【again】 5 男同士の小さな約束

【again】 5 男同士の小さな約束

     【again】 5



「よし、休憩! そこの自動販売機でジュースを買おう!」

「うん!」


久し振りに訪れた直斗と、大地は嬉しそうにキャッチボールをした後、

団地の斜めにある自動販売機でジュースを買い、階段に座りながら飲み始める。


「ねぇ直斗。僕のこと嫌い?」

「……エ? どうして?」


大地は何か話しづらそうにしているように見え、直斗は髪の毛をクシャクシャとやり笑い出す。


「なんだよ!」

「大地、男だろ。思ったことはちゃんと口にしろ。いじいじしているようなやつは、
女の子にもてないぞ」

「……うん」


大地はブローブをいじりながら、ぽつりと言った。


「直斗……パパになってくれないかな」


思いがけない大地の告白に、直斗は驚き一瞬固まってしまう。ここで黙っているのは

よくないだろうと、大地の肩を引き寄せた。


「それはすごい提案だな。大地にはパパがいるだろ……ちゃんと」

「パパは桜になって、大好きな春に僕が大きくなったのを見に来るんだって」


直斗はそう言った大地の顔を見る。桜になった……というのは、大地になんとか理解させようと、

絵里が言ったウソなのだろう。


「……って、ママが言った。でも、本当はいないんだ」


小学校1年生、口先だけのごまかしは、通用しなくなっているようだ。


「覚えてないのか? パパのこと……」

「僕が赤ちゃんの時に死んじゃったんだ。ママは、パパがたくさん僕を抱っこしてくれたって
そう言うけど、覚えてないんだもん」


同じ父親がいない子供として育った自分と大地。直斗にも、父親に抱きしめられたと言う記憶は

確かにない。


「いいじゃないか、抱っこされていたなら。写真くらいあるんだろ?」

「うん……あるけど……でも……今度の日曜日……」

「エ?」


大地はジュースを一口飲むと、両膝を抱えため息をつく。


「日曜日? 何かあるのか」

「父親参観日なんだ。パパに見に来てもらえるように、日曜日に学校へ行くの。
みんなパパが来るんだって。僕は……」

「ママじゃダメなのか?」

「……ママ、日曜日はいつもゆっくり起きるんだ。お仕事で疲れちゃうから、
ゆっくり寝かせてって言うんだもん。だから起こしちゃいけないの」


大地の小さな胸は、絵里への想いで溢れていた。こんな子供でも、しっかりと母をいたわる心を

持っている。直斗はそんな大地のことを、見つめながら問い返す。


「何時間目?」

「1時間目」


直斗は、ほどけかけていた靴紐を直しながら、その日の予定を思い浮かべた。


「……よし、俺が行ってやるよ。その日だけ、大地のパパだ!」

「本当? その日だけでいいんだ。パパになってくれるんだね、直斗!」

「……あぁ」


大地は満面の笑みを浮かべ、嬉しそうにジュースを飲み干した。





そんな大地と直斗の約束を知らない絵里は、いつものように夕飯の準備をする。今日はオムライス。

大地の嫌いなにんじんが、ケチャップライスの中に、コロコロと入っている。

好き嫌いをなんとかしたい……。そう思いながら作る献立。


「いただきます!」


元気よくスプーンを入れ、大地は食べ始めた。黄色い卵とケチャップライスが、

どんどんお腹におさまっていく。

いつもなら、にんじんだけ避けたりして、チビチビと食べる大地なのだが……。


「大地、にんじん平気なの?」

「平気じゃないけど、でも、食べるんだ、僕」


しっかりと噛みながら、少しずつオムライスが減っていく。


「直斗がね、言ったんだ。にんじんには力が出る栄養がたくさん入ってるんだって。
にんじんたくさん食べると、直斗みたいに、速い球が投げられるようになるって」


大地は直斗と出会ってから、食卓で名前を言わない日がないくらいだった。

父親を知らない男の子は、あの男性をどんなふうに思いながら甘えているのだろう。


「ママ……頑張るよ、僕」


あれだけ自分が食べさせようとしても、なかなか箸が進まなかったにんじんなのに、

今日はどんどん減っていく。


「大地、直斗さんのこと、そんなに好き?」

「うん、大好き!」


絵里はちょっぴり複雑な思いのまま、スプーンを動かしていた。





「いやぁ……こういう時、双子は大変よ」

「エ?」


次の日、パート先の更衣室で、同僚の真希が絵里に話しかける。真希の家は男女の双子で、

4年生だ。


「二人をわざと別クラスにしてくれって頼んだでしょ? 参観日は両方見ないといけないから、
慌ただしいのよ。今度の日曜日だってさ、パパは張り切っているのに、本人達は迷惑そうに、
来なくてもいいよ……なんて言って!」

「日曜日? エ? 何かあるの?」


絵里は着替えを止め、真希に問いかける。真希は、少し驚いた顔で絵里を見つめ、話しを続けた。


「やだ、父親参観日よ。6月でしょ? あれ? 手紙入ってなかった?」


いつも大地のランドセルをのぞいては、必ず確認をする絵里だったが、そんな手紙はない。


「なかったけど……」

「今度の日曜日、1時間目よ。よかったわね、知らずにいなくて。大地君、ママが来ないと、
寂しいじゃない」

「……うん」





絵里は仕事を終え、夕食の支度をし始めていた。玄関が開く音がして、大地が入ってくる。


「ただいま、ママ!」

「ねぇ、大地。今度の日曜、参観日なんだって? 手紙入ってなかったよね」


なんとなくバツが悪そうにする大地の表情を見て、絵里は直感で、大地が手紙を隠したのだと悟る。


「大地……手紙、どうして出さなかったの」

「……」

「大地! 知らなかったらママ、学校に行けないじゃない」


大地はランドセルを机に置き、冷蔵庫を開ける。


「いいんだよ、ママは。パパが来る日なんだから」

「……」

「いいの!」


牛乳を取り出しコップに入れ、大地は一気に飲む。絵里はエプロンで手を拭き、大地の正面に座る。


「ねぇ、大地のうちはパパのこともママがやるんだよって、お話ししたよね。だから……」

「直斗が来てくれるんだ」

「エ?」


大地は絵里を見ると、もう一度しっかりとこう言った。


「直斗が、その日だけ、パパになってくれるんだ」


絵里は言葉を失っていた。大地にとっては、なんてことのないことなのかもしれない。

それでも、父親の代わりを、直斗に求めるようになっていたとは。


「ダメよ、大地! そんなことダメ!」

「……どうして? 直斗いいって言ったもん。日曜日だけパパになってくれるって、そう言った」

「直斗さんは、パパじゃないの! 大地のパパは……」


絵里はそこから言葉が続かなかった。死んでしまった……そのことを、何度説明したことか。

それでもきっと、まだ、大地にはよくわからないのだろう。


絵里は食事の支度を止め、隣のハナの玄関を叩く。


「直斗の連絡先?」

「はい、どうしても伝えたいことがあって。ハナさんならわかりますよね」

「……えっと」


ハナは壁に貼りつけられていた小さなメモを、絵里に手渡した。少し変色しているその紙には、

携帯番号が記されている。


「前に、何かあったらここへかけるように、直斗が置いていったものだよ。どうだかねぇ……。
実際にかけたこともないし……」


絵里はメモにその番号を書き写し、ハナに礼を言うと、部屋へ戻った。





大地を寝かしつけテーブルに座り、番号へ回す。ちょうどその時、直斗はまだ、会社の中だった。

胸ポケットにしまわれている携帯が、ブルブル……といきなり揺れ始める。


仕事用ではない、祖母との通信用携帯が鳴り、何かあったのでは……と焦りながら受話器をあげる。


「もしもし……おばあちゃん。どうした? 何かあったのか?」

「……あの」


明らかに祖母のものではない声に、一瞬声が止まる。


「すみません、お忙しいですよね。ハナさんに聞いて、かけました。池村です」

「池村? あ、大地の……」

「はい……」


こんなふうにしっかりと話しをするのは、互いに初めてだった。


「何か……」

「あの、日曜日のことなんですが。大地が余計なことを言ってしまって、申し訳ありません。
私が行きますので、聞かなかったことにしてください」

「……父親参観のことですか?」

「はい。直斗さんにそんなことをお願いできるはずもないのに、大地が……」

「いいじゃないですか。俺が行ってやるって言ったんです。ママは日曜日、とても疲れているから、
休ませてあげたいって。大地、そう言ってましたよ」


『疲れている……』。そう、つい言ってしまう言葉を、大地はちゃんと聞いていた。

絵里は、自分のふがいなさに、唇を噛みしめる。


「結構ですから……」

「……ちょっと興味もあるんですよ。今時の小学校って……だから……」


簡単にわかりましたと、返事をするだろう……そう思っていた直斗の真逆の反応に、

絵里は少し焦り始める。


「いいですから……もう、やめてください」


いつもどこか肩肘を張ったように振る舞う絵里のことを、少し不思議に思っていた直斗は、

さらに言葉を付け足す。


「俺、大地のこと好きですよ。小さな約束ですけど、大事にしてやりたいんです。
あなたはいつもそうだけど……そんなに堅苦しく考えずに……」

「ほっといてくれませんか?」


直斗の前に別の書類を持った社員が入ってきた。開いている右手でその資料を受け取り、

直斗は部屋を出るように指示をする。


「ご厚意で言っていただいていることはわかっています。でも、迷惑なんです」

「……迷惑……ですか」


絵里は、ついに飛び出してしまった自分の気持ちを、直斗にぶつけた。


「直斗さんにとっては、ちょっと興味のある……そんな出来事なのかもしれません。
でも、大地はまだ、感情を使い分けるようなことが出来ないんです。いつも、あなたのことを話し、
あなたに会いたがります。疑似であっても、父親の振りをされたら、ますます気持ちが混乱して」

「……」

「直斗さん、あなたも誰かを好きになって結婚するじゃないですか。その時、急に目の前から
消えられたら、大地はそれを受けとめられないんじゃないかとそう思うんです」

「……」

「大地には父親はいません。山で遭難して亡くなりました。これが真実で、
他には変えようのない事実なんです。これからも私と二人、その運命を受けとめて、
しっかりと生きていかなければならないんです。気まぐれに、私たちの中へ、
入ってきて欲しくない……。そんな気持ち、わかっていただけませんか」

「……」


直斗はじっと絵里の言葉を聞く。自分の母親も父親は死んだとそう言い続け、

『お父さんがいなくても……』その言葉を、何度も、何度も、聞かされて来た。でも……。


「誰かに頼りたい時が……あるんですよ」

「……」

「大地は今、受けとめる人を捜しています。それはあなたがダメだというのではなくて、
小さいなりに、あなたを思ってのことなんです。ママには迷惑をかけたくない、なんとか自分で
頑張りたい。だだをこねていた幼児期から、少年になっている証拠じゃないですか?」

「……」

「今、俺が結婚して……とあなたは言いましたけど、あなただって、再婚する可能性が
あるじゃないですか。その時、本当に大地の父親になる人が出てきたら、
自然に気持ちは移っていくものです。そんなに……」

「私は再婚しません!」


力の入った否定の言葉。直斗は絵里の強情なまでの話しぶりに、だんだんイライラし始める。


「とにかく、お断りします」

「いえ、行きます!」

「エ?」


絵里の受話器を持つ手にも、力が入っていく。


「大地と男の約束をしたんです。いくらあなたが母親でも、それを頭から否定されることは
ないはずだ! 自分の考えだけを押し付けて、あいつの世界を狭めるなよ」


初めてとも言える、直斗の強い口調に、絵里は何も返せないまま、受話器を握り続ける。


携帯電話の電波の中に、譲らない二人の火花が飛び散った。





6 それぞれの思惑 へ……





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