111 愛の鎖

111 愛の鎖



「諒、いつまでそんな芝居をするつもりなんだ、いい加減にしろよ」

「芝居? 郁の言いたいことがよくわからない……」


菅沢さんは、田ノ倉さんの記憶がもう戻っているのだと、そう言った。

田ノ倉さんはそんなことはないと、逆に言い返している。

私は……


「悪いけれど、出かけないとならないところがあるから、これで失礼します」

「おい、諒!」


菅沢さんの問いかけに、田ノ倉さんの足が止まる。


「そこまで言うのなら、これ以上は追求しない。
でも、それがお前の本心だと、そう考えていいのか」

「菅沢さん」


そのまま、田ノ倉さんを掴みそうになる菅沢さんを止めたのは、私だった。

逃げようとする人を追ってみても、いい結果など出るはずもない。


「やめましょう、菅沢さん」

「お前の中にあるものだ。コントロールするのは周りの人間じゃない。
だとしたら、これがお前の答えだと、そう思っていいんだな」




これが答え……




田ノ倉さんは、その問いかけにも、何も答えようとはしない。

確かに過去を忘れてもいいと言ったのは、私だけれど……




本当は、思い出して欲しいと思ってしまうのは、贅沢ですか。




「会社の社長の座なんて欲しくもないし、田ノ倉の家に戻ろうとも思わない。
それでも……お前の出した答えがこれなら、目をそらして手放すものは……」


ずっと下を向いていた田ノ倉さんが、その瞬間、菅沢さんの方を向いた。

とっても哀しそうな目と、とてもつらそうな口元だけが、私の目に映る。




「……俺が持って行く」




また、こんな緊張感。

田ノ倉さんの事故前とは違って、もっともっと鋭い感情が、そこにある。


「あはは……もう、ほら、行きますよ、菅沢さん」


ここは離さないと。私が止めるしかないんだから。

このまま言い合いをさせたら、きっと、お互いに傷つくだけだ。


「本当に酔っ払いの言うことなんて、信用したらダメですよね。
昔から敬は、慎重に見えて抜けているんですよ。
正月3日の夜にロケの話しなんて、よく考えてみたらおかしいし……」

「飯島、お前どこにいくんだ」

「どこって、編集部に決まっているじゃないですか」


……歩かなきゃ。何事もなかったように、前を向いて歩かなきゃ。

止まっても、振り返ってもダメ。

私はこんなことで負けていられない。そう、勘違いしただけなんだから。


「……飯島」


離れましょう、ここからすぐに離れるんです。

他の編集部員たちもいるし、また東原さんたちに何を言われるか。

とにかく、『BOOZ』の編集部へ行けば……



何よ、この風。



「飯島……」



ここ、屋上だ。どうしてここに来てしまったんだろう。



「私、上と下の感覚までおかしくなったようです。
まぁ、いいや、ちょっとだけ風に吹かれますね。
そうしたら戻りますから、少ししたら戻りますから」

「あぁ……」

「冷たい風に吹かれていたら、すっきりしますから」


また、いつものようにみんなで冗談言いながら、雑誌作りましょう。

細木さんも及川さんも待ってますよ。編集長だって、喫茶店にいけないですしね。


「……じゃぁ、俺は先に戻るぞ」


頷いたつもりが、私はそのまま菅沢さんにしがみついていた。

田ノ倉さんが、何を考えているのか、全く見えてこない。

嫌いになったのなら、どうでもいいと思うのなら、

いっそ、あの頃の記憶は全てウソだったとそう言ってくれたらいいのに……



容赦なく風が吹き付ける屋上で、

菅沢さんのあったかい腕だけが、私を支えてくれた。





さすがにふきっさらしの屋上で話しこむわけにはいかず、

落ち着いた私を連れて、菅沢さんは『STAR COFFEE』へ入った。


「社長室へ連れて行った日のこと、覚えているだろ」

「はい」


菅沢さんは、『映報』との事業提携代わりに、

娘との縁談をセットにしようとしたことに反発した、田ノ倉さんの態度を見て、

もしかしたら記憶が戻っているのではないかとそう思ったようだった。


「だから、お前と結婚するなんて、とんでもないことを口にしてみたんだ。
あいつの記憶が沈んだままなら、驚きはするだろうけれど、それだけだと思ったから」


そうか、そんな思いがあったんだ。

私、全然、わかっていなくて。


「あいつ、苦しそうな顔をした。完全に戻っていたかどうかはわからないけれど、
でも、お前がいなくなることへの恐怖みたいなものは、見て取れたんだ。だから……」


少しずつ、点だった部分がつながり始めていたんだろうか。

そのために、車であの場所へ向かっていたのだとしたら……


「時間の問題だと、そう思っていたのに……」


記憶が戻っていなかったときなら、私のことなど忘れていても当然だけれど、

記憶が戻ったのを隠し、冷たい態度を取られたのだとしたら、

それは、この先……


「美味しいですよ、このカフェオレ」

「そうか……」


たとえ記憶が戻っても、田ノ倉さんはそれを認めることはないだろう。



もう、忘れよう……

本当に忘れるべきなんだ。

田ノ倉さんもそれを願っているから、だから……



『ケ・セラ・セラ』

人生がなるようになるのなら、私にもきっとまた、別の幸せが見つかるかもしれない。

私の幸せは、この形ではなかったのかもしれない。





「さて、今年も『レポ隊』を動かしましょうか」

「そうですね」

「いいねぇ、信長。年明けからやる気満々じゃないか」


私には、いつもと変わらないこの場所がある。

新しい年が明けて、気持ちもあらたに向かっていこう、

そう思いながら、日向淳平のために買った『玉露』の残りを急須に入れた。



112 忘れること


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コメント

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(;;)クスン

郁の思惑は何となく分かっていたけど・・

諒はそれでいいの?
まさか郁の為に身を引こう、ってか?

バカな!

和の気持ちが切ないな(;;)

理由は……

yonyonさん、こんばんは

>諒はそれでいいの?
 まさか郁の為に身を引こう、ってか?

諒は何を想っているのか、
郁も和も、わからない状態です。

さて、答えは出るのか……