【S&B】 14 彼女の涙

      14 彼女の涙



このビルの2階には耳鼻科と内科があるが、日曜日の今日は両方とも休みだ。3階の美容室と

喫茶店も、悪天候のため客足が悪く、エレベーターが故障して、人が閉じ込められているのに、

野次馬らしき人もそばにはいない。

そのため階段に座った僕と、エレベーターに閉じ込められている三田村との、妙な会話が続く。


「ずっと派遣で勤めてきたの?」

「……あ……えっと」


以前、うちに来る前のことは聞いたが、その前のことは知らなかったため、時間つぶしに

問いかけたが、三田村はそのことについて、あまり話したくないのか、少し言葉を濁す。


「……そんなところです」

「そう……」


個人的なことをあまり聞き出すのも悪いと思い、質問も当たり障りのないことになってしまう。

閉じ込められてから10分ほど経過したが、外をのぞいても、まだ管理会社が現れる雰囲気は

感じられない。雨は少し弱まり、近くで鳴っていた雷の音も、徐々に小さくなる。


「ケーキ……売れちゃうだろうな」


三田村の一言で、僕の思考回路が別の方向へ動き出す。

『ぺこすけ』が三田村なのか、その疑問を解決出来るいいチャンスが訪れたのだ。


「ケーキか……そう言えば三田村と最初に会ったのも、洋菓子店だったな。そういう情報に
詳しいとか……あるの?」


絶好のチャンスに気持ちばかりが焦り、ボーリングで言えばいきなりガーターのような、

あまりにもお粗末な質問をする。仕事のことなら冷静に対処できるのに、なぜこんなところで

緊張するのだろう。


「そんなに詳しくはないですけど、この近所なら、美味しいダミエのケーキがありますよ。
市松模様のケーキなんですけど、その複雑な模様と、味が2種類になっているところが、
とっても美味しいんです」


誰でも知っている情報を、自分が調べたといいたげに語るいつもの三田村がおかしく、

また、母の好むダミエのケーキを出され、僕の気持ちが少し開放的になる。


「水色の光沢がある包装紙の店だろ……」

「あ、ご存じなんですね! そうです、そうです! 主任もご存じなんですね」


共通点を見つけた三田村のトーンが、一気にあがる。聞き出すつもりが、逆に責められたようになり、

僕は思わず受話器を遠ざけた。三田村と会話をすると、どうもペースがつかめない。

気持ちを入れ替えようと咳払いをした時、階段の下で人の声がし始めた。


「すみません、管理会社の者ですが!」

「あ……こっちです」


僕は立ち上がり、1階へおりると状況を簡単に説明した。管理会社から来た二人は、

なにやら器具を出しながら、たいしたことじゃないような涼しい顔をして、淡々と作業を進める。

すぐに重たい扉を開け、手慣れた様子で何かを動かしはじめた。


「エレベーター動きますからね、じっとしていて下さい」

「……はい」


受話器越しではない三田村の声がして、一度扉が閉められた。モーターの音がし始め、

再び扉が開いた時、閉じ込められていた彼女が、大きな箱から姿を見せた。

真っ暗な中にいたため、目を細め少しまぶしそうにしながら、外へ出た。

目をこすった彼女の手には、僕とくだらない会話をしていた携帯が、しっかりと握られている。


「大丈夫でしたか? 今日は蒸し暑かったでしょう」

「はい、大丈夫です。ありがとうございました」


最後まで落ち着いた口調で、三田村は作業員にきちんと礼をした。そのまま彼らは点検作業に入り、

僕の方を向いた彼女は、また頭を下げる。


「主任、ありがとうございました……」

「よかったな……」


そう言いながら彼女の傘を手渡し顔を見ると、メガネの奥にある瞳から、涙がスーッと落ちた。

そこで泣かれるなどと考えてもいなかった僕が、声をかけられずにいると、

三田村の涙は少しずつ増え、留まっていられなくなった量が流れ出した。

慌てて僕に背を向け、涙を指でぬぐう彼女の首筋やうなじに汗が光り、

さっきまでの、のんびりとした口調とは違った状況を見せる。


「……今頃になって、涙が出るなんて。バカみたいですね、反応鈍いなぁ、私」


本当は不安でたまらなかった三田村の本心。

驚くほどマイペースに見えた心の裏で、焦る気持ちを逆に抑えていたのだろう。

彼女がのんびりに思えたからこそ、僕も焦らずにここに居ることが出来たが、

もし、パニックになられていたら、対応してやることも出来ずに、イライラしていたはずだ。


以前、濱尾が失敗した時、営業部に一人、三田村が待っていたことを思い出す。

大げさなくらい人に気をつかう、三田村の一面を見た気がした。


「失礼します」


泣いている姿を恥ずかしいと思ったのか、三田村は下を向いたまま外へ出ようとした。

小降りになったとはいえ、外はまだ雨が降り続き、走り去る車は容赦なく水しぶきを跳ね上げる。


「三田村、君が嫌じゃなければ送るけど……」


僕の口から勝手にそのセリフが飛び出し、目は三田村を追う。

彼女の見せた涙に、何かしてやりたいという気持ちが、自然にわき上がった。


「いえ、そんなこといいんです。主任の責任でもないのにおかしいですよ。傘もありますし、
ここから10分くらいですから、帰れます」


三田村は少し赤くなった目を僕の方へ向け、もう一度頭を軽く下げ、傘を開こうとする。


「ダミエのケーキ、寄ってみようとしたんじゃないの?」


そう言うと、傘のボタンを押そうとした三田村の手が止まった。ダミエがある店は、

隣の駅との中間地点にある。彼女の住む場所とは、反対側になるはずだ。

僕はそう思い、遠慮せずにもう一度車に乗ることを進めた。


「雨の中、歩いていくのは結構大変だぞ」


その言葉に三田村は開こうとした傘を下に向け、明らかに期待する目でこっちを向いた。


「……本当にいいんですか?」


僕は何度か頷き、ポケットから車のキーを取り出した。母のところまで戻るのは面倒だったので、

携帯電話で今までの状況を報告する。


「うん、三田村を送ってくるよ。すぐに戻るから」


母は、大事なお得意様だから失礼なことのないようにと、意味不明なことを言った。

僕にとっても三田村は部下同然の女性だ。何を一体、どうすると思っているのだろうか。


ビルの地下にある駐車場から車を取り出し、彼女を乗せると、少し前に立ち寄った店の前で

また車を止める。天候が悪いとはいえ、さすがに人気店。三田村以外の客もケーキを買い求め、

ケースの空間がどんどん広くなる。

ラジオのDJが流す歌が、1曲終わった頃、水色の光沢ある包装紙に包まれた箱を受け取り、

三田村は車に戻った。


「主任、ありがとうございました、買えました」

「よかったな……」

「はい……」


いつも僕がするように、三田村も箱に鼻を近づけ、うっすらと感じる香りを微笑みながら

楽しんでいる。少し前に涙顔だった表情は、すっかり晴れ晴れとした笑顔に変わる。


「なぁ、三田村。ここからは道案内してくれないと、わからないんだけど」

「あ……はい」


ケーキ店から駅へ戻り、そこからまっすぐに大通りを進む。聞いてもいないのに、

この店の食料品が安いことや、交番のお巡りさんが強面の人なのだと、解説がついてきた。

歩道がおしゃれなレンガ模様から、コンクリートに変わり、商店街から住宅街へ入ったところで、

三田村にストップをかけられた。


「ここでいいです。この奥ですから……」


彼女が示した道は、車が1台やっと入れるくらいの細い道だ。

すぐ目の前に白いアパートがあるが、奥だというのだから、ここではないだろう。


「傘、忘れるなよ」

「はい……」


三田村は扉を開け、傘を開くと頭をぶつけないように低い姿勢で車を降りた。

バックミラーから三田村が消えた瞬間、後部座席の真ん中に、ケーキの箱が残されているのが見え、

またかと思いながら僕は慌てて窓を開け、三田村に声をかけた。


「おい、ケーキ! 忘れてる」

「違いますよ、いいんです」


三田村は右手に同じ箱を持ち、それを自分の顔の前で軽く揺らして見せた。


「あれは青山さんに渡してください。ダミエのケーキがお好きだって、聞いてたので。
私からの開店祝いです!」

「いや……おい、三田村!」


三田村は僕に手を振り頭を下げると、背を向け細い通りの中に入っていく。

その道は少しカーブがかかり、彼女の姿は何秒かで見えなくなった。

ダミエのケーキを母が好きなことは、僕だってちゃんと知っている。それに、あのケーキは

結構な値段で、残されたハーフサイズで1800円する。

こんなことなら、タクシーに乗ってもらった方が安かった。


結局、母のところには、僕と三田村から2つのケーキが贈られた。業者との打ち合わせを全て終え、

豊島さんの知っている店で食事をする。母は、終始ご機嫌で、僕の小さい頃の思い出を語り、

彼はそんな母の一人芝居を、嬉しそうに聞いた。





少し遅めの昼食を終え家へ戻り、借りてきたDVDを見ながら残りの休みを過ごす。

悟はその日、ほろ酔い気分で戻り、すぐに眠ってしまった。静かになった部屋で僕はブログを開く。


     >とても美味しいケーキなんですよ。
      ダミエ(市松模様)です。
      今日はいいことと悪いことが、両方ありました。


疑問は簡単に解決した。

思っていた通り、『ぺこすけ』は三田村で、あの時見せた涙顔が、僕の頭によみがえった。





15 いろんな恋の形 へ……




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コメント

非公開コメント

涙・・・

三田村さん気を張っていたんでしょうね。会社でもきっとそうなのかも知れない。派遣社員の立場として、出過ぎず、、引っ込み過ぎず・・・
優しい気遣いを見せる女性らしいところが好感もてますね。

今までどんな風に過ごしてきたのか、祐作ならずとも気になるところです。

ブログに”ぺこすけ”の名前見つけて嬉しかったかな?
いいことが自分との事だと思うとそれも嬉しい?祐作君。

あのう・・・

ダミエのケーキ 私食べたいんですけど・・・(笑)


健気にがんばっていた気持ちが不意にほころんでしまった瞬間。

今までの彼女と違う顔をみたことで

心の中に別の感情が生まれるかしら?

HNの仮面がとられるのはいつかしら?

そうそう、そこなのよん……

yonyonさん、こんばんは! PCv-216の調子はどうでしょうか。
精密機械って、ある日突然プッツリと壊れるから、気をつけて!


>今までどんな風に過ごしてきたのか、祐作ならずとも気になるところです。

でしょ? 気になります?
これから、ますます気になるようになりますからね、続きもよろしくです。

祐作はどうするか、まぁ、気長にお付き合いをv-411

ダミエちゃん

azureさん、どうも!


>ダミエのケーキ 私食べたいんですけど・・・(笑)

あはは……。ダミエのケーキは、実際に私が好きなケーキv-274なんですよ。
電車v-234に乗って、わざわざ遠い駅まで買いに行ったものです。
今は、取り寄せが出来るんだけどね。


>今までの彼女と違う顔をみたことで
 心の中に別の感情が生まれるかしら?

少しずつ明らかになる過去と、現在。
まだまだこれからなので、よろしくお願いします。v-291

事件は二人を接近させたのか!

ももちゃん こんばんは^^

きっかけは、意外なところで起こったのね。
エレベーター閉じ込められ事件は、間違いなく二人を近づけたでしょう!!

>仕事のことなら冷静に対処できるのに、なぜこんなところで
緊張するのだろう。

祐作くん、それはね、意識している女性の前だからよ♪

三田村さんは、自分の気持ちを押し込めちゃうところがあるから、本心が見えにくいけれど、HNなら素直な気持ちを言えそうね。
このまま黙ってて、ブログで気持ちを聞いちゃうってのは、ずるいかなぁ?^^;

と・・・これは、作者さんが考えることでした(笑)

ももちゃんの書くお母さん、息子ベッタリではなく、ちょっと放任、でもちゃーんと関わってる。
味のある母をいつもありがとう!

また来る~^^

事件はPCで起きてるんだ!

なでしこちゃん、どうも……


>きっかけは、意外なところで起こったのね。
 エレベーター閉じ込められ事件は、間違いなく二人を近づけたでしょう!!

事件その1ってところかな。これからいろいろと起きてくるのよん。
はたして、二人は近づくか、それとも別の人が出てくるか……


>ももちゃんの書くお母さん、息子ベッタリではなく、ちょっと放任、
 でもちゃーんと関わってる。 味のある母をいつもありがとう!

あはは……味あるかしら。そうだね、わりと親を出す作品が多いんだけど、祐作の母はまた、
今までの母たちと違うと思うよ。だって、自ら恋をする女ですもの……v-398

また、来て!

望とは……

拍手コメントさん、こんばんは

>いやー、三田村さん、バレバレなんですね^^。
 嘘が書けないのかな・・・。

望がどんな女性なのか、これから『ぺこすけ』とともに、
あれこれ明らかになりますので、どうか、続きもお付き合いください。