139 心の狭間

139 心の狭間



田ノ倉さんが頑張ってくれたことを報告しようと『BOOZ』へ来た私。

ひとりで戻るだろうと思っていた菅沢さんは、仕事の流れで樋山さんを連れてきた。

そのまま笑って挨拶すればよかったのに、変な考えで隠れてしまったため、

出ようにも出て行けなくなる。

それでも……と勇気を出して前へ出ると、樋山さんが菅沢さんに抱きついた瞬間で、

私の足は、頭の言うことなんて聞かずに、危険を察したのか、元へ戻ってしまった。


ちょっと、ちょっとダメだって、和。

隠れていたら、おかしいよ。


「華乃……」


菅沢さんが、樋山さんの名前を呼んだ。

それに応えることのない樋山さん。


何? 何しているの? 

声だけしかわからないって、ものすごく妄想力を発揮しそうなんですが。

でも……見た光景が光景だったら、それはまたそれで。


しかし、またもや私の足は、頭の言うことなど聞かずに前へ進み、

二人がどうなっているのか確認しようと……



誰が置いていたのかわからない『草加せんべい』と書かれたスチール缶を、

私は思い切り蹴飛ばし、大きな音をさせてしまった。

脳も足も、おそらく予想外のことだろう。





最悪。





「飯島さん」


樋山さんの声に顔を上げると、菅沢さんもこっちを見ていて、

どう考えてもフォローし切れない状況に、無理やり笑顔を作って見せた。

同じように、その場に居づらかった樋山さんは、編集部から出てしまって……


「おい、飯島」


私は、それを必死に追いかける。


「樋山さん、樋山さん!」


動きやすい格好で走った私の方が有利だったのか、少し先で追いついた。

樋山さんは顔を合わせたくないみたいで、こっちを向いてくれない。


「ごめんなさい、隠れていたわけではないんです。
ちょっと、お菓子でもないかと思っていたら、菅沢さんが戻ってきたのが見えて、
子供みたいに脅かしてみようなんて私が考えたから……。
何か相談事があったんですよね、私が帰りますから、編集部へ戻ってください」


『準備室』が動き出した話なんて、いつだって出来るのだから。

このまま帰られてしまうと、私がとんでもなく悪いことをした気になってしまう。



「それ……飯島さんの余裕?」



樋山さんは、そういうと私の手を振り切って前へ進んでしまった。

『余裕』って……どういう意味だろう。



正確ではないかもしれないが、なんとなくはわかるけど……



結局、空振りのまま編集部に戻ると、菅沢さんが一人ソファーで横になっていた。


「すみません、菅沢さん。樋山さん、帰ってしまいました」

「あぁ……いいんだ」

「でも、何か相談があったわけですよね」


私がここにいなかったら、二人で話をするつもりだったのだろう。

あの樋山さんが、切羽詰ったような顔をしていたし。


「いいんだ、もう」

「いいって……でも」

「お前は? 何しに来た、報告か」

「あ……」


そうだった。これで私まで帰ってしまったら、それこそなんだかわけがわからない。

私は、学校の見学を終えたこと、それでも『映報』が納得いかないとごねてきたこと、

それを、田ノ倉さんが『スプラウト』案を出し、跳ね返したことを順序良く話した。


「諒が?」

「そうなんです、私たちが動いている間に、
田ノ倉さんは先生方に『スプラウト』についての返事をもらいに行ってくれて、
それでこっちの意見を推してくれたんです」


嬉しかった。そう、本当に嬉しかった。

田ノ倉さんが前向きになっている姿を見せてくれたこと。

久しぶりに、田ノ倉さんの建設的な意見を聞けたこと。

田ノ倉さんが、流されているのではないことがわかったこと。

語っているうちにどんどん力が入ってきてしまう。


「諒が……そっか」

「はい、先生方のサイン、あっという間にもらって来たんですよ。
いやぁ、用紙にズラっと並ぶ京塚先生、園田先生をはじめとした大御所の名前、
かっこよかったんです。だって、園田先生、田ノ倉さんが納得している仕事ならって、
あの時、言っていたじゃないですか。
ということは、『スプラウト』に熱意を感じたということでしょ」

「……だろうな」

「ですよね……。こんなスピードでのサイン、田ノ倉さんじゃなければ出来ませんよね。
長い間、誠意を持って、先生方に接してきて証拠だと思うんです」


田ノ倉さんが、今までどれくらい先生方のことを思い、

自らを犠牲にして仕事をしてきたのか。

それを知っている先生方だから、今度は助ける立場に回ってくれた。


「田ノ倉さんの姿、菅沢さんにも見せたかったです」


田ノ倉さんが復活してくれることが、

私と菅沢さんの共通の願いだと、そう思うから……

だから、一緒に喜んでほしくて。


「私、『準備室』の仕事、頑張りますからね。なんだかすごくやる気が出てきて……」

「あぁ……」


菅沢さんが全ての話を聞き終えた後に言ったのは、ただそれだけだった。

愛想のないのはいつものこと。でもきっと、心の中では喜んでいるに違いない。

ソファーに寝転がっていた菅沢さんがゆっくりと起き上がり、

目の前に立つ私を……




急に抱きしめた。




私だって子供ではない。見つめ合うと、次に何があるのか、わかるときってある。

菅沢さんの顔が少しだけ近付いたとき……



私は……



「バカ、何、真剣な顔をしているんだよ、冗談に決まっているだろ。
よかったな、仕事、動き出して」




思わず下を向いてしまった。




「諒が、動き出したのなら、それでうまく回る。お前が迷惑かけるなよ、
また『BOOZ』が悪いって、東原に言われるぞ」

「はい……」


菅沢さんは、バッグからいただいた名刺を数枚取り出し、デスクの上に置く。

いつものように動き出したけれど、私は……





何か、取り返しのつかないことをしたような、そんな気分だった。






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コメント

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いやいや

拍手コメントさん、こんばんは

>いつも読みながら、恋愛作品のはずなのに、それだけではなく、
 仕事の動きなどもリアルに感じるのが、とてもおもしろいです。

ありがとうございます。
日々の生活があって、その中に恋愛があると思うので、
なるべく『仕事』のシーンも書き込むようにはしています。
リアルに感じてもらえるのかどうかは気にしていますけれど、
全ての職業を経験できているわけではないので、
あくまでも想像からは抜けだせてないかなぁ……とも思ったり。

おもしろく読んでいただけたら、それが一番うれしいです。