122 二流席の約束

122 二流席の約束



『日本の空』は、私のデスクの上に、置くこととなった。

菅沢さんと向かい合わせになっている場所にしっかりとおさめ、

その隙間からPC画面に向かう、真剣な顔を見る。

『プレアホテル 花房麻里』の演奏会、忘れないでくださいよ。



『覚えていればな』



この1週間、なんとしてもアピールし続けなくちゃ。


「飯島」

「はい」

「お前、空き巣じゃないんだから、隙間からこっちの様子を伺うな」

「あ……すみません」


いいじゃないですか、考え事くらいしたって。

ケチ、ケチ、ケチ!



締め切りが終了したからか、『BOOZ』編集部はのんびりムード。

それにしても、1日違うだけでこれだけ違うものなんだね。

PC画面に『プレアホテル』を呼び出してみると、

大きく『花房麻里』の演奏会が宣伝されている。

うわぁ……これを見ているだけで、気持ちが弾んでくる。


「菅沢さん、ほらほら、見てくださいよ。すごいですよ。
クラシックを中心に流行歌も織り交ぜながら、あなたを夢の世界へご招待……ですって」

「クラシック?」


PC画面を見ていた菅沢さんが、私の隣にやってきた。

一緒の画面を見るために、少しかがんだ姿勢をとられると、

顔の位置がすごく近くて、ちょっとドキッとする。


「ダメだな、これは」

「ダメ? どうしてですか」

「クラシックなんか聞いていたら、背中がかゆくなる」

「そんなことないですよ」

「それに、そんな演奏会なら、互いにこんな格好ではいけないだろうが」



……ん?



「ほら、見てみろ。この招待席は正装だぞ。お前、七五三の着物でも着てくるか?」

「七五三? 失礼ですね、そんなもの今更着られませんよ。
せめて成人式という言葉くらい、出ないものですか?」


ちょっと待ってよ。せっかく出かけられると思っていたのに、

ドレスなんて持っていないし、スーツもリクルートみたいなものしかないし。

そのために出費するんじゃ……


「あ!」

「なんだよ」

「違いますよ、ほら、よく見てください。
私が編集長からいただいたのは、こちらの店内席ですから」

「店内席?」


編集長が喫茶店の抽選会で当てたのは、あくまでもレストラン側の席で、

演奏会は聴けるけれど、本当の意味の招待客とは、場所が区分けされていた。

野球で言えば、内野席と2階席のような差があるわけで。


「なんだ、二流の席か」

「重ね重ね失礼ですね、タダでいただいたんですし、いつもの格好でいけるんですから、
私たちにとってはこちらの方がいいんです」


ピアノの周りを囲む、本当の招待席には、

彼女が記念アルバムを出すための音楽業界関係者や、

それにともなった招待客が揃うようだった。


どんな人たちが来るんだろう。

もしかしたら日向淳平あたりが、招待されていたりして……





「うわぁ、本当にそうだ」


『花房麻里』のコンサートが1年ぶりに開かれるという話題は、

次の日のスポーツ新聞に大きく取り上げられた。

日向淳平のファンだという花房麻里のリクエストで、

彼が花束を持って、会場に現れるという。


「日向淳平のCMに、花房麻里のピアノ曲が使われているんだって。
ほら、『メビウス』のスーツ、敦美おばさん知らない?」

「知ってる、知ってる。あぁ……あのピアノの曲は花房麻里だったんだ。
日向淳平がスーツ姿でピアノを弾いた後、バラを置くやつでしょ!」

「そうそう……うちの母なんて、テレビにかじりついて見てるよ」


新聞の紙面には、そのCMシーンを切り取った写真が掲載された。

日向淳平が来るのなら、マスコミのカメラもあれこれ入るだろう。

あと4日後、どうか大変な出来事が起きませんように。




菅沢さんが低気圧になりませんように……




こっちの方が、可能性高そうなんだもの。





日向淳平のドラマが実際に動き出すと、私の仕事は逆に少なくなった。

むしろ、同時進行で動き出した写真集の方に、付き添うことが増える。


「高部さん、もう少し視線上げて」


『水蘭を探せ』以来だな、こうして高部さんと仕事をするのって。

あの時は、菅沢さんにガンガン言われていたけれど、

今はしっかりプロの顔になっている。


「いい表情、もう少し笑って見て」


樋山さんも、仕事となると真剣そのもの。

プロ同士のプライドがぶつかり合うって、こういうことを言うのかも。

そこに編集者代表として来ているのは、この私。

そうそう、これからは『女の時代』、そういうことなんじゃないの?


「ちょっと休憩しよう」


樋山さんの合図で、スタジオにほっとした空気が流れ出した。

上着を羽織った高部さんが、スタッフの用意した椅子に座る。


「どうぞ……」

「あ、飯島さん。来てくれていたんですか」

「はい、今回の仕事は、一応私がチーフなんです」


高部さんは、スタジオの中が暗かったので、私がいたことに気付かなかったと、

笑顔を見せてくれた。それだけ真剣に取り組んでいたということだろう。


「高部さん、すごいなぁ……と思って、見ていたんですよ」

「いえいえ、まだまだです。
先輩方の仕事ぶりを見ていると、本当にまだまだだって思えるんです」


先輩方かぁ……そうだよね、モデルの世界でも、女優の世界でも、

トップと言われる人たちの努力は、並大抵のものじゃないはず。

この間、ちょっとだけのぞいた日向淳平の仕事振りを見たってそう思えたんだから。


「でも早く頑張って、認められるようにならないと。
いつまでもデートしてもらえませんし」


アイスコーヒーに少しだけ口をつけた高部さんが、当たり前のようにそう言った。

デートって、もしかして……


「飯島さん、菅沢さん、まだ、フリーですよね」

「……うん」


『菅沢さんに認めてもらって、デートがしたい』

そういえば、高部さんはデビューする前に、こう言っていた。


「よかった……」


高部さんの問いかけに、私の返事が少し遅れた。

あまりに素直な問いかけだったからなのか、それとも……



それとも……






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