142 再スタート

142 再スタート



『映報』が『スプラウト』に理解を示してくれたことを、

準備室で待っていたアシカ部長に、早速報告する。


「素晴らしいですよ、ミスター田ノ倉」

「いえ、今回は飯島さんと東原さんを褒めてください。
最初の企画に、彼女たちがストップをかけたのですから」


田ノ倉さんに名前を出されて、東原さんも嬉しそう。

そう、確かに実玖さんが乗り込んできたとき、東原さんのフォローがなければ、

『映報』側に押し切られていたかもしれない。

田ノ倉さんがこうして笑顔を見せてくれる日が、もっと遠のいたのかも。


「チーフ、ありがとうございます。
私の経験と知識が、お役に立てたのなら嬉しいです」


名前を呼ばれた途端、人の斜め前に堂々と立って挨拶している東原さん。

ちょっと、ちょっと、私の視界を遮らないでもらえませんか?

もう……こういうところがなんなんだけど……



それでも、まずはよかった、よかった。





準備室が落ちつき、私の足は、その後『BOOZ』編集部へ向かう。

菅沢さんに報告したいし、細木さんからお菓子でももらっちゃおう。


「こんにちは」

「おぉ……和ちゃん」

「菅沢さんはいますか?」

「郁? 郁は写真集の方へ向かったよ」

「樋山さんと……ですか」

「あぁ……」


当たり前のことを聞いてしまった。

写真集の担当は樋山さんなのだから、一緒に行くのは当たり前だけれど、

昨日の今日だし、少し……


「戻りは何時ですか?」

「さぁ……戻ってこないんじゃないかな」

「戻ってこないんですか?」


あらいやだ、和。ちょっとボリューム大きく言いすぎじゃないの?

細木さんも及川さんも、『それが何か……』というような顔で、

こっちを見ているけれど。


「最終だからさ、チェックも多いし、
おそらくそのまま帰るだろうって意味だけれど……」


そう、そのまま帰るから戻らない、その意味だってわかってますよ、はい。


「わかりました、また来ます」


携帯電話の番号だって知っているのだから、気になるのならかけたらいい。

『何をやっているんだ、いちいちうるさい』って言われそうだけれど、

それでも……

編集部を出た後、菅沢さんの番号を探したが、最後まで指が動かない。

電話で話をしてしまったら、それで終わる気がして……



会う理由が、なくなってしまう。



こうして立っていると、どこか見えそうな場所に、いてくれる気がするのに。

いないんですね……



なんだか、違和感だらけです。





『準備室』が『BOOZ』と一番違うところ、それはほとんど残業がないこと。

メンバーもみんな、やることだけを済ませ会社を出て行った。

菅沢さんのデスクに、メモを残してきた私。



『仕事していますので、戻ってきたら連絡ください』



連絡……くれるかな。

写真集の仕上げともなると、色々と細かい作業も多そうだし。



ただ、席に座っているのもつまらないので、準備室の中をフラフラと歩く。

映像化が決まった先生方の懐かしいコミックが、棚に並んでいて、

それを1冊手にとって読み始めたら、止まらなくなった。


園田先生や京塚先生の作品、読んでいると当時のことを思い出しちゃう。

友達と、漫画の中で繰り広げられる恋愛に憧れ、恋に恋した頃。


静かだったからか、温度調節がバッチリだったからか、

私はいつのまにか、眠っていて……



肩にふわっとしたぬくもりを感じ、目を開ける。


「起こしてしまいましたか」


静かな空間の中に、田ノ倉さんの優しい笑顔だけが眩しく見えた。


「あ……すみません、私」


そうか、どうして田ノ倉さんがと思ったけれど、

『SOFT』の締め切りだったんですよね。今まで忙しく動いていたんだ。

かけてくれた毛布、あったかい。


「何かトラブルでもありましたか? 残らないとならない」

「違います。漫画を読んでいたら、おもしろくなって辞められなくて。
それで……」

「漫画?」

「はい」


私のどうでもいい話を聞き、田ノ倉さんはそうだったのですかと笑ってくれた。

優しい微笑みがそこにある。


「『SOFT』の方は、終わったのですか?」

「はい、少し前にやっと。毎回綱渡りのような状態です」

「それはどこも一緒だと思います」


田ノ倉さんは、『準備室』に手帳を忘れたと、デスクを開けた。

私はコミックを棚にしまい、携帯を見る。

菅沢さんからの電話は、入っていない。



そうだよね、忙しいよね写真集。

それとも……



樋山さんと……



「また、少しずつ自分で車の運転を始めました。
正月の3日から、全くしていなかったのですが、それではやはり色々と不便で」


正月の3日。

そう、二人で見た星空を、田ノ倉さんが思い出して見ていたあの日。


「今はまだ、人を乗せるのが少し怖いのです。
運転の技術に不安があるわけではないのですが、やはり……」

「わかります」

「でも、必ず克服しようと思います。立ち止まっているわけにはいかないので」


田ノ倉さんの言葉に、私は黙って頷いた。

つい、この間まで見ていた田ノ倉さんとは、全く違う人のようだ。

前向きで、明るくて……

『立ち止まっていた』ことがわかったのなら、きっと……

また、心から笑ってくれる。


「飯島さん」

「はい」

「その時はまた……送らせてください」



二人で月を見た日。

二人で食事をしにいった日。

あの日々をまた……田ノ倉さんは戻そうとしているのだろうか。



色々と考え続けた私の頭は、精一杯の笑顔を作ることしか出来なかった。






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コメント

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和ちゃ~ん

和ちゃん、私はね、テラスの君と結ばれて欲しいと願ってるの
和ちゃんの気持ちが菅沢さんに向かっているのが
なんだか悲しいの(TT)
なんでだろう・・・テラスの君のファンだからかしら^^;

おぉ……

yokanさん、こんばんは

>和ちゃん、私はね、テラスの君と結ばれて欲しいと願ってるの

yokanさんも諒派なんですね。
同じように諒……とおっしゃる方がいれば、
いえいえ和には郁! とおっしゃる方もいて。

作り手としては、嬉しいような申し訳ないような……

まぁ、結末までお付き合いくださいませ。
これも私のチャレンジの一つなので。

いえいえ、どうぞ

拍手コメントさん、こんばんは

>和は少し優柔不断のような気がします。
 仕事と恋愛は違うと言うことでしょうかね。

優柔不断に見えるかもしれませんね。
心って難しい気がします。
創作を読む側からしたら、主人公のお相手となる人は、
絶対にいい人で、裏切らない人だと自信が持てますけれど、
実際の恋愛だと考えたら、どうなるのかわからないのが普通で、
和も、心の針があっちにこっちに傾いて見えてしまうのかも。

和に何があって、その針が固まるのか、
どうか続きもお付き合いください。

どんな形でも全然問題ないですからね、
お気楽にどうぞ。