124 パートナー

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『花房麻里』の演奏会。

菅沢さんからは編集部を出る前に、新幹線から直接メールがあった。

とりあえず『忘れた』だのと、とぼけられなかっただけほっとする。

それにしても、思っていた以上に、『プレアホテル』は華やかな雰囲気を出していた。

1階のロビーから奥に入ると、ホールのような場所があり、

今回はそこでコンサートが開かれる。

小さな噴水と花のオブジェがある前に、

綺麗にセッティングされた招待席が用意されていた。

編集長からいただいたお店の場所は、2階。

下を見られる場所にあるいくつかの席が、今回の抽選1等賞だった。

あくまでも当選したのは『秋田犬』いや、秋田編集長。

名前、間違えないようにしなくちゃ。


「秋田と申します」

「はい、秋田様ですね、お待ちしておりました。どうぞ……」


小さなブーケがテーブルに置いてあり、他の席とは違う特別感が演出される。

私を案内してくれた店員さんは、あと30分後からコンサートが始まると、

丁寧に説明してくれた。


「お連れ様は……」

「あ、すぐに来ると思います」


メールがあった時間に、新幹線の中にいるのなら、そう遅くはないだろう。

私は料理の説明を受け、菅沢さんが到着したら運んでもらえるように、

そうお願いした。


下の会場にセッティングされるグランドピアノ。

私たちとは違い、『花房麻里』側が招待した客たちが、正装をして席に座り始める。


「飯島……」

「あ、菅沢さん。よかった、間に合って」

「あぁ……遅れでもしたら、ねちっこく嫌味を言われそうだからな」


全くもう。素直に言わないところは菅沢さんだけれど、

今日はここでいちいち怒りませんよ。

せっかくの食事なんですから。


「すごいですよ、ほら、下の人たちは正装して……」


視線の先には、グレーのスーツに身を包んだ男性が、

女性をエスコートして歩いている姿が見えた。

真ん中よりも少し右側にあるテーブルに、並ぶように腰かける。

そう……二人の姿はまるで、絵本から飛び出した『王子様とお姫様』のようで……


いっそ、本物だったら憧れの眼差しだけ向ければ済むけれど。



私は、あの二人の名前を知っている。



しばらく二人の姿を、じっと見てしまった。

あまりにも似合っていて、あまりにも溶け込んでいる。

視線を前に戻すと、私をじっと見る菅沢さんがいた。


「あはは……すごいですね、田ノ倉さん。『秋月出版社』にも招待が来たんだ」

「いや、『映報』の方だろう。『花房麻里』のDVDを出しているし」

「へぇ……そうですか」


もう、心に決めたはずなのに……

何があったのか、どうしてこうなったのか、田ノ倉さんが語ってさえくれたら、

このどこに向けたらいいのかわからない気持ちの行き先が、

定まりそうな気がするのに。



「やっぱり出るか」


運ばれたスープを前にして、菅沢さんが突然そう言った。

私は慌ててスプーンを持つ。


「何言っているんですか、これだけの食事が編集長のおかげでタダなんですよ。
もったいない」


いけない、いけない。

田ノ倉さんの方を見て、私、きっと辛そうな顔をしたのだろう。

菅沢さんには何も隠せない。


「最初の約束はカラオケだっただろ。お前が音痴かどうか、確認するために」

「そうですけれど、せっかくこういう流れになったんですから、
それを受け入れましょうよ、もう……」


それは意地でもなんでもない。

こうして菅沢さんと来ること、私だって楽しみにしたんです。


あ……美味しい。

編集長が買ってきてくれたスープも美味しかったけれど、その何倍も美味しい。


「美味しいですよ、スープ。ここで出てしまったらもったいないです」


大きな拍手とともに、『花房麻里』が登場した。

そして、花束を渡すために招待された日向淳平。

うわぁ……今日はスーツだ。

料理人の姿もいいけれど、やっぱり彼はスーツが似合う。

足、長い!


「菅沢さん、日向さんですよ、ほら。かっこいい! ほら、ほら」

「……見ていろ」


大きな拍手と司会者の声に、菅沢さんの言葉がうまく聞き取れなかった。


「なんですか? 何を見るの?」

「お前は間違ってもいないし、悪いこともしていないのだから……」

「はい……」

「もう下なんて見なくていい。こっちだけ見ていろ」



こっち……

私の視線の先にいるのは……

私を見てくれている菅沢さん。



下を見なくていいと言うのはきっと……

落ち込まなくていいということと




もう、田ノ倉さんのことは見るなということ




そういうことでしょうか。




私は、菅沢さんに初めて『頼っていい』と言われた気がした。

もちろん、今までもたくさん助けてもらったけれど、

それだけではなくて、どこに向いたらいいのかわからない心の行き先を、

示してくれたような……




「はい……」




下を向いて生きたりはしない。

『ケ・セラ・セラ』

私が選ぶべき道は、きっと思いの先につながっている。


「今日は食べますよ! 私!」

「自分の分だけにしろよ」

「わかってますよ」


『花房麻里』の素敵な曲を耳に受け止めながら、

私は菅沢さんと笑顔で食事をし続けた。





「海の上ぇ~」


その後、会場を出て向かったのは、駅近くにある『カラオケ』。

身振りと手振りで歌う私を、一生懸命応援してくれるのは……



菅沢さんではなく、及川さん。



「いやぁ……及川さんのご自宅が、この駅近くだとは知りませんでした。
このあたり、結構高級住宅地ですよね、及川さんってお坊ちゃまなんですね」


及川さんはマラカスを持ったまま、それを左右に振る。

きっと、『いえいえ……』とか、『そんなそんな』を意味しているんだろう。

人の歌を聴いてやると言ってくれた菅沢さんは、

この大音量の中で、居眠り中。


新幹線とは言え、朝、急に決まった静岡へ行って、すぐに戻って、

私に振り回されているのだから疲れているのだろう。

すると『ムーンリバー』が急に流れ出した。

隣にいた及川さんがマイクを握り、立ち上がる。



あれ? 声が出ないんじゃなかったでしたっけ?



店内に流れる『ムーンリバー』と、口パクをしている及川さん。

とりあえず、邪魔にならない程度の音で、私はマラカスを振り参加する。



ズンチャッチャ……の3拍子。



飯島和、次の4月で25歳。

この年になって初めて、『エアカラオケ』という楽しみ方があることを、

知ることになった。






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コメント

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No title

切ない和が続いて、私もなんだか・・・( ; ; )

ケ・セラ・セラとはなかなか行かない。

諒〜〜!!!

No title

菅沢さんのいいセリフがと思ったら、
及川さんのエアカラオケ、笑えます。
和は、このまま菅沢さんにいくのかな。
私はそれでいいですけれど。

ついに

yonyonさん、こんばんは

>ケ・セラ・セラとはなかなか行かない。
 諒〜〜!!!

そうそう、なかなかうまく行かないでしょ。
そして、『あの日』のことが明らかに……
諒の心の中も、見えてくる……かも。

……らしく

るりさん、こんばんは

>菅沢さんのいいセリフがと思ったら、
 及川さんのエアカラオケ、笑えます。

はい、……らしくいくのが、『ケ・セラ・セラ』の楽しさなので。
和の心はどう動くのか、もう少々お付き合いを。