145 ウソ

145 ウソ



「飯島さん、あとの処理をお願いします」

「はい」


屋上で実玖さんと話しをしてから、また3日が過ぎた。

設立当初の揉め事がウソのように、『準備室』の仕事は順調。

企画も軌道に乗り始めたため、最初の作品が完成したら、

編集関係者から、営業の方へ仕事のボリュームが動き出すと、

アシカ部長は寂しそうに言った。


「ふぁ……」


編集関係の仕事は、いつもまんべんなくといかないところがおもしろいのだけれど、

一気にのしかかってきて、消えていくから体に負担がかかるんだよね。


「あったかい……」


春の日差しは、じんわりと優しくて、天然の毛布みたい。

このまま許されるのなら、机に頭を乗せて寝てしまいたいけど。


「あぁ、もう、ダメだって」


気持ちを入れなおし、『準備室』の窓から横断歩道の方へ顔を向けるが、

『BOOZ』編集部の入り口は見えない。


そう、私は忙しいのです。

『スプラウト』企画を動かした張本人でもあるし、

慣れない学生とのコンタクトを取ることも、私の仕事……

『BOOZ』で細木さんとお菓子を食べたり、

及川さんの秀吉をなでている暇なんてないんだもの……



忙しい……他の場所にうろつく暇なんて……



ないんです!





いや……違う。





本当の私は、樋山さんのところから朝帰りをした菅沢さんに腹を立て、

そのまま編集部を出てから、行くことを避けている。

それで解決することなんて、何一つないことはわかっているのに。


「よし!」


私は『BOOZ』へ向かうことにした。

実玖さんが勇気を出して、私に謝罪してくれた。

あの人のプライドの高さから言ったら、とんでもないことだったに違いない。

私だって菅沢さんとちゃんと向き合って、気になることは聞かないと。

あの憎たらしい言い方を、どうにかさせないとね。


『手をたたきましょう』の流れる横断歩道は、

私の決意を後押しするするように、軽快な音楽を流してくれた。





「こんにちは」

「あ、飯島さん、久しぶりですね。1週間くらいかな?」

「はい、ちょっとここのところ忙しくて……」

「そうなんですか、『準備室』も順調なんですね」

「はい」


及川さんは相変わらずPCと向き合っている。

細木さんは少し席を外しているのかな。『ポッキー』食べかけだし。

で、菅沢さんは……



「編集長、菅沢さんは直接取材ですか?」



いつもあれこれ出ているのに、机の上がさっぱり過ぎるくらい綺麗。



……あれ?

別にごく普通の質問をしたはずなのに、及川さんも編集長も驚いた表情で私を見る。

何かおかしなことを聞きましたか? 私。


「あれ? 飯島さん何も聞いてないの?」

「……何もって、何か」

「郁は1ヶ月休暇を取ったよ」





1ヶ月の休暇?





「菅沢さん、どこか具合でも悪いんですか?
それとも取材先でもめて、ケンカになって入院したとか」

「いや、そうじゃなくて、カナダへね」

「カナダ?」


カナダへ取材?

グラビアアイドルが、メイプルシロップでも体に塗りたくるの?

いや、そんな経費のかかる企画、誰も作らないよね。


「なんだかね、郁の大学の先輩が、カナダの牧場で暮らしているそうなんだ。
前から長い休みを取って行ってみたいと思っていたらしくてさ、
仕事があちこち区切りがついたらって、言われていたんだよ。それで……」

「僕も驚かされたんですよ、急に決まったことで」


急にって……急すぎるでしょう、それ。


「区切りがついたと判断したのは、郁だからなぁ……」


編集長、こういうところがのんきすぎるんですよ。

菅沢さんがいなくて、『BOOZ』成り立ちます?


「でも広いでしょうね、カナダ」

「おぉ、広いぞ。信長、お前はカナダに行ったことがないのか」

「ないですよ、編集長はあるんですか?」

「いや、ない」


カナダ……1ヶ月休暇かぁ。

ドラマの方も、準備段階は終了したし、写真集の方も撮影は終わったし、

確かにいい区切りかもしれないけれど。


「『BOOZ』どうするんですか? 細木さんがいるとはいえ……」


ただでさえ私が留守で、人数が少ないんだから。

及川さん、ちょっと頑張ると、ノドおかしくしちゃうし。


「大橋君が入ることになったそうです。ご存知ないのですか?」

「大橋君?」


大橋君って、あの『MELODY』にいる、大橋君。

だとすると、私は……


「そうか、まだ飯島さんには正式に伝わっていないんだね。
内々に動いていることだから仕方がないけれど」


編集長は、内緒だと言いながら、私が『準備室』の仕事を終えた後、

『MELODY』へ異動することが決まったと教えてくれた。


「『MELODY』ですか……」

「うん。実は、『準備室』へ行く前から、その案は出ていてね。
東原さんともうまくやっていけることがわかって、正式に決まったんだよ。
田ノ倉は『SOFT』の編集長になって、東原さんが『MELODY』の専任チーフで……。
芦川さんには、それぞれの仕事振りも確認して欲しいと、
前から増渕が言っていたらしい」


アシカ部長が仕事の確認?


「芦川さん、飯島さんのことを褒めていたよ。
仕事に前向きだし、意見もきちんと出せるし、形に囚われない自由な発想力が、
これからも役に立つだろうって。秋田さんの指導がよかったんだね、なんて言われて、
僕も鼻が高かったよ。あ、そうそう、あの人は舞台演出家のようなことを言うだろ、
三度のメシより、ミュージカルが好きなんだ」




編集長の鼻の高さも、アシカ部長の個人的趣味も、どうでもいいです。

私、『準備室』で試されていたんですか。

でも……




『『準備室』で勝負して、それで『BOOZ』へ戻って来い』




あんなこと言ってくれていたくせに、ウソじゃないですか。




「何度も『MELODY』への異動話が出ては消えてしまって、
飯島さんも大変だっただろうけれど、今回は正式に決定だ。
これでやっと、女性雑誌に行くことが出来るね」

「よかったですね、飯島さん」




よかった……よかったのかな、これ。


「あの日、喫茶店で飯島さんと会ったのが、運命だったんだね」


そうだった。『秋月出版社』を受けて、増渕編集長に追い返されて、

秋田編集長に拾ってもらったときには、確かにそれが目標だった。

実力で異動してみせるって……

でも……



「菅沢さんは知っているんですか?」

「あぁ、郁はずっと飯島さんを『MELODY』へ異動させようと思っていたから、
全て整って大橋の都合もついて、それでカナダへ……」




菅沢さんは全て知っていたんだ。




最初から、戻ってくる場所……無くしていたくせに。

戻って来いだなんて、思っていなかったくせに。


「あ、そうでした、飯島さんがここへ来たら渡してくれって、菅沢さんから」


及川さんは、戸棚に閉まってあった袋を取り出した。

菅沢さんがカナダへ行く前日に、置いていったのだと言う。


「飯島さんに直接届けたらどうですかって、そう言ったんですけどね、
菅沢さん、あいつがここへ来るのは、色々と迷いがあるときだから、
その時に渡してくれって、そういうものですから」


迷い? 確かに、ここへはいつも文句を言ったり、

同意を求めたりしていたけれど。

私は及川さんから袋を受け取り、その場でテープを取った。



中に入っていたのは……

菅沢さんが書いたと思われる1枚のメモと、『日本の空』だった。






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