136 もう少し

136 もう少し



「僕も、今の飯島さんの提案に興味があります」


田ノ倉さん……


「ある程度の形が出来ているとはいえ、決定事項でない以上、
検討する余裕はあってもいいのではないですか。そのために集まった『準備室』です」


屋上での話、わかってくれたんだ。

『山手線カルテット』を目の前にして、私を後押ししてくれるなんて、嬉しいです。


「ミスター品川。舞台は公演当日まで、役者たちがよりよいものにするために、
削りなおしていくのです。あなたはそれを恐れているのですか?」


アシカ部長、言っていることはなんとなくわかります。

しかし、言葉が変わっただけで、内容が田ノ倉さんと全く一緒ですよ。

それだけ前に出て、発言する必要性はない気がしますが。



……出版は舞台ではないですよ、今さらですけれど。



「わかりました、それほどおっしゃるのなら、とりあえず行きましょう」


アシカ部長と田ノ倉さんの両方に言われては、いくら頑固な品川さんも押し切れず、

私は東原さんにも同行を頼み、

『山手線カルテット』から品川さんと上野さんを連れていくことになる。

全ての段取りは、『どんどん亭』堺さんの冗談みたいな本当の彼女、

砂川里奈さんにお願いした。


「飯島さん大丈夫ですか? 本当に」

「大丈夫ですよ、自信を持って行きましょう、東原さん。
私たちが先生方の権利を守らないと。学生たちでもやれるんだって、
アピールします」


声優学校には、今もたくさんのタマゴたちが通っている。

もちろん、そこから『タップ企画』に入り、

プロとして華やかに活躍している人もいるが、全体数からしたらなかなか厳しい。

『夢』をかなえる人は、ほんの一握りで、

それで食べていくなんていうのは、本当に根性のいることで……





「ほぉ……」

「そうなんですよ、編集長。『映報』の男たちを蹴散らしてやりました」

「そうなのか……」


田ノ倉さんに後押ししてもらえたことが嬉しくて、

次の日も私の足はまた、『BOOZ』へ向かった。


「はい。3日後、案内の方も里奈さんにお願いしてあります。
私も東原さんも、詳しいことはわからないですしね。
それでも、学生たちの真剣な表情を見てもらえたら、向こうも考えを変えるでしょう」

「そうだな、そうなったら飯島さんの勝ちだね!」

「はい!」


うん、そうそう……

勝負は3日後。3日後になったら私は……


「飯島」

「はい」

「どうしてお前が『準備室』の仕事内容を、『BOOZ』に来て語るんだ。
お前の場所はそこじゃないと、何度言ったらわかってもらえるわけ?」

「……いいじゃないですか、ここの人たちしか、
私の話を真剣に聞いてくれないんですから」


そう、私は確かに、毎日のようにここへ来てしまう。

秋田編集長の相槌の入った頷きと、細木さんのポリポリお菓子を食べる音と、

及川さんの『秀吉』を見ていると、なんだか心が落ち着いてきて……



この『BOOZ』を離れてから、

菅沢さんの、ちょっとした怒りも、ありがたくさえ思えるんだもの。



「飯島さん、いい知らせ、待ってるよ!」

「はい、いってらっしゃい」


編集長は手帳と占いの本を片手に、編集部を出ていった。

残されたのは不機嫌そうな菅沢さんと、毎日のようにここへきてしまう未熟者の私。

ダメなのかなぁ……しょっちゅうここへ来ることって。


「ちょくちょくここへ来るのは、そんなに迷惑ですか?」

「迷惑だと言ったら、やめるのか」

「どうしてもと言うのなら、回数は減らします。でもゼロには出来ません」


迷惑だって言われても、立ち入り禁止は困るのです。

人は、プレッシャーから解放されるオアシスがないと、倒れてしまうのですよ。


「編集長も言いましたよね、いい知らせを待っているって。
あれはここへ来て言いということでしょ」



あれ? 返事はなしなんですか?



「あ……ほらほら、ゴミ箱がいっぱいじゃないですか。
ちゃんと片付けておかないと、後から仕分けするのは大変なんですからね。
全く、だから私がいないと……」



菅沢さんが無言になっている。

いつもなら、あれだこれだと文句をつけてくるのに。

もしかして、私の勝ち?

こっちを見ているけれど、ほら……言葉が出てこないもの。


「諒は、どうしている?」

「あ、そうなんです、そこなんです。実は田ノ倉さんが賛同してくれました。
検討するべきだって、後押ししてくれたんです。
いえ、以前も私たちの意見を聞くように言ってはくれましたが、
反論されると、すぐに言葉が出なくなって。それが今回は、強く押し切ってくれました。
そうしたら『映報』側も言い返せなくなって」

「そうか……」

「はい」


ビニール袋、あれ? ないじゃないの。

もう、備品の管理、どうなっているんですか?


「もう少しだな……」

「あ、はい」


ん? 何がもう少しなんだろう。

聞こえた勢いだけで、返事をしてしまったけれど。


「飯島」

「はい」

「お前、勝負あったみたいな気持ちでいたら大間違いだぞ。
『映報』にとっては、『タップ企画』との方がメリットがあるわけで、
それをお前がこっちに引っ張るだけの、材料は揃っているんだろうな。
浮かれてヘラヘラ行くと、逆にやり込められる」

「は? え……あの……」


浮かれてって、浮かれてなんていませんよ。

菅沢さんはそれだけを言うと、またPCに原稿を打ち込み始めた。

私は、そのうつむきぎみな顔を、じっと見る。


浮かれているわけではないし、仕事の邪魔をしたいわけでもない。

でも、何かがあると、気持ちも体もここへ来てしまうんです。

あったかいみなさんの笑い声に会いたくて……



ううん……



菅沢さんがここにいてくれるのかどうか、今の私にはそれがとても大きくて……

あなたに『大丈夫だ』と、背中を押して欲しくて……


「まだ、何かあるのか」

「……ありませんよ」

「だったら、早く仕事場に戻れ」

「いいじゃないですか……」



『こっちだけ見ていろ』



って言ってくれましたよね。

あなたのあの言葉に、どれだけ救われたか。


今でも、あの言葉は生きているのでしょうか。

私は、ふとそう問いかけてみたくなった。






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