117 支える手

117 支える手



取材相手のマンションへ向かうと、どこかに男が隠れていた。

私と一緒にオートロックの扉を抜け、そのまま香奈さんの部屋へ向かうつもりだろう。


「静かにしていたら、お前には用はない」


この、背中に当たる感覚……

今まで経験したことなんてないけれど、きっと、危ないものだと思う。


「黙ってエレベーターに乗れ」


エレベーターの扉に映るシルエットと、うっすら見える雰囲気に、

私は昨日、何度か見かけた男のことを思い出す。

今、ここでエレベーターに乗ってしまったら、

この人はきっと香奈さんのところへついてくる。




……それは……ダメ……




「の……乗りません……」

「何?」

「乗りません……」


どうしよう足が震えてる。動きたいけれど、動けないし……

こんなことをしていたら、時間になって香奈さんが下りてきてしまうかも。




どうしよう……




カツンカツンと階段を下りるヒールの音がし始めた。

香奈さんだろうか、それとも別の住人さんだろうか。

男が私の背中に押し当てているものの感触が、一瞬弱くなった。


「あ……」


私は背中を男につかまれたまま、マンションの外へ連れ出されそうになる。



誰か……

誰か助けて……



「いやぁ!」


両手が勝手に動き、男を振り切ったと思ったのに、

私の腕はすぐにつかまり、マンションの外でそのまま倒されてしまう。

一瞬だけだけれど、カッターナイフのようなものが、目に飛び込んできた。




もう……ダメかも……




「飯島!」




気が遠くなりそうな私の耳に聞こえたのは……





菅沢さんの声だった。





それから何が起こったんだろう。

私は自由になった両手で、ただ自分の頭をかばうことしか出来ず、

そこにいるはずの菅沢さんを、精一杯の声で呼び続けた。



何かを見ている余裕なんてまるでなくて……

ただ、震える体を丸くしているだけで……





菅沢さんの登場に、男は驚きそのまま逃走した。

取材はもちろん中止。

犯人の持っていたカッターナイフが私の腕に当たり傷がつき、道路に血が落ちる。

ご近所の方が呼んでくれた救急車に乗り、病院で手当を受けた。

キズはあまり深い物ではなかったが、跡が残りにくいようしっかりと縫い合わせる。





「和ちゃん、大丈夫か」

「飯島さん……」


『BOOZ』へ戻ると、心配顔の細木さんと及川さんが待っていた。

出張で出かけた編集長からも、すぐに連絡が入る。


「それにしても、間一髪だったな、郁がかけつけて」

「そうですね」


そうだった。

菅沢さんが来てくれなかったら、あのままどうなっていたかわからない。

こんな軽い傷ではなくて、もっともっと、深い傷だって残ったかも知れない。


「電話があったんだ、匿名だったけれど、これはまずいとそう思って」


菅沢さんはMBCに連絡を入れて、予定を明日にずらし私の方へ来てくれた。

『匿名電話』かぁ……



それから数時間の間に、少しずつ事実が見えてくる。



齋藤香奈さんの働いているお店では、ホステスたちの派閥が出来ていて、

ライバルとも言える女性の交際相手が、今回私を狙ってきた男だった。

そう、昨日写真の輪に入らず、背中を向けていた安奈さんのご贔屓客。


「齋藤香奈の特集は中止しろ。そうすれば面倒なことは避けてやる……って」


客を取った取られたなどの小さなケンカが、恨みやねたみをうみ、

さらなる広がりを見せることがある。

私が香奈さんのそばにいることを知った男は、

あのまま部屋まで脅しをかけるつもりだったようだ。


「傷むか、左手」

「大丈夫です……」

「俺の判断ミスだ」

「菅沢さん」

「この企画は、飯島にさせるべきじゃなかったな。
『BOOZ』で何か形を残させたいと思って、焦ったのかもしれない」


菅沢さん……

自分を責めたりしないでください。

取り乱した状態の中、救急車が来るまで、支えていてくれたのだから。




『飯島!』




あの声に、どれほど救われたか。





「菅沢さん、ホームあっちですよ」

「いいよ、こっちから帰るから。津川さんにも状況を説明しないとその怪我の……」

「大丈夫ですよ、私、自分で言いますから」


そう言いながらも、本当は嬉しかった。

込み合う電車の中で、知らない誰かが後ろに立つと思うだけでまた足が震えだす。

菅沢さんがずっと私の後ろに立ってくれて、話す事は何もなかったけれど、

なんとか駅まで戻ってこれた。


「しばらく家で休んでいろ」

「でも……」

「無理しなくていい」


津川家までの坂道、いつもなら道を歩いていても足の長さが違うから、

どんどん距離が離れるのに、今日はゆっくり歩いてくれるのだろう。

並んで見える影が二つ。


「そういえば、菅沢さんも足が長かったんですよね、日向淳平に負けないくらい」

「いえいえ、ふてぶてしいだけですから」

「あはは……」


会話になっていないじゃないですか。

この間、日向淳平と比べたこと、そんなに嫌なんですか?

向こうは俳優さんですよ、格好よくて当然じゃないですか。


菅沢さんのポケットに押し込んだ手……

そういえば、いつもこうして歩いている。

その曲がっている腕を少しだけつかんでみた。


「ん?」

「引っ張ってください、家まで」

「……自分で歩け」

「と言いながら、引っ張ってくれますよね。私、怪我しているんですから」


それから菅沢さんは何も言わず、ただ、ゆっくりと歩き続ける。

つかんだ手を離せなんて、一度も言わないまま。






気持ちが前向きならば、神様は必ず微笑むよね!
和の『ケ・セラ・セラ』 な毎日を、応援してください。
本日も励ましの1ポチ、よろしくお願いします ★⌒(@^-゜@)v ヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント

まさか

まさか!災い転じて・・・郁とラブラブなんて事にならないよね。

諒の煮え切らない態度に、諦めかけている和にすれば、
助けてくれた人は何倍もカッコいい

ももちゃんって・・・私の思いを裏切ってくれるからな〜

ん?

yonyonさん、こんばんは

>諒の煮え切らない態度に、諦めかけている和にすれば、
 助けてくれた人は何倍もカッコいい

それはそうでしょうね。
和の思いがどこにいくのか……は、言えません。
今は『?』だらけですよね。

No title

私は郁とうまくいって欲しいと思っていたので、ようやく、、って感じです(笑)
細木さん、及川さん、先生達、淳平、もっともっとからめてください。
本当に楽しみにしています。

うれしい(*⌒▽⌒*)

和は、緊迫した中でもきちんと取材相手のことを考えて行動していて、えらいですね。プロ意識があり
ますね。
ここのところ読んでいると、和がかわいそうで、前向きにいればいるほど切なくてね…
王子も何か悩んでいるようだけど、私はこちらのひねくれ王子がとっても好きです(*^_^*)
一大事に駆けつけて支えてくれることで、更にポイントアップでございます!(^^)!
…と言っても、さあどうなることやらですね~
和の心の傷が小さくて済みますように祈ってます。


まだまだ、活躍しますよ

haruさん、こんばんは

>細木さん、及川さん、先生達、淳平、もっともっとからめてください。

ありがとうございます。
まだまだ『BOOZ』の面々は、頑張りますし、笑わせますし、
もしかしたら泣かせちゃうかもしれません(笑)

王子もいろいろ

milky-tinkさん、こんばんは

>ここのところ読んでいると、和がかわいそうで、
 前向きにいればいるほど切なくてね…

ありがとうございます。
和の頑張りを、『BOOZ』編集部が支えています。

>王子も何か悩んでいるようだけど、
 私はこちらのひねくれ王子がとっても好きです(*^_^*)

あはは……ひねくれ王子、いいですね、確かにそうです。
どちらと赤い糸で結ばれているのか、
もう少し、お付き合いください。