140 新たな関係

140 新たな関係



その日の夜は、なかなか眠れなかった。

田ノ倉さんが案を出してくれたことが嬉しかったのか、

それとも、菅沢さんと華乃さんのただならぬ雰囲気を見てしまったからなのか。



近付く気持ちに、下を向いてしまったからなのか……



月夜に意味なく鳴き続けるネコと一緒に、私は結構な時間まで、起きていた。





「おはようございます」


『STAR COFFEE』で、珍しくブラックのコーヒーを買った。

眠気覚ましにもなるだろう。

それを持って席へ向かうと、アシカ部長と田ノ倉さんが何やら話しているのが見えた。


「OK、ミスター田ノ倉」

「それではよろしくお願いします」


田ノ倉さんは、締め切りが近くなる『SOFT』編集部へ向かい、

私たちはそれぞれが担当を決め、

先生方のところへ原画のチェックをしに行くことになる。

私は付き合いのある園田先生が担当となったので、書類と封筒を手に持ち、

本社ビルを出た。

『手をたたきましょう』の音楽に振り返ると、『BOOZ』の入り口が見える。



菅沢さんはもう、出社したかな。



昼休みにでものぞいてみようと思いながら、

私は、車の動きに合わせるように、体を駅の方へ動かした。





「いやぁ……ビックリしたわ、急に諒が訪ねてきたときには」

「はい」


やはり、園田先生のところでも、話題の中心は田ノ倉さんだった。

動き出した『過去作品の映像化』に、自分がこう思うのだと、熱く語ったという。


「私はね、前から言っていたでしょ。お金じゃないのよ、諒の気持ちが大事だって。
だからすぐにOKした。失敗したって構わないし、お金なんて消えてもいいの。
諒が、前向きに明るく仕事をするようになってくれただけで、それで……」

「はい」


園田先生のおすすめ、小さなゴマ団子、美味しそう。


「飯島さんが頑張ったって、諒が言っていた。『映報』のメンバーに言い返して、
それで建設的な意見を戦わせたって。
それを見て、このままじゃいけないと諒も思ったみたいよ」

「私は……」

「諒も色々とあったからね、事故のことも、お嬢様のことも」


そう、田ノ倉さんには色々とあった。

過去だと流してしまえないくらい、色々なことが……


「気持ちを切り替えるのは、言うほど簡単なものではないからね」

「はい」


それでも、これだけの企画にたった1日で道筋を立ててくるとは、

先生方と田ノ倉さんとの信頼関係があったから、以外には考えられない。


「それにしても、諒を支えていたのが、飯島さんだったとはね」


園田先生はそうつぶやくと、お茶を入れるために席を立った。

田ノ倉さんがそう言ってくれたのかな……

私は半分にしたゴマ団子を、初めて口に入れる。

おいしい……


「とにかく、諒に言っておいて。私の権利なんてどうでもいいし、
もしごねる人がいたら説得してあげるからって。
とにかくやりたいようにやってくれって」

「はい……」

「いや、京塚先生をはじめとして、みんなそう思っているわよ。
諒には本当に頑張ってもらってきたもの。立ち直るきっかけになるのなら、
こんなもの、惜しくもなんともないわ」

「はい」


私は、園田先生のオフィスを離れ、『準備室』へ戻った。

午後から『映報』のメンバーも揃うことになっている。

その前に、『BOOZ』へ顔を出してこようと思っていたら、

アシカ部長から思わぬことを告げられる。


「私が『映報』へ……ですか?」

「はい、ミスター田ノ倉にもお願いしました。
『映報』の副社長が、直接飯島さんに話が聞きたいと言ったそうです」


『山手線カルテット』、4人もいるのに、副社長のOKをもらえなかったの?

全くもう……。


「ミス飯島、大丈夫ですか?」

「はい」


『スプラウト』の細かい内容かぁ。

私は、頭の中で、色々考えながら『SOFT』編集部へ降りていく。

そこには当たり前だけれど、チーフとして働く田ノ倉さんがいた。


「ページ、残りもしっかり見てくれ。1箇所、訂正が見逃されていた」

「はい」

「原稿は全部揃っているの? 連絡は入れた?」


的確な指示に、動く編集者たち。

こんなふうに、田ノ倉さんが動いているのを見るのは、どれくらいぶりだろう。


『秋月出版社』へ入ったばかりの頃は、あなたの眩しさにただ、ボーッとしていた。

自分もこの光りの中に入って、あなたを見つめたいとそう思った。


「増渕編集長、サインをお願いします」


過去を失った苛立ちを、周りにぶつけていた姿や、

大切な本を思い出と一緒に破いていた姿も、思い出すけれど……


でも……


田ノ倉さんの目が私の方を向き、軽く頭が下がった。

私も合わせるように返礼し、仕事のけりがつくのを待つ。


結局、田ノ倉さんが自由になったのは、それから30分後のことだった。





『映報』へは、タクシーで向かうことになり、

行き先を告げると、私と田ノ倉さんは後部座席に並んで座った。

動き出す車と、流れていく景色……




……の中に、菅沢さん。




「あ……」


もちろん止まる理由も止める理由もないため、

タクシーは菅沢さんの横を通り過ぎ、スピードを上げる。


「どうしました?」

「あ……いえ……」


昨日のことがなければ、妙に気になったりはしないのに。

田ノ倉さんと二人でいることだって、仕事なのだから当たり前のことなのだし。

気にすること自体、おかしなことだとは思うけれど、



……思うけれど。



声をかけられなかったのに、視線だけは重なった気がしたから……

タクシーは角を曲がり、菅沢さんの背中は見えなくなった。






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