128 新たな日

128 新たな日



『BOOZ』に戻った後、何事もなく仕事を済ませたけれど、

さすがにその日の帰り道は、足取りが重い。



『僕の心にあった、大切なものが……戻りました』



田ノ倉さんが、私のことを思い出してくれた。

『大切なもの』と言ってくれた。

その言葉を聞いた時、本当に嬉しかったはずなのに、

園田先生の仕事場を出た私は、結局戻らなかった。



『戻れ』と言ってくれた菅沢さんを、ひとりにするのが辛くて……

正直に話してくれた田ノ倉さんを、残してしまった。



それを後悔しているわけではないけれど、

それでよかったのだと、胸を張れる自信もなくて。

私はゴチャゴチャの気持ちを抱えたまま、どこに行けばいいのかわからない。


「そう……」


私は敦美おばさんに全てを語った。

田ノ倉さんが記憶をなくしたときも哀しかったけれど、

こんなふうになるのなら、

いっそ、思い出してもらわないほうがよかったかもしれない。


自分の中で動き始めた思いが本物なのか、

無くした思いをつなぎ止めるための繕いなのか、

何を一つ選べばいいのか、どこへ向けばいいのか……


「和ちゃん、それは違うわよ。思い出してもらえないほうがいいなんて」

「でも……」

「何をどう考えようが、結局は田ノ倉さん自身が選ぶことだもの。
3日の夜、黙って東京へ戻る決断をしたのも、田ノ倉さんでしょ。
和ちゃんには、その時、どうすることも出来なかったわけだし」


実玖さんの事情を知り、東京へ戻る決断をしたのは、確かに田ノ倉さんだ。

あの人の性格からすれば、当たり前のことで……

記憶が戻ったことを隠したまま、しばらく実玖さんに付き添うつもりだったのだろう。

それを責めるつもりも、責める資格も、私にはない。

『自分よりも……』と、思ってしまう人だから。


「和ちゃんの信条は『ケ・セラ・セラ』でしょ、
どうにもならないことを嘆くよりも、前を向いて、今を精一杯生きていくこと、
それが大事。何もかもが終わってしまったわけではないじゃない。
まだまだこれから、これから。和ちゃんには、たくさんの可能性があるんだから」



『ケ・セラ・セラ』

なるようになる……



「何が正解なのかは、まだまだ先にわかることよ」

「正解?」

「そう、今日は今日、明日は明日」

「今日は……今日」

「そうよ、運命は自分で切り開くもの。
今にきっと、あの時の悩みはこのときのためだったって、思うときが来るから」

「うん……」

「たまには、流れているものに揺られながら進むことも、必要かもよ」


流れているもの……

その時に感じたまま、思ったまま、行動すること。


「ありがとう、おばさん」


悩みながら前へ進もう。それでもきっと答えは、見えてくるはず。





『ビジュアル制作部、準備室』





私の決意から2日後、社内でこの部署が立ち上がるということが正式に発表された。

実際に商品が動き出すまでの数ヶ月間、臨時で社員たちが集められる。

リーダーとして名を連ねるのは田ノ倉さんと、

社長の右腕で、長い間『週刊文青』を手がけてきた芦川さんという男性だ。

芦川さんは、『秋月出版社』を退職し、自分でプランナーの仕事をしている。

社長とは若い頃、コンビを組んで、仕事をしたという仲らしく……


「まぁ、簡単に言ってしまえば、俺と増渕のようなものだな」

「編集長と増渕編集長のような間柄ってことですか」

「あぁ、うん」



それじゃ、仕事の実力も、クエスチョンマークが永遠に並びそうですね。



大丈夫なんでしょうか、社運をかけているといってもいいくらいだし、

やりようによっては、田ノ倉さんが『映報』の大きな渦に、

食べられてしまうかもしれないんですよ。

いや、もうすでに半分くらい飲まれているような……


「でね、飯島さん、今日はそんな話をなぜしたのかというとさ」

「はい……」


あ、やだ何よ、このデスクのこびりつき。

そうだ、わかった。

細木さんが昨日、食べていたお饅頭のあんこだ。

全くもう……しっかり拭かないと、原稿についたりしたら、菅沢さんが雷落とすのに。


「その準備室にね……」

「はいはい」


布巾を持ってきて、軽くデスクを拭くと案外あっさりと取れた。

あれ? そういえば机の下にある紙袋なんだろう。

右手でこっそりのぞいてみたら、やはり、隠し持っていたお菓子。

どうもおかしいと思ったんだ、細木さん近頃、あの女医さんの話ししなくなったし。

これは……


「明日から、異動になったんだ」

「エ……あの女医さん、病院を異動になったんですか?」





あれ?

編集長の目が、いつにもましてどんぐりみたいになっている。

話、噛みあってませんでしたか? 今。


「女医さんって誰のこと?」

「異動って?」

「異動は異動だよ、飯島さんがその『ビジュアル制作部 準備室』へ異動になったんだ」

「私が異動? そんなこと、誰が決めたんですか」

「誰って、一応社内で決定となっているね……」

「ちょ、ちょっと編集長。なっているね……って人事みたいに言わないでくださいよ。
異動の願いなんて出していませんし、なんですか、その紙」



『飯島和 『ビジュアル制作部 準備室』へ異動を命令する』



「ウソ……」

「まぁ、半年もないし、それが終わったらまた戻ってくるといいよ」

「いや、あの編集長」

「蛍のぉ~ひかぁり……」

「それって、菅沢さんが絡んでます?」





わかりやすい顔ですね、編集長って……





「菅沢さん! どこにいるんですか、さっさと編集部へ来てください!」


携帯電話の受話器を開けて、そう叫んでみると、

それから1時間後に、爆発低気圧が編集部に戻ってきた。





「私が異動する理由を教えてください」

「異動は会社の決定事項だ。本来なら春から『MELODY』へと思っていたのだから、
それが変わっただけだろうが」


コーヒーなんて、編集部で飲めばいいというのが菅沢さんの持論だけれど、

今日の話の内容からは、みなさんの前でもめるわけにはいかず。

『STAR COFFEE』まで足を運んだ。






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コメント

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ヘ〜エ

ほらね、和の気持が変化し始めた。

で、移動ですか?しかも諒のところに・・・

あーあな気分だな〜

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No title

yonyonさん、こんばんは

諒を応援しているyonyonさんなので、
『?』がたくさん出ていそう。

和が異動して、諒と郁の関係がどうなるのか、
もう少しお話しは続きます。

No title

ナイショコメントさん、こんばんは
非公開の場合は、この表現に統一しています。

私なりに、『起承転結』を考えて書いてはいますが、
読み手のみなさんによって、色々な感想も出てくると思います。
読み方も、とらえ方も、自由です。
形を気にせずに、色々な形でお付き合いくださったら嬉しいです。

大丈夫ですよ!

No title

拍手コメントさん、こんばんは

拍手コメントさんなりの、最終予想、読ませていただきました。
その通りなのか、違う結末なのか、今は言えませんけど(笑)
こうして、色々と考えたり、想像してもらえるのは、
みなさんに『ケ・セラ・セラ』が認めてもらえている証拠だと思い、
私も最終話まで頑張ります。