144 女の顔

144 女の顔



決まることさえ決まってしまえば、本来仕事が出来る人間が集まっている『準備室』。

流れに乗ることはすぐに出来た。

作品ごとに協力してくれる学校も決定し、校内で選考会を開くことになったと、

担当の教員から連絡も入る。


「宣伝の方は?」

「はい、すでに手配をしました」


『SOFT』が一段落したので、田ノ倉さんもここにいることが増え、

日差しが強くなるたびに、仕事の内容も深くなった。





「よし、いい天気」


太陽の力が強くなってきたので、昼食は屋上で取ることが増える。

昨日は東原さんを誘って食べたけれど、今日は一人。

金網の前まで進み、『BOOZ』の方を見た。



菅沢さんが樋山さんのところから来た日、あれから3日が経った。



忙しいこともあるが、気持ちが向かず、足が遠のいた。

報告しないとならないような提案事項がないこともあるけれど、

見ること、聞くことに『BOOZ』に私の場所がなくなっていく気がして、

もうひとつの勇気が出ない。



学生に会いに学校へ行く……

進行状況を報告するため、先生方の事務所に顔を出す……

似たようなコンセプトの商品が、どれくらい売れているのか調べる……



出かける理由はいくつでもあるんだもの。



『俺がどこから来ても、何をしていても、お前に問題なんてないはずだ』



……思いっきり言われてしまった。

心の中って、外からは見えない。だからこそ、『言葉』があるはずなのに。

その『言葉』に傷ついてしまって……



あの日、思わず下を向いてしまったことが……





入り口に人影を感じ、振り向くと、立っていたのは実玖さんだった。

私からは特に話しはないので、頭だけ下げる。


「座ってもいい?」

「はい」


田ノ倉さんといつも使った白いテーブルで、実玖さんと向かい合う。

なんだろう、今さら『準備室』を出て行けとか言いませんよね。


「私のこと、恨んでいるでしょう」


実玖さんの言葉は、突然だった。

でも、恨んでいるのかと聞かれて、違うとは言えない。


「諒は、1月の3日、あなたに会いに行った。
過去のことを全て思い出して、もう一度あなたとやり直そうと車で向かったの」


それを知った実玖さんは、やりきれない思いのまま、

睡眠薬を口にしたとそう言った。

以前から眠れなくて服用していたことは本当のようで、

命を絶とうなどと考えていたわけではないけれど、

効き目が悪かったことと、気持ちが落ち込んでいたことがさらに出来事を大きくし、

結果的に救急車で運ばれる。


お母さんからの電話でそれを知った田ノ倉さんは、実玖さんの気持ちに配慮し、

私に会うことなく東京へ戻り、記憶が戻っていないような素振りを見せ続けた。


すでに予想はついていたことだけれど、あらためて聞くと気持ちが混乱する。


「どうして今、そんな話を私にするんですか?」

「わからないことがあったから」

「わからないこと?」

「そう、どうして諒があなたにひかれるのか、ずっとわからなかった。
自分になくてあなたにあるものも、あれこれ考えたけれど、何も出てこなくて」



……それって、私はあなたより上だと、そう言いたいのかな?

思いっきり上から目線。



「あなたにあるものさえ手に入れば、私の方を向いてくれるだろうって、
そう考えた。でも、どこを見たらいいのかもわからなくて」


田ノ倉さんと関わってきた時間の長さからすれば、

私とは比べ物にならないくらい実玖さんの方が長い。

確かに、目の前から消えられるような感覚は、辛いものがあるだろう。


「事故にあってしまって、あなたとの記憶が混乱した諒を見ていたら、
これは神様が私の味方をしてくれたんだって、そう思えたの。
でも……諒は苦しむばかりで、笑顔も少なくなって……」


実玖さんにあたっている田ノ倉さんを、確かに見かけたこともあった。

遠くから見ていただけの私でも、あの頃は辛くて……


「そんな諒が、少しずつ前向きになった。何かあったのかと聞いたら、
『ケ・セラ・セラ』だって。それって、飯島さんが言ったのでしょう」

「……はい」


そうだった。過去なんて思い出さなくてもいいのだと、そう励ました日。

田ノ倉さんのことを、影からでも応援しようと決めたんだっけ。


「『ケ・セラ・セラ』、この言葉を諒はよく言っていた。
互いに縛られることも多いけれど、それを悩んでばかりはいられないよって。
私のことも励ましてくれた」


『ケ・セラ・セラ』

人生はなるようになる、どうなるのかわからないことを悩んでいても、

それは無駄なこと。



「そして……今度も」


実玖さんは椅子から立ち上がり、ゆっくりと金網の方へ向かう。

私もその後をゆっくりと追いかけた。

金網にかかる紐。

『映報』と共同で制作した『SLOW』の宣伝幕がある。

それを屋上でチェックしていた田ノ倉さんが、飛び降りるのではないかと思い、

必死に走ってきたことがあったっけ。


「病院で目覚めた時、諒がいてくれて本当に嬉しかった。
誰にも会いたくなかったけれど、諒だけには会いたかった。
記憶が戻ったことを封印して、私のそばにいてくれるのが嬉しくて……。
でも……私の笑顔と反比例して、諒はまた笑わなくなった」


自分を抑えて、周りとのバランスを取ろうとする田ノ倉さん。

そんな田ノ倉さんの思いに、実玖さんも気付いたのだろう。


「『映報』が決定権を持って、諒を楽にしてあげたら、
そうしたらもっとそばにいてもらえると、どんどん追い込んで……」


病院で二人を見かけたときも、『花房麻里』のコンサートで見かけたときも、

田ノ倉さん、笑っているように見えたけれど。


「私が必死になった日々の中で、諒の心から笑ったような顔は、
楽しい話をしても、美味しいものを食べても、結局見ることが出来なかった」

「実玖さん」

「あの笑顔は、私に作れないんだって、『準備室』で働く諒を見ていたら、
そう思えたの」


田ノ倉さんの笑顔。

それが好きなのは、私だけではなかったんだ。


「今でも、あなたの何が好きなのか、私にはわからない。それでも……」


紐を持つ実玖さんの指に、力が入る。

友達にはなれそうもないけれど、今の実玖さんの心情は、理解できる。

誰だって、好きな人には振り向いてもらいたい。

自分を見て、笑って欲しい……



見えないはずの心を、見せて欲しいものだから。



「あなたには、勝てない」



自分の気持ちに決着をつけるのは、口に出すほど簡単ではないだろう。

色々と言いたいこともあるけれど、ここへ来てくれたことが、

実玖さんなりの誠意なはず。


「実玖さん」

「……何?」

「私だけが、田ノ倉さんを強くしたわけではありません。
田ノ倉さんが大好きで、頑張ってもらいたい人が、たくさんいるんです。
『SOFT』や『MELODY』のメンバー、それに『BOOZ』も。
もちろん、漫画家の先生方も。それに田ノ倉さんが気付いてくれたから……」


無表情に見えた実玖さんが、口元をゆるめて微笑んだ。

はじめてみるような笑顔に、私の方が緊張する。


「ほらね、そういうところが私の勝てないところだと思う。
なぜって聞かれても、答えようがないけれど」


実玖さんはそれだけを言うと、振り返ることなく屋上から出て行った。

私は扉が閉まった後も、しばらくその場に立ち続ける。

春の風がふわりと流れ、また新しい季節が始まるよと、合図をした。






気持ちが前向きならば、神様は必ず微笑むよね!
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コメント

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ここで?

ここで実玖さん、謝ってしまいますか。
和は、いよいよ複雑ですね。
郁はなぜかつれないし、諒は逆にまた前へ出てくるし。どちらを選ぶのでしょう。

毎日、寝る前にお邪魔しております。
いつも楽しませていただいているのに、コメントはたまにですみません。

謝りました

清風明月さん、こんばんは

>ここで実玖さん、謝ってしまいますか。
 和は、いよいよ複雑ですね。

あはは……はい。謝ってしまいました。
実玖のせいで、話が複雑になったのにね。

毎日来て下さってありがとうございます。
コメントは書いていただけることはもちろん嬉しいですけれど、
気にしないで、マイペースに楽しんで下さい。