126 汚れた王子

126 汚れた王子



今年の1月3日。

阪井家では、次期社長になる長男、裕介さん主催の『新年会』が行われていた。

そこで実玖さんの具合が悪くなり、救急車で運ばれた。


少し前に細木さんから聞いた情報では、そう思えたけれど、

今、ここで飛び込んできたのは、そうではなくて……


「諒にとっては、申し訳なさがあるのでしょうけれど、
その中で関係ないこっちまで影響受けたら迷惑なのよ、わかってるの?」

「すみません」

「あのねぇ……」


園田先生の目が、私の方を見た。

ダメ、今、何を話したらいいのかわからない。

そのまま外へ向かおうとしたのに、大きな壁にぶつかって……


そうだった、私、菅沢さんとここへきたんだ。


「どこに行くんだ」

「あ……いえ……」

「郁、飯島さん、二人が来てくれてちょうどよかったわ。
ねぇ聞いてよ、お宅の出版社の王子様はさ、すっかり『映報』に言いくるめられて、
力も入らないみたいよ。何かビシッと言ってあげてよ」


ビシッと言ってなんて言われても、私には、何も……


「園田先生わかりました、
そのことについては、僕の方でもう一度、『映報』とかけ合います」


田ノ倉さんは園田先生に頭を下げると、私たちの横を無言のまますり抜けようとする。

そんなことは当然許されず、菅沢さんに腕をつかまれた。


「逃げるなよ、諒」

「逃げるわけじゃない。やることが……」

「やることがあるのは、こっちも一緒だ。納得出来ない人間がこれだけ揃っているんだ、
事情をしっかり説明して行け」

「菅沢さん……」


田ノ倉さんがどんな表情でいるのか、見なくてもわかる気がした。

いつもなら、ケンカごしになるなと言うところだけれど、今日の私は違う。

『3日の夜』何があったのか、本当のことを知りたい。


「ここで話す様なことじゃないんだ」

「それは聞いてみないとわからない。
それとも、俺にも飯島にも、ウソをついてまで隠さないとならないことなのか」



ウソ……

そうだ、私たちは明らかにウソをつかれた。



「わかった……手を離してくれ」





菅沢さんが掴んでいた手を離し、田ノ倉さんはスーツの乱れを軽く直した。


「とにかく中へ入りなさいよ、みんな。玄関先で話すことじゃないでしょ」


園田先生が席を用意してくれて、話には関係のないアシスタントさんたちは、

全員食事に出てくれる。

私と菅沢さんは、ここへ来る目的だった『水蘭フィギュア』を運び入れ、

用意された椅子に座った。

広いオフィスに、私たち4人。


「まず、私から口火を切らせてもらうわ。
お嬢様が自殺未遂をしたっていうのは、本当なの?」


話し合いは、園田先生の一言から始まった。

何もわからない私と菅沢さんは、ただ黙って聞くことしか出来ない。


「1月3日の夜、実玖が救急車で運ばれたのは、事実です。
でも、自殺未遂というのは違います。
12月頃から、睡眠がうまくとれない状態が続いていたらしくて、
医者から薬をもらっていたようなんですが、効き目が悪かったらしく、
それを大量に飲んでしまったと、僕は病院で聞きました。
園田先生は、その情報をどこから……」

「話はするけれど、そのことで契約に影響を及ぼさないと約束してくれる?」

「はい……」


1月の3日、『SLOW』の作者が、新年会に招待されていた。

軽いお疲れ様会のようなものだと思って出席したら、

『映報』を代表する長男から、以前と違う契約内容を提示されたことに驚き、

園田先生に連絡があったのだという。


「彼女は、大学の後輩なの。いくら正式な契約の場ではないにしても、
納得の出来ない条件に、やたらなOKをしない方がいいってアドバイスして、
その会場内に諒がいないのかって、そう聞いた。
そうしたら、『田ノ倉さんはいない……』って、そう言っていたけれど。
でも、諒はその場にいたってこと?」

「いえ……」


田ノ倉さんは『新年会』に出ていなかった。

……となると。


「諒はどこにいたんだ、その時」

「それは、関係ないだろう」

「関係なくないだろう。お前は、社長と俺がいるところで、こう宣言した。
『映報』との提携は進めるけれど、他の条件は受け入れないって。
あの時と、今の状況があまりにも違っている。
『準備室』だって出来ることになっているのに、
今、先走ってあれこれ契約を結んでしまう理由が、どこかにあるのかよ」


『準備室』? あぁ、そういえば、そんな話がありましたね、

突然、社長室へ飛び込んだあの日、確かに田ノ倉さんは自信満々にそう言っていた。

実玖さんとの縁談は受けないし……って。


「それなのになんだこれは。『秋月出版社』に不利じゃないか。
言いなりにならないといけない出来事が、あったからなんだろ」

「言いなりになんてなってはいない」

「そう思っているのは、お前だけだ。自分が我慢すればそれで収まると思い込む、
お前のズルイところが出ているだけだろうが」

「菅沢さん、そんな言い方……」

「飯島の前で、言えないことなのか。お前が3日の夜、どこにいたのか、
飯島が聞いただろ。お前はどこにも出かけていないって、そう答えたじゃないか」


そう、あの日、敬が見かけた人が田ノ倉さんではないかと、そう問いかけた。

敬が見た人が、田ノ倉さんであって欲しいと願い、聞いたことだったけれど。

そんなふうに責め立てたら……


「諒……郁の言うとおりだと思うよ。おそらく諒のことだから、
自分の責任で、お嬢さんが薬を大量に飲んだとでも思っているんだろうけれど、
それは違うでしょう」


園田先生は立ち上がり、私たちの前に出来上がったコーヒーを入れてくれた。

豆の香りが、部屋じゅうに広がっていく。


「諒を本当に愛してくれている人たちを、傷つけたらダメじゃない。
今の形のまま『映報』の人たちといることで、本当に納得できるの?」


『水蘭』のフィギュア。

園田先生が1体を取り出し、オフィスの目立つ場所に置く。


「私だってさ、たいした力はないけれど、諒と郁のことが人として本当に好きだから、
ある程度の難問なら、答えてやりたいって思うわけよ。
原稿料が安くたって文句言わないし、席を空けてくれって言われる前に、
ちゃんと京塚先生に空けたでしょ」


田ノ倉さんを本当に愛している人たち、

だからこそ、辛いことも言うし、きついことも言う。


「今度のことだって、諒がきちんと仕事をした上で、これが条件だと言うのなら、
私、権利なんてそんなに主張したりしないよ。でもさ、今の諒は違うでしょ。
だから嫌なのよ。ねぇ、きちんと吐き出しなよ……」


時計の針の音が、カチカチと響く。

誰もコーヒーに手をつけないまま、だんだんと湯気の勢いが落ちていく。


「『映報』の人間より、私や郁の方が信用できないのかな……」


田ノ倉さんが気持ちを固めるまで……待っていなくちゃ。

本当のことを、話してくれるまで……





「1月3日、僕は……以前訪れた場所へ行きました」





以前、訪れた場所……





「記憶の中にあった、ある人に会うために……」





『記憶の中にあった、ある人……』

止めたはずの感情が、また心の奥底から、目覚めていく気がした。






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コメント

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No title

>医者から薬をもらっていたようなんですが、効き目が悪かったらしく、
それを大量に飲んでしまったと

分かってやったことなら、それは自殺ってことなのでは?

記憶の中に有った人・・・
行ってみて確かめて?それで?

諒の気持ち分かるけど、はっきりしないと周りが困惑する!

優しさ

yonyonさん、こんばんは

>分かってやったことなら、それは自殺ってことなのでは?

諒もそのあたりはわかっているはずで、
でも、そう言えない、言わないところが優しさかな。
確かに、そこで困惑をさせているんですけど。

思い出したこと、気づいたこと、
表現する前に、崩れてしまった……

さて……で続きます。