155 私らしく

155 私らしく



今日は、朝からしとしとと雨が降っている。

ガラス窓に水滴がつき、外の景色があまりよく見えない。


「どうぞ」

「はい」


樋山さんの事務所。以前と変わらないけれど、

ホワイトボードにはあれこれ書いてあって、お仕事は順調そうだ。


「樋山さん、お忙しいところすみませんでした」

「いいのよ、遊びに来てって頼んだのは私だもの」


紅茶のカップが2つ、私の前と樋山さんの前に置かれ、

美味しそうなカップケーキが、そばに寄り添った。


「お聞きしたいことがあります」


どういう答えが戻ってきても、大丈夫。

私はしっかり、気持ちを固めてきたのだから。


「聞きたいこと?」

「はい、菅沢さんのいる場所はどこですか?」


私の聞きたいこと。

私の知らない、菅沢さんのいる場所を知っている樋山さんに、

その場所を聞きだすこと。


「郁のいる場所? カナダの牧場……って、聞いていないの?」

「それは編集長から聞きました。でも、菅沢さんからは何も聞いていません」


そう、何も聞いていない。

樋山さんは連絡を取れているのに、私は取れていない。

向こうは取らずにいようと思っているのだろうけれど。


「樋山さん、菅沢さんのこと話していましたよね、連絡とっているんですよね」

「……だと言ったら、どうする?」


どうする? って……

それでも……


「私も連絡が取りたいです。会って話がしたいんです。連絡先、教えてください」

「教えて、どうするの?」


くぅ……この人、結構強い。

どうするって、どうしたいのかくらい、わかるじゃないですか、

ここへ来たわけですから。



「会いに行きます」



そう、会いに行って、勝手にあれこれ考えて、行動を取るなって。

人の気持ちも確かめずに、勝手に……


「どうして会いに行くの?」


会いに行く理由。





「好きだからです」





菅沢さんにとっては、ただの迷惑な後輩でも、

傾きかけた気持ちを、切り捨ててしまったとしても、

私はそばにいてくれないことが寂しくて、毎日姿を探すからです。


当たり前だった光景が、大切だったことに気付いたから。

『素直な心』のまま、そう言いたくて。


そこまで怖かった樋山さんの表情が、ふっと優しくなった気がして、

逆にガチガチだった私の心の力みが、スーッと取れていく。


「飯島さんが、もし自分の思いにオブラートを包むような言い方をするのなら、
私もそれをはぐらかしてやろうって決めていたけれど、
こうハッキリと言われてしまっては、しかたないわね、私も白状するわ。
実は郁がどこにいるのか、わかっているけれど、連絡を取ったのは郁じゃないのよ。
郁の大学の先輩が、別の出版社にいたことがあるから、それで連絡先を知っていただけ。
郁と直接話をしたわけじゃないわ」


樋山さんは紅茶を飲むと、ふぅとため息をついた。

少し言葉が止まる。


「あなたが知らないことを、今の私が知っているわけないじゃない。
あなたに言わないことを、郁が私に言うわけないでしょ、何年か前ならともかく」


樋山さんの空になったカップに、また紅茶が注がれる。

言われた意味はわかっているつもりでも、目の前で見た事実が気になった。


「でも……」

「でも?」

「樋山さんのところに、菅沢さん泊まっていましたよね、カナダに行く前」


そう、同じ格好をして編集部へやってきた。

仕事があったとはいえ、あんなふうに出てこられては、穏やかでいられない。

その出来事にウダウダしていたら、カナダへ飛んでいってしまった。


「……その話かぁ」

「はい」

「それなら私から聞くよりも、本人から聞いたらいいじゃない」

「菅沢さんからですか?」

「そうよ、どうしてそんなことをしたんですか、気になって仕方がないんですけどって」


言えるだろうか、そんなふうに。

ちゃんと答えてくれるだろうか、あの人。


「きっと海の向こうで、同じようなことを思っているわよ。
自分がいなくなったことを、あいつは気にしているだろうか、
それとも別の道を歩き始めているだろうかって……」



海の向こう……



「人を思いやることも難しいけれど、自分の心に向き合うことの方が、
本当は数倍難しいのかもしれないわね。当たり前の関係になればなるほど……」


当たり前の関係。

毎日目の前にいるのが当たり前で、仕事で怒られて……


それでも……


いなくなってしまったら、どうしたらいいのかわからないくらい、

気持ちが空しくて……


「こうなったら追いかけてなんて行かずに、堂々と待っていたらいいじゃない。
カナダまで行ったりしたら、また嫌味の一つでも言われるわよ。
『お前の仕事は、本当に暇だな……』って」

「……そうかもしれませんね」


確かに樋山さんの言うとおりだ。

今、追いかけて行ったりしたら、菅沢さんがまともに受け取らないかもしれない。



これからずっと、ずっと、言われ続けても頭にくるし……





樋山さんの事務所から出た後、そのまま駅へ向かう。

傘に雨を受けながら……





「ただいま戻りました」

「あ、お帰りなさい。どうでしたか? 『夢尾花』先生の原稿」

「はい、しっかり出来上がっていましたよ。
あの先生、雑誌が変わると作風まで変わるんですね、本当に起用だわ」



……下手なのは、生き方だけなのか?



「飯島さん、誌面チェックをお願いします」

「はい」


ポケットに入れてきたメモを広げ、一番上の引き出しに入れる。



『6月14日 成田空港 第1ターミナル 15時10分到着予定』



樋山さんに教えてもらった飛行機の時間。

菅沢さんがそれに乗って帰ってくる。

しっかりと向かい合って、気持ちを聞いてみよう。

田ノ倉さんも樋山さんもきっと、それを望んでくれる。




あ、そうそう、菅沢さんの分まで仕事をして、

結構スリムになった細木さんのためにも。




カレンダーの『×』印が13日までついた翌日、

私は仕事を早めに切り上げて、『成田空港』へ向かった。







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