130 犬からアシカ

130 犬からアシカ



どういう審査基準なのかはわからないけれど、

『SOFT』編集部員の東原さんも、『ビジュアル制作部 準備室』に異動となった。

まぁ、『SOFT』編集部が、我が社の花形だと言う事を、

その評価以上の誇りにしていた彼女にとってみたら、

飛ばされたという気分なんだろうな。


「うーん……ミス東原は、準備室への異動が気に入らないのかな」


アシカ部長、ミス東原は、こんなこじんまりとしたところが好きじゃないんですね、

きっと……


「どうして飯島さんがいるんですか、ここに!」




……ん?




そこ?




「芦川部長、私、この『ビジュアル準備室』には、優秀なメンバーが揃うと
田ノ倉チーフから伺っていました」


『ビジュアル制作部 準備室』ですけどね、正式には。

ようするに、私と一緒なのが気に入らないと言いたいわけだ。


「ミス飯島が、ここにいることが気に入らないと」

「はい、田ノ倉チーフから、
『準備室は今後の秋月出版社の方向性を決める大切な場所』だと伺い、
それは私も誇らしいと、異動を承諾しました」

「はい……私もそう思いますよ、ミス東原」


ミス東原、ミス飯島って、中学の英語の授業じゃないでしょう、アシカ部長。


「それならば、どうして『BOOZ』なんかの編集部員である飯島さんが、
ここにいるのか、それがわかりません。
我が社にはもっと優秀な社員がいるじゃないですか。
どこから『BOOZ』なんかの飯島さんが選ばれているのか、
どういう選考基準なのか、それをお話ください」

「東原さん、『BOOZ』なんかってどういう意味ですか」


……しかも2回も言っているし!


私のことをあれこれ言うのは結構ですけどね、

『BOOZ』をバカにされるのは許せない。

自分たちだけがこの会社を背負っていると思っている、

あんたの態度は、前から腹が立っていたんだから!

ここは授業中だけれど、立ち上がって抵抗しないと。よぉし、やってやる!


「ミス東原、ミス飯島!」


アシカ部長はなぜか目を閉じ、右の人差し指を軽く左右に振って見せた。

なんですか、それ。


「まだ、スタートを切る前から、他人のことを悪く言うことはやめましょう。
あなた方は、この準備室に、自分が選ばれたことを誇らしく思うべきです」


私と東原さんの他に、

子供雑誌『ジャングルジム』を手がける編集部員の中野さんという男性と、

物販流通の部門に配属されている、編集部員ではない平泉さんという男性が座っている。

まぁ、確かに。東原さんではないけれど、基準は気になるところだわ。


「本日、ミスター田ノ倉は別の打ち合わせがあり、ここには欠席ですが、
明日からはしっかりと加わってもらいます」


アシカ部長は自分のデスクに置いてあった袋から、

どこ産なのかわからない赤ワインを取り出し、紙コップに少しずつ注いでいく。


「とにかく乾杯です、みなさんと素晴らしい仕事が出来ますように」


私も東原さんも無理やり小さな紙コップを持たされて、なぜかそこで乾杯となった。




髭男爵じゃあるまいし、掛け声で全て丸く収まるわけがないでしょうに。




「あぁ、もう、なんなんですか、あの準備室は」

「仕事場ではないところにやってきて、グダグダ言うな。
文句があるのなら、人事部長にでも辞表を突きつけてみろ」

「菅沢さんが異動させたんじゃないですか」



……うわ、こっちを見た。

ふん、今は言い返しますよ、私、菅沢さん並に低気圧なんですから。



「失礼なことを言うな。俺一人で人事が動くわけないだろう。
それにお前も納得して異動したはずだ」



いや……

この人が異動させたんです。

この人には、なにやらわからない力があるんですよ。

それに、迷う私に逃げるなとかなんとか、かっこいいことを言ったでしょ。

思いをぶつけろ、ぶつけろって念仏みたいに何度も唱えたし。

あの繰り返しについ……コロリと騙された私。



「なんだよ、その目」

「はいはい、空き巣のような痴漢のような、気分の悪い目ですよぉだ!」


あらためて振り返ってみると、『BOOZ』編集部は居心地がいい場所だ。

確かに本社ビルとは離れているけれど、その分、余計な雑音が入ってくることもないし、

自由になる空間がたくさんある。

『準備室』は最上階だけれど、おひさまもたくさん入ってくるけれど、

まだまだ私には、息苦しい。


「お前の思いを出してくればいい。やりたいように暴れて来い」

「あのメンバーで、私がどうやって暴れるんですか」

「園田先生も言っていただろう。『映報』に言いようにされたら困るんだ。
相手は諒の性格もよくわかっていて、この時とばかりに色々言っている。
あいつを単独行動させたら、結局、みんな背負うことになるかもしれない。
お前が騒いだところで、どうなるのかはわからないけれど、やってみる価値はあるし、
それだけの影響力だって、あるんじゃないか……。
勝負しろって、そう言っただろ」


勝負? そういう意味なんですか?

前の説明と、違う気がしますけれど。


「それなら、菅沢さんが入ればいいじゃないですか。
言いたいこと言って、あちこちと勝負してください」


売り言葉が来たから、つい買い言葉を言ってしまった。



「いいのか? 俺が正面から勝負して……」





……ドッカーン……と爆発するぞ!

って、言いたそうな目が……





「いえ、いいです」


田ノ倉さんと菅沢さんが毎日バトルじゃ、

アシカ部長が、ウホウホと笑う暇もないかもしれないしな。


「決まりごとにただ満足しない飯島なら、変えることが出来るかもしれないだろ」


変えられる? それって私に力があるということ?


「それって、菅沢さんが私を評価してくれたってことですか?」




……どうしてそこで無言になるんですか、




『そうだよ、お前なら期待に応えてくれる』くらい言ってください。

それが部下をやる気にさせる『魔法の言葉』なんですから。

女は褒められると、輝くものなんですよ。

ねぇ、ねぇ……聞いていますか?



「ほら、フラフラしていないで自分の場所へ戻れよ。
お前の上司は犬からアシカになったんだから」



『犬からアシカ』

また、おもしろいことを言ってくれるんだから。



「わかりました、帰りますよ」

「……頼むな」


そうやって冷たい素振りをするけれど、でも、きっとピンチには来てくれますよね。



……ねぇ



PCを打ちっぱなしでこっちを見ない菅沢さんと、

おばあちゃんからのプレゼントである、

『秀吉』のぬいぐるみを振った及川さんに見送られ、私は『準備室』へ戻った。





『BOOZ』で文句を言っている間に、デスクには計画書が置いてあって、

それをペラペラとめくると、相当のお金が動くということだけはわかった。

大きく売り出すというよりは、作品を愛した人たちが、

コレクションとして持つ可能性が高い商品か……

それにしても、声優さんのギャラって、こんなにするものなの?


「東原さん」

「なんですか」

「声優さんって、これだけギャラをもらうんですか」

「飯島さん。何を言っているんですか。このメンバーを見てくださいよ。
アニメなどでも人気があって、女優として映画にも出るような人なんですよ。
それがこれだけ揃えばかかるんです。
全く、いつもどうでもいいような場所の取材しかしていないから、
価値観がわからなくて困りますね」


ったく、この人って、嫌味を言わないと気がすまないんだな。

確かにそれだけ有名な人なら、高いんだろうけれど、これってここまで必要なの?

『BOOZ』みたいに、素人さんを上手く使えば、もっと制作費が抑えられて、

商品も安くなるような気がするんだけど。


「私、もう一度『BOOZ』へ行ってきます」

「どうぞ、戻ってこなくてもいいですよ」


はいはい……


東原さんなんて相手にしてけんかをしている場合じゃない。

私はあることを確認するために、もう一度『BOOZ』へ向かった。






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