147 見えない力

147 見えない力



菅沢さんが、カナダへ旅立って1週間が過ぎた。

『準備室』では、完成したアニメへのアフレコが動き始め、

声優を体験する学生たちが、続々とスタジオへ集合する。

主要のキャラを演じるのはプロの声優で、

学生たちはその仕事ぶりに憧れの眼差しを向けた。

私と品川さんが現場に張り付き、そのフォローに回る。

同じようなことを繰り返しているからかなぁ……

それとも、昨日は『クロスワード』に熱中して、睡眠が足りなかったかな。



眠い……



このまま、私は幽体離脱。



「飯島さん」

「はい」

「担当の表、もう別ページに変わっていますよ」


品川さんに指摘をされて目を下に向けると、

他のスタッフたちと、明らかに開いているページが違うことに気づく。

わかっていますよと、顔で表しながら、心は焦りまくった。

いけない、いけない……仕事中に幽体離脱は。





「今更ですけれど、よく企画を変更しましたね」


休憩時間になり、品川さんは、眠気覚ましにと缶コーヒーをくれた。

私はそれをありがたくいただき、プルを開ける。


「そんなにチャレンジでしたか?」

「えぇ、僕はそう思いますよ。これはうちが乗り込んで立てた企画でしたし。
変更は絶対に無理だと思っていました。『秋月出版社』としては、何を言っても、
結局、後ろをついてくることくらいしかやることないだろうな……なんて」


確かに、『タップ企画』とのコラボは、魅力的なものだけれど、

なぜだろう、そう、あの時はどこからかわからないような自信が、

私にあふれていた気がした。

園田先生が田ノ倉さんを責めながらも励まして……

菅沢さんが、私に何かを託したような、そんな異動を決めて……


「なぜなのかわからないんですけど、『やらなければ』って気になってました」

「やらなければ?」

「はい……」


そう、時々、妙に気持ちの動くときがある。


「そうか、『やらなければ』かぁ。羨ましいな、その強気」

「強気……」


常に強気でいられるわけではない。

でも、あの時は一人じゃないって気がしていた。

足りない言葉には何かを付け足して、

押せないときには、反対側から引っ張ってくれるような、

大きな力が、いつも私の回りにあるような……




大きな力が……




「飯島さん」

「はい」

「行きましょうか、始まるみたいですよ」

「……そうですね」


ダメ、ダメ、またそんなことを考えて。

ボーッとしていると、思考能力が停止して、眠たくなるからね。





作業は1日、1日とつながっていき、絵だけだった作品に声が吹き込まれ、

平面な表情に見えたものに、命が宿った。


「うわぁ……いいですね」

「ミスター田ノ倉、これはなかなかです」

「はい」


トップバッターを務めてくれた学生達の作品が、完成に近付いていく。

宣伝用のちらしなども刷り始め、仕上がりの確認をするため『準備室』に残った。

『MELODY』でトラブルがあったと、東原さんは手伝いに出かけ、

山手線カルテットは、自分たちの持つテリトリーへ営業をしに向かう。


「はぁ……」


細かい字を見ていると、肩が凝ってくるなぁ。

でも学生達の名前、漢字、間違えないようにしないとね。

彼らの晴れ舞台なんだし……


「飯島さん」

「はい」

「直しが入りましたので、印刷所へ指示をお願いします」


田ノ倉さんから受け取ったのは、京塚先生のイラストが書かれたパッケージ用の誌面。

赤で記された場所に、誤字を見つける。

田ノ倉さんは自分の椅子に座り、別の仕事をし始めた。

こんな風景、昔もあったな……

東原さんが食中毒になってしまって、私、ピンチヒッター頼まれたっけ。

そうそう…そうだった。

軽く笑った声が聞こえたのか、田ノ倉さんが顔を上げる。


「何かおかしなところがありましたか?」

「いえ、すみません。違うんです。ちょっと思い出したことがあって……」


そう、私は思い出した。

田ノ倉さんだけを見つめて、その目に自分が映ることを、ドキドキしながら待った日。


「何を思いだしたのですか?」

「いえ、前に東原さんたちが食中毒になって、
私、お手伝いをしにきたことがあったなって、そんなことを思い出しました」

「あぁ、ありましたね」


田ノ倉さんのそばにいたくて、少しでも役に立ちたくて、

『ありがとう』なんて言葉をもらった日は、浮き上がりそうなくらい、

心が弾んでいたっけ。


「ミスター田ノ倉、ミス飯島、CMの流れが出来ました。
どうですか?」


アシカ部長が嬉しそうに飛んできて、私たちにCM用の写真を披露する。

へぇ……ミュージカルのことしか興味がないと思っていたけれど、

実は仕事も出来るんですね。


「1ヶ月のスポットになったけれど、どうだろう」

「その方がいいのではないですか? きっかけだけ受け付けられたら、
後は動き出しますよ」


アシカ部長と田ノ倉さん、互いに意見を出し合いながらそれでも笑顔になる。

もう、退社してしまったメンバーも、明日にはこれを見るのだろう。

『準備室』が一つになるのが嬉しいのと同時に、

どこか寂しいような、そんな複雑な思いが、私の心を駆け巡った。






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