CIRCLE piece14 【深見家の幸せな一日】

CIRCLE piece14 【深見家の幸せな一日】

    CIRCLE 14 深見家の幸せな日



寝返りをうち、横にいるはずの彼女を探す。ぬくもりのないその場所は、もう、時間がないのだと

俺に教えていた。


「ねぇ、亮介さん……」

「うん……」


自力で起きようと思えば、起きれるんだよ、咲。

君の役目を取らないように、これでも気をつかっているつもりなんだけど。


「もう、時間なくなるわよ!」


その言葉に、目を開けて目の前にいる彼女を見る。目覚めた景色は、

ここ半年以上変わることがない。

結婚してから、俺はなんだかだらしなくなったんじゃないか……そんな気がするよ。





「じゃぁ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」


天気がいいからなのか、何かいいことがあったのか、咲は笑っていた。


「何かついてるか?」

「エ……何もついてないわよ。ほら、行かないと」

「あぁ……」


挨拶のキスを済ませ、階段を降りていく。この秋から通勤も車になっていた。

今までは、仙台支店国内旅行営業部長というだけだったのだが、10月から、東北4店のまとめ役も、

引き受けることになった。電車であちこち移動するのは、辛いことが多い。


エンジンをかけ、アクセルを踏み込んでいく。昨日休みで咲とドライブした名残のCDが

軽快な曲を流し始める。


そう言えばここのところ、咲の機嫌はいい日が多い。特にこの1週間は……。

そんなことを考えながら、仙台営業部へと向かっていった。





「おはようございます」

「おはよう。格安スキーツアーの年内申し込み分は、もうほとんどないから、
それぞれ入金前に必ず支店に確認し、人数などでトラブルのないようにして下さい。
それと、先週から申し込みの始まった初日の出ツアーに関しては、全支店で終了になったので、
間違いのないように」


従業員達は、それぞれメモに取ったり、指を折りながら数えたりと、俺の話を真剣に聞いていた。

赴任した頃は、浮かれていたような新人達も、いつのまにか中堅社員になり、

後輩の指導にも当たってくれている。


千葉、名古屋、東京、中国と勤務した中で、この仙台が一番長い赴任先になった。


「あ!」


その時初めて、資料を家に忘れたことを思い出す。慌てて携帯で咲に連絡を入れると、

あと5分遅かったら家を出ていたと笑っていた。


「ごめん、よかった。悪いんだけど、駅でいいから持ってきてくれないかな。
2時からの会議で、出さないとならないんだよ、その資料」

「わかった。駅についたら連絡する」

「なぁ、咲。どこか出かけるのか?」


今朝は何も言ってなかったのに……。ふと、そんなことが気になり問い返す。


「うん……。ねぇ、それだったらお昼一緒に食べるのはダメ?」


俺はわかったと返事をして、咲との電話を切っていた。


咲と食事をするのなら……。そんなことを考えながらPCのスイッチを入れると、

京都支店の石原さんから、メールが届いていた。



『京都の有名な寺10カ所の資料を送って欲しい』



そう頼んでいた俺は、なんの疑いもなく、添付ファイルを開く。そこには産まれたばかりの

見事な『サル』が真っ赤な顔をして映っていた。


「はぁ……」


今年の8月。石原家には子供が産まれたのだ。なめまわしてもなめたりないと言う、

石原家の子供は、3050グラムの男の子だった。


「全く!」


俺は受話器をあげ、京都支店へ電話をする。


「あ、仙台支店の深見です。国内旅行営業部、法人担当の石原部長はいらっしゃいますか?」


少々お待ち下さいという社員の言葉の後に、『さくら』の保留音が聞こえてくる。


「おはよう! 深見君!」

「おはようございます、石原さん」


中国へ行っていた頃から、大きかった声。子供が産まれて、また一段と大きさを増した気がしてくる。


「京都の寺の写真を頼んだんですけど、なぜかサルが入ってました」

「失礼な男だなお前は。サルじゃないだろう。石原家の長男、廉君だろ、廉君」

「……わかってますよ。あのですね、PCは会社のものなんですよ。
他の社員が見たらどうするんですか!」


当然とも言える意見を、石原さんにぶつけていく俺。


「は? 深見。仙台支店は、部長のPCの中身が、パスワードなしで開くのか? ん?」


ああいえば、こう言い返す。そう、そんな人だったから、あの当時、鼻っ柱の強いメンバー達を、

引っ張って行けたのだが。


「何度目ですか、廉君の写真を送って寄こすのは」

「刺激だよ、刺激!」

「……は?」

「なぁ、深見。お前4月だろ、結婚したの」

「そうですけど」


俺は社員が提出してきた書類を受け取りながら、石原さんと話し続ける。


「お前、ちゃんと咲ちゃんのこと、愛してやってるの?」

「……」

「中国では、あんなに必死に会いにいったのになぁ。自分のものになった途端、
愛が冷めたなんて、言うことないよな……」

「……」

「いや、ありえるな。仙台支店の営業成績をあげるために必死になって、休みなんてそっちのけで、
仕事に没頭しているお前の姿が浮かんでくるよ。あぁ……咲ちゃん、かわいそうになぁ……」

「……」

「あぁ……咲ちゃん……」




「愛してますよ! ちゃんと!」




仙台支店国内旅行営業部、オフィスにいる社員が、一斉にこっちを向いていた。


「叫ぶなよ、深見君……」


してやったりと、電話の向こうで、得意気に笑っている石原さん。この人には、

どうやっても勝てそうもない……。


それから5分後、本物の資料がメールに乗って、送られてきた。





昼少し前、咲からの電話が入り、待ち合わせの場所へ向かう。小さなレストランだったが、

地元では評判の店に、二人で入っていく。


「さて、ランチでいい?」

「うん……」


咲は持ってきてくれた封筒を差し出した。右手で申し訳ないと合図をし、

俺はその封筒を受け取っていく。


「仕事中だから、ワインは無理だな。咲は飲む?」

「ううん……しばらくお酒は飲めないもの」

「エ……」


咲は一度俺の方を向くと、照れながら笑っている。そして、持ってきたバッグの中から、

ピンクの手帳を取りだした。



『母子手帳』



その存在を確認し、彼女の顔を見た。


「今日、病院に行ってきたの。1週間くらい前からそうじゃないかな……と思っていたんだけど、
もし間違っていたら亮介さんをがっかりさせちゃうでしょ。だから、ちゃんとわかるまで黙ってた」

「……」

「2ヶ月だって……」


俺は母子手帳を手に取り、パラパラとめくっていく。読みたいとかそういうことじゃなくて、

手に取り、確認したかったのだ。


父親になるのだということを……。


「そうだったんだ。なんだかここのところ、咲の機嫌がいいなと思っていたけど……」

「うん……」


ここがレストランじゃなければ、ガッツポーズして叫ぶところだが、

さすがに人前でするわけにもいかず、冷静なふりをして、手帳を咲に戻していく。


「ありがとう……咲」

「……嬉しい?」

「当たり前だろ。君と結婚してから、ずっと望んでいたことなんだから」

「私も……。よかった、喜んでもらえて……」


ほっとしたような咲の言葉に、何も言えなくなった。胸にこみ上げるものがあって、

あれこれ言うと、あふれてしまいそうな気がする。

咲が病院に向かうのは、辛い気持ちの時が多かったはず。この喜びを期待しながら、

出かけて行けたことを、本当に嬉しく思えた。


上司と部下から、恋人という名に代わり、そして夫婦という絆に守られ、

今……俺たちは親になろうとしているんだね。


大事そうに手帳をしまう、咲の顔をもう一度じっと見た。


「長野のお母さんに……連絡しないと」

「横浜のご両親にもね……」


静かな言葉だったが、最高の喜びがそこにあった。





久しぶりに出てきたから、少し買い物をしていくと、楽しそうにあちこちのショーウインドーを

見ている咲。


「気をつけろよ、階段とか」

「わかってます」

「……早く帰るから……」

「はい……」


母になろうとしている咲。さらに愛しさが増していく。駅で彼女を見送った後、幸せを噛みしめながら、

仕事へ戻っていった。


「部長、来週の松島ツアーの資料です」

「あ……うん」


もらった資料には、申し込み人数と、男女比が記されていた。


男女比……。


咲のお腹の中にいる、二人の結晶は、はたしてどっちなんだろうか。

性別はすでに決まっている。


「……どっちかな」

「エ?」

「あ、ごめん、なんでもない」


つい、つぶやいてしまったセリフに、驚かされる。時計を見ると、まだ1時を少しまわったくらいだった。


家に戻れるまで、あと何時間あるんだ?

確認の印を押し、営業の加藤に手渡した。


2時になり、会議室に集まり出す、メンバー達。

東京の本社から新しいツアーパンフレットを持った男達が、説明のために前に立った。

俺はあらかじめ用意していた資料を、配るように指示をする。


「えっと……メインになるのは来年の秋のツアーになります」


来年の秋、その頃には、会えているのだろう……。

まだ、名前のない小さな宝物に……。


その日の会議は、なんのためにあったのか。全然わからなかった気がする。





「悪い、今日はお先に!」

「あ、お疲れ様です」


俺は車に乗り、素早くエンジンをかけた。途中で咲の好きな『文楽堂のプリン』を買い、

そして花束を買った。

何かを買ったからどうだというのではないが、信号に止まる度、

あちこちの店でプレゼントを買いたくなった。


君が俺にくれる最高のプレゼント。

例えどんなものを買っても、かなわないことはわかっているのだが……。


右手に花束を持ち、左手にプリンを持つ。そして、脇にカバンを挟み、階段をかけあがっていく。

その音に気付いた咲が、先にドアを開けて待っていた。


「お帰りなさい」


花束とプリンをテーブルに置き、カバンはその辺に投げ捨てた。そして、咲の手を引き、

しっかりと抱きしめる。


「ただいま……」


その言葉に咲が顔をあげた。そう、そうだった。君にあげたいプレゼントはこれだったんだ。

感謝の気持ちを込めた、いつものキス。





「はぁ……」


リビングで電話をしていた咲が、やっと寝室へ戻ってくる。俺は見ていた新聞を閉じ、

左の場所を空けた。


「なんだって? 宮本」

「秋山さんとケンカしたんだって。もう、こっちが電話したのに、一方的にしゃべってるんだもの。
でもね、明日にはきっと、ご機嫌でかかってくるはず。咲、昨日はごめんねって」

「あはは……。またケンカしたのか。毎度、毎度、よくネタがあるな、あの二人」


咲はそうそう、と頷きながら、いつもの場所に落ちついた。俺は咲の方へ体を向け、

右手をお腹の上に置く。


「まだ、動きませんよ……」

「わかってるよ」


それでも何か感じる気がして、その手を外すまでに、少しだけ時間がかかった。


「ねぇ、本で読んだんだけど、もう脳も出来てるんだって。その記事を読んで、
お願いだから亮介さんに似て! って、お願いしちゃった……私」

「……は?」


咲は両手をあわせ、目を閉じている。そんな仕草がおかしくて、笑い出す。


「笑わないでよ、真剣よ」


咲は右肘で軽くつついてきた。二人で視線をあわせ、おかしくてまた笑いだす。


「咲に似てもいいじゃないか。頑張り屋で、優しくて……人に好かれる……」


そう言いながら頬に軽くキスをした。咲は少し驚いたように、こっちを見つめている。


「……こちらが優先……だろ? 無理はしませんよ」


一度外した右手なのに、理由をつけてまたお腹に触れ、ポンポンと軽く合図する。

咲は嬉しそうに微笑みながら、何度も小さく頷いていた。





「いってらっしゃい」

「あぁ……」


喜びを知った次の日、いつものように靴を履き、ドアノブに手をかける。

俺は一度振り向き、咲にこう言った。


「階段、気をつけろよ!」

「はい……」


咲の嬉しそうな笑顔が、さらに眩しく見えた。





外回りの仕事を終え、支店に戻ると、一組の親子が、何やら店先で話し込んでいる。

俺はゆっくりと近づき、声をかけた。


「ご旅行ですか?」


その声に小学生の子供が、嬉しそうに頷いた。


「僕、家族で東京へ行きたいんです。転校した学校のみんなに会いに行くために……」

「東京へ?」

「うん。それと『ハッピーランド』にも行きたくて。ねぇ、いいよね」

「逸樹ったら……あれこれ希望が多いんだから」

「そうだよ、逸樹。ママはお腹に赤ちゃんがいるから、無理出来ないんだぞ……」


逸樹と呼ばれる男の子の母親が、自分のお腹に左手を添え、隣にいる父親に微笑みかけた。

この人にも、新しい命が宿っているんだ。そう思うと、つい顔がほころんでしまう。


「どうぞ店内へ……」


幸せそうに笑いあう親子が、東京行きの話しを、嬉しそうに語り合っている。


そんな姿を見ながら、旅行代理店っていい職場なんだと、あらためて思う。




なぁ、咲。


俺たちと同じように、新しい家族を迎え入れようとする人達が、ここにもいるようだよ……。



                     ………… 深見家の新メンバー登場まで、あと8ヶ月 ほど?





しあわせ……って、人それぞれだよね

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