119 あちらとこちら

119 あちらとこちら



怪我をしてから1週間、私は報告を兼ねて、お世話になった病院へ向かう。

今日は、縫い合わせた場所の確認をしなくちゃね。

会社の近くの病院に行っても構わないと言われたが、同じ場所でお願いした方が、

気持ちもスッキリと切り替わる気がした。

ロビーには、今日もあちこちから患者さんが集まり、小さな話の輪が出来ている。


「おはようさん、鈴木さんは今日は見えないけど、どこか悪いのかね」

「はぁ……そういえばそうだなぁ」


『病院』に来ていない人の方が、

具合が悪いのではと心配するお年寄りの会話がおかしくて、思わず笑いそうになる。

名前を呼ばれて、書類を手に持ち『整形外科』へ向かおうとしたとき、

中庭を歩いている二人に目が止まった。



田ノ倉さんと実玖さんだ。



どうしてここにいるのだろう。

田ノ倉さんが事故で運ばれたのは『麻見記念病院』だったはず。

『SLOW』の広報から外れた実玖さんは、お父さんの秘書になったのだと、

編集長から聞かされたけれど。

どこか具合でも悪いんだろうか。


「飯島さん……飯島和さん、いらっしゃいませんか?」

「すみません、ここにいます」


二人がどうして病院にいるのかなど、私が聞くことではなかった。

診療を終えて、出てきたおばあさんとぶつからないようにしながら診察室へ入る。

お世話になっていた包帯を外し、傷の治り具合を確認してもらった。


「うん、これなら大丈夫だよ。縫い目も目立たなくなりそうだ」

「はい……」


しっかりと処置してくれたおかげで、本当に思っていたより傷は目立たない。

まだ赤みは残っているけれど、これもだんだんと消えていくだろう。


「よかったね」

「はい、ありがとうございました」


先生にもう一度しっかりと礼をいい、診察室を出る。

田ノ倉さんと実玖さんを見た場所へ戻ってみたが、すでに二人はいなかった。





「和ちゃんの完治を祝って、乾杯!」

「ありがとうございます。ご心配をおかけしました」


『BOOZ』へ戻ってみると、すでに編集部はお祝いムードになっていた。

細木さんが提案してくれて、私の完治祝いを開いてくれる。

もちろん、お酒を飲むわけにはいかないので、ジュースやウーロン茶しかないけれど、

それでも、そんな気持ちが嬉しくて、たいして食べてもいないのに胸がいっぱいになる。


「和ちゃんが元気じゃないと、『BOOZ』じゃないからね」

「嬉しいです細木さん、頑張りますよ、私」


ジュースの入った紙コップを少し上にあげ、

あらためて、みなさんと一緒に『BOOZ』を作っていこうと、心に決めた。





事件が起こってから1週間。

菅沢さんとずっと一緒に歩く、駅から津川家への道。

『BOOZ』の締め切りも迫ってきたし、無料ガードマンも終わりだよね。

今日、完治祝いもしてもらったわけだし、『もういいです』って言わないと。


明日から一人かぁ……


「こっちの路線の方が、混雑は少ないんだな」


こっち? あぁ、そうか、菅沢さんの路線、そうそう大きなマンションがあるから、

確かに込むのかも。


「そうですね、敦美おばさんもそう言っていました。
坂道を挟むだけで住宅地の値段が違うんだって。あっちの方が人気らしいですよ」

「ふう~ん」

「いいですよこっちは。帰りも途中で座れたりしますから」

「あぁ、そうだな」


あれ? 私、こっちを勧めている? そう聞こえたかな……


「俺も、こっちから帰ることにするかな」



『路線変更』



今のは、私が誘っての決断? それとも、そう思っていたってことですか?

なんだろう、別に何かを言われたわけでもないのに、少しほっとしている。


なぜ?


「いいんじゃないですか? 気分転換にもなりますし」


こんな言い方おかしいかな。まぁ……いいや。

商店街の隅にある店から、曲が聞こえてくる。

編集長が朝からラジオで聴いていた曲と一緒だ。

確かこれって、3年くらい前に流行った曲だったような。

サビの部分が素敵なんだよね。


「飯島」

「はい」

「お前、ハミングまで音痴だな」



……ハミングまでって、菅沢さんの前で美声を明らかにしたことが

ありましたっけ?



「失礼ですね音痴だなんて。どうしてそう決め付けるんですか。
だったら、今度カラオケでも行きましょうよ、
私の素晴らしい歌声を聞かせてあげますから」


まぁ、そんなことを提案したって、どうせ『嫌だ』と返されるだけでしょうが。


「そうだな……」


あれ? お誘い、受けてくれるんですか?


「カラオケ、行ってくれるんですか?」

「自慢の歌声なんだろ、披露すればいいじゃないか」



だったら……



「だったら、食事して、それからってどうですか。
私、菅沢さんにお礼もしないといけないですし」

「お礼?」

「はい、こうして送ってもらったお礼です。1週間も送ってもらって……」


菅沢さんと二人で食事して、それからカラオケか。

なんだか勢いでそう言ってしまったけれど……

でも、言い出したし、贈り物を考えるよりは楽だと思うし……


「もう、大丈夫なのか?」

「えっと……」


和、ここは『大丈夫です』って言うところじゃないの?


「まぁ、はい」


まぁ……ってなによ、それ。


「カラオケは約束ですからね、明日になって知らないなんて言わないでくださいよ」

「さぁな、それはわからない」




……はいはい、あなたはそう言うと思っていましたよ。




「だったら、忘れないようにしておきます。手を貸してください」

「手?」


菅沢さんはポケットに入れていた右手を出し、手のひらを私に向けた。

私はバッグからペンを取り出し、右手の手のひらに大きく『カ』を書いてみる。


「うわぁ……お前、何するんだよ」

「忘れないためですよ、『カ』だけでもあれば考えるでしょ。
とぼけないように書きました」


どうせお風呂に入ったら消えてしまうだろう。それでもいい。


「飯島、消せよ!」

「あぁ、もう、うるさいですね。
いいですよ消しますから、ペンが消せる消しゴムでも出してください」



……ほらほら、黙った。そんな消しゴムないですからね。

無理を承知で言ってみたんです。どうだ、参ったか!



「……お前は『一休』か……」


菅沢さんは呆れ顔をしながら、手をまたポケットに入れた。

私よりも少し先を歩いていく。

私は音痴と言われてもめげずに、菅沢さんの横でハミングを続けた。






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コメント

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推測

なんなんだこのホンワカ良いムードは・・・

和、それでいいのか?郁で手打っちゃうのか?

テラスの王子は既に過去か?

でも・・
諒は自分が和のことを忘れてしまったことが許せないんだ。
思い出したからと言って元通り、と言うわけには行かないと思っているんだろうな。(推測^^;)

きっと怪我をしたと聞いて心配してると思う。(これまた推測^^;)

なんなんだ

yonyonさん、こんばんは

>和、それでいいのか?郁で手打っちゃうのか?
 テラスの王子は既に過去か?

あはは……おもしろい。
yonyonさんの心の声だ。

yonyonさんの推測、当たるのか外れるのか……
あれこれ考えてもらうのも、楽しいです。