑な行動で、またただの玉になってしまう。


「ここは私の指示に従ってください!」


そう強い口調で、わがままな男どもを一喝した時、扉が閉まる音がした。

田ノ倉さんの姿はそこにすでになく、

出席できない代わりにと置いていった、ワインの瓶だけが数本残っていた。



108 里帰り


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