30 Liquidation 【清算】

30 Liquidation 【清算】



『昴も、人を愛したってことか……』


朋之は、契約に違和感を感じるのは、別の感情が芽生えたからだと言い、

昴は、そのセリフに黙ったままグラスを握る。


「それはそれで……当然のことだ」


朋之は、そうつぶやくと、別の客に出すため、奥で軽い料理をし始めた。

あまりにも当たり前のように言われ、昴は肯定も否定も出来なかった。

雅仁は、自分のグラスに口をつけ、目だけを昴の方へ向ける。


「そうなのか、昴」


昴は、雅仁に尋ねられても、自信を持って『そうだ』とは言えなかった。

利佳子からのメールに対する気持ちが、変わったのは事実だけれど、

それが別の女性への思いかと言われると、そこまで強いものなのか疑わしくなる。


「よくわからない。『FLOW』に身を置く必要がなくなったから、
急に今の自分の状況に対して、違和感を持つようになったのか……
それとも別の感情なのか。でも、気持ちがついていけないことは間違いない」

「違和感……かぁ。それを言われたら、何も言えないな。
元々、正論では返せない部分に、存在しているわけだからさ」


雅仁は、昴の意見に苦笑すると、メールを打ち始めた。

昴は、これだけで本当にやめることが出来るのかと思いながら、

何も言うことがなく、黙ったまま下を向く。


「昴、これは入るときからの約束だ、やめるのは構わない。
でも、契約者との関係清算は、個人の仕事になる」

「わかっている」

「パートナーチェンジなら、『FLOW』の携帯に連絡を入れるように、
お前の相手にそう伝えてくれ」


雅仁の言葉に、昴は黙って頷き、いつも笑って冗談を言う利佳子のことを思い出す。

『契約解除』について、金曜日、どんな顔をされるかと思いながらため息をついた。





昴と利佳子が約束をした金曜日。

昴は朝食を取った後、ネクタイをつける。

綾音はテストが終わり学校がないため、『小麦園』に顔を出してくると、

食器を片付けながら話してくる。


「そうか……それなら、食事も別にしてくれないか。遅くなると思うから」

「お兄ちゃん、仕事?」


綾音の言葉に、昴は鏡に映る自分の姿を見た。

『今日の仕事』は、今まで一番重要で、繊細なものになるかもしれない。


「あぁ……大事な仕事がある」

「そう、わかった。それならそうする」


何も知らない綾音は、この間、友達から聞いたお店のカステラをお土産にしようと、

嬉しそうにつぶやいた。





橋場からの命令で、悠菜が勝ち取った『トランプ』の担当は、笠間に決まった。

笠間の手前、明るく『よろしくお願いします』と頭を下げたものの、

失敗したわけでもなく仕事を取られてしまったことは、

悠菜にとって到底受け入れがたいことだった。

休み時間、一人でいた橋場を捕まえて、具体的な理由を尋ねてみるが、

『上層部の決定』だと言われるばかりで解決には向かわない。

他の仕事に影響が出てはいけないと、あえて別のことを考えようとするが、

心はなかなか追いつこうとしなかった。


「住友さん、電話」

「電話?」

「江口さんって男性。住友悠菜さんって言っているから、住友さんでしょ?」


その日の午後、営業部にいる悠菜あてに『江口』という男性から電話が入る。

取引先で交わした名刺を急いでめくってみるが、江口という名前は見つからない。


「心当たりないの? いないって言えばよかった?」

「ううん、とりあえず出てみる。声を聴いたら思い出すかもしれないし」


申し訳なさそうな同僚から受話器を受け取り、保留ボタンを解除した。

悠菜が自分の名前を名乗ると、すぐに相手の正体が判明する。


「『STW』の江口でございます」


『江口』とは、父、渡瀬勇の秘書、江口のことだった。

会社名を名乗ると、構えられると思ったのか、名前だけを名乗ったので、

悠菜もすぐには気付けなかった。お久しぶりですと挨拶を交わしながらも、

なぜ、ここまで電話がかかるのかわからず、言葉が続かない。


「突然のお電話で申し訳ありません。
本日、1時間ほどお時間をいただきたいのですが、
どこかで待ち合わせは出来ますでしょうか」


江口は、今日、仕事が終わってから会えないかと言い出した。

悠菜は、なぜ江口が自分に会いに来るのか理由がわからず、すぐに返事が出来なくなる。


「何かお会いしないとならない理由がありますか」

「はい……」


なぜなのかと問いかけた悠菜に、江口は堂々と会う理由があると返事をする。

会社の電話で、あれこれ聞きだそうにも、周りが気になって聞くことが出来ないため、

悠菜は結局、『わかりました』と答えることしか出来なかった。

悠菜は、江口から指定された店の名前を急いでメモに取り、そのまま電話を切った。





その日の営業部は、外回りから直帰する社員が多く、

就業時間終了してしばらくすると、営業部の中には昴と悠菜だけになった。

昴には、なかなか帰らない悠菜の表情が重たく見え、

『トランプ』の話を、強引に納得させてしまったが、

そのフォローを自分はどうしてやるべきなのかと、迷いが出てしまい、

なかなか声をかけられずにいた。


「お先に失礼します」

「お疲れ様」


昴の迷いに気付くことなく、悠菜は頭を下げると営業部を出た。

江口から指定されたのは、父、勇と再開した『オンブランジェ』で、

『salon』のビルを出た後、地下鉄のホームに降り、

途中の乗り換え駅から別の路線に変わる。

悠菜はその道すがら、どうして江口が自分を呼び出すのか、

あれこれ思いを巡らせてみたが、全く想像が出来ないまま、揺れる車内で立ち続けた。


悠菜が営業部を出てから10分後、昴も同じように営業部を出た。

利佳子の呼び出しがあってから、覚悟を決めてきたものの、

相手がどう出てくるのか全く検討がつかず、車内で吊り輪をつかんでも、

どこか落ち着かない。

普段ならば、昴の言葉にも明るく対応する利佳子だが、

こちらからの契約解除となれば、それなりの態度を取るかもしれない。

タクシーが並ぶホテルの前で、昴は一度立ち止まり、そびえたつビルの姿を、

下から見上げてみた。昴の横をコートの襟を立てながら早足で歩く男性や、

携帯を耳にあてながら、ヒールの音をさせて歩く女性。

それぞれの思いを持った人たちが、きらびやかなホテルの玄関から中に入り、

それぞれの場所へ消えていく。

昴も視線を前に戻し、いつもの部屋を目指すため、華やかな入り口から中へと進んだ。


悠菜は、待ち合わせよりも少し早めに到着したため、階段をのぼり、

以前も立ち寄った『ブランカ』へ入った。

数ヶ月間で、店内の商品は季節感を変えていて、

悠菜と同じように仕事を終えた女性が、数名、

お気に入りの雑貨を探そうと、店内を歩く。


悠菜が『ブランカ』の中で、あれこれ手にとっているとき、

昴はロビーからまっすぐエレベーターに向かい、利佳子の待つ部屋を目指した。

エレベーターはすぐに到着し、昴を含めた数名の客を乗せる。

扉はしっかりと閉まり、上へと動き出す。

昴はエレベーターの中にある鏡に自分を映した。

いつもならば、気持ちを切り替えるために見る鏡だったが、

今日は気持ちを保つためにあえて自分を映した。

2つに切り裂かれたような生活は、もうこれで終わりにする。

これからは『畑野昴』として、康江の言うとおり、自分を幸せに導くのだと誓い、

鏡に映る自分の姿を目に焼き付けた。


扉の前に立ち、いつものようにノックをすると、数秒後扉が開く。

顔をあげた昴が見たのは、カーテンをしっかりと閉めた薄暗い室内ではなく、

東京の眩しい夜景が綺麗に見える、別の部屋だと間違えるような場所だった。

利佳子は珍しく着物に身を包み、『久しぶり』と昴を出迎える。


「ねぇ、綺麗よ、昴。これだけの夜景があるのなら、
別にニューヨークになんて行く必要もないかもね」


利佳子は酒の入ったグラスをテーブルに置くこともなく、

また、いつものように甘えたような声を出し、何かをねだるような仕草も見せてこない。

昴はどう身を置いたらいいのかがわからず、奥へ入ることをためらった。


「どうしたの? いつもの部屋よ、ためらうことないじゃないの。
ここからは……私と貴方だけの時間」


いつもと同じだと言われても、そう思えない。

昴は上着を脱ぐことなく利佳子の隣に立った。夜景の中に、自分の姿が浮かんで見える。


「今日は、話があってここへ来たんだ」


昴は、利佳子がこちらに手を伸ばす前にと思い、そう切り出した。

利佳子は右手の人差し指で、夜景を見ながら、何かを数えている。


「3つ、3つもあるわ。広太郎が持っているビル。ここから3つ見えるの」


利佳子は、パートナーである尾上広太郎が持つビルが、

ここから3つ見えると嬉しそうに話し、中でも一番大きく目立つビルの最上階には、

自分がお気に入りの店が数軒あるのだと、笑顔を見せる。


「あなたの話を聞く前に、まずは私がどうして前回キャンセルをしたのか、
それを聞いてくれないかしら」


利佳子はそういうと立ち続けているのは疲れるからと、

ソファーに腰かけた。隣に座らないかと尋ねてきたが、昴は首を振る。


「そう……」


昴は隣に座ると、そこから利佳子のペースになるのではないかと思った。

夜景に目を向け、利佳子が指を差した高層ビルを見る。

日本でも名前の知れたIT業界の会社が、いくつか入っていて、

今や経済の中心を担っているといっても過言ではなかった。


「広太郎がね、倒れたのよ」


前回、昴と約束をした日、

出張に出かけていた広太郎は、そのホテルで倒れ、病院に運ばれた。

幸い、大事にはならなかったが、利佳子はその事実を聞き、

足の震えが止まらなくなったと話しだす。


「本当に出かける寸前だったの。携帯に秘書から連絡が入って、
倒れたって聞いたとき、私、足が震えてしまって動けなくなって」


大丈夫だと言われても、秘書の言葉が信じられず、利佳子はすぐにタクシーを呼び、

2時間の道のりを駆けつけた。広太郎は、利佳子が飛んできたことをとても喜び、

ベッドの上で笑顔を見せたと言う。


「あちこちに機械をつけられているのに、笑ってるのよ。
『人と会う約束はいいのか』……なんて言って。
私、何言っているのよって、頭を叩いちゃった」


利佳子から広太郎の話を聞くことは、初めてではなかった。

しかし、いつもの話は、どこか無機質で、ただそこに存在しているだけのものだったが、

今の利佳子から出てくる広太郎の話は、生身の人間が確かにいるのだと、

そう思わせるくらい温度がある。


「一生懸命に働いている広太郎に、申し訳ない気持ちがいっぱいになったの。
おかしいでしょ、今まで全然感じたこともなかったのにね。
もしかしたら、もう元に戻れないのかもって思いが、そうさせたのかな」


利佳子は左手につけた指輪に右手で触れながら、そうつぶやいた。



「昴がどうして『FLOW』にいるのか……実は私、知っているのよ」



昴は、広太郎のことから、急に自分のことを調べていると言った利佳子の方を見た。

会社の前まで車で乗り付けた晴恵のことを、その時、急に思い出す。





同じ頃、悠菜は『オンブランジェ』の店内に入り、

前回、父と会ったときと同じように個室へと案内された。

江口は自分だけが話をすると言っていたが、実は勇が来ているのかと身構える。

扉を開け中に進むと、確かに待っていたのは江口だけだった。


「お呼びだてして、申し訳ありません」


悠菜は首を横に振り、江口の前に座った。





利佳子は、『昴の事情を知っている』と言った時に見せた昴自身の表情に、

『何を驚いているのよ』と言い、小さな手鏡で自分を映す。


「どんな男なのか、興味を持つことくらい当たり前じゃない。
別に、あなたのプライベートをどうにかしようとか、そういう意味じゃないのよ。
だけれど、『妹さんの学費のため』だという理由がわかって、
私は昴とならってそう思えたの。だから契約をお願いした」


利佳子は、自分が幼い頃、家は裕福ではなく、

その反動で『お金』に対する憧れがあったと言い、

広太郎が自分を見つけてくれたとき、本当に嬉しかったと思い出を語った。


「お金さえあれば、私の気持ちは満足できると思って、広太郎と結婚したのに、
広太郎が忙しくて、構ってくれないのが嫌で……、いつの間にか最初の気持ちも、
どこかになくなっていたのかもしれない」


利佳子がしている指輪は、この入院騒ぎで驚かせ心配させたからと、

広太郎が買ってくれたものだと言う。


「指輪がもらえると、今度はネックレスが欲しくなって、
そうするとそれに似合うドレスも探し出すし、
靴だって新しくないとダメだと思えてくるのよね。
そこで靴が買えないとなったとき、その不満の方が大きく膨らんで、
最初に指輪をもらった感動なんて、どこかに消えてしまうんだわ……」


利佳子は左手を握り、右手でそれを包み込んだ。

大切なものは何なのか、これからどう生きていくべきなのか、

気付かされたと話を終える。


「前に会ったとき、昴、言ったわよね、場所を変えられないかって」

「あぁ……」

「あの時、昴も何か感じているのかなって、そう思えたの。今までとは違う何か……。
どうでもいいと思っていたものが、本当はとっても大切だって……」


利佳子はソファーから立ち上がり、バッグの中から1枚の紙を取り出した。

それは小切手で、しっかりと金額の提示がされている。


「契約を、解除します」


利佳子は、契約を解除する自分が、『解除金』を支払うのだとそう言い、

立っている昴の横に並ぶと、小切手を差し出してくる。


「受け取って、昴」


利佳子は、自分の話は終わったから、昴の話を聞くのだと口元をゆるめた。

昴は、最初から利佳子がこうするつもりだったのだとわかり、黙ったままになる。


「どうしたのよ、昴。今日は私、怒らせるようなことをしたかしら?
あ……広太郎のことばかり話したから、やきもちでも焼いたの?」


利佳子は先日の『クリアコンクール』を見に行き、

綾音の演奏を聴いたのだと言った。

昴が、悠菜や裕と綾音を見つめていたあの時、同じ場所に利佳子がいたとは、

全く気づくこともなかった。

利佳子は、主催者として名を連ねている協会の会長から、招待を受けたのだと言う。


「『立原音楽大学』ピアノ科の3年生、とても素晴らしいピアノだった。
妹さんが、どんな道を選んで歩くのか、私にはわからないけれど、
応援してあげたくなって、たくさん拍手したのよ、これでも。
それだけ見事な演奏だったから」


利佳子は動かない昴に対し、もう一度小切手を差し出した。

ぜひ受け取ってもらい、綾音の応援資金にして欲しいと、訴える。

昴は利佳子の差し出した小切手を左手で受け取ると、

そのまま、目の前で2つに破ってしまう。


「昴……」

「こんなものを、君からもらうわけにはいかない」

「何をしているのよ、もう……これ偽物じゃないのよ、どういうこと」


利佳子は、契約者の行為に対して失礼であり、

とんでもないことだと昴を責めた。しかし、振り上げた手は力なく下に落ちる。


「昴……あなたが優秀な営業マンだということくらい、私にもわかるわ。
でも、『女心』をつかむのは、あまりにも下手ね」


利佳子は腰を下ろすと、昴が破いた小切手を一切れずつ拾う。

利佳子はすぐに立ち上がらず、何かおかしいのか、

肩を少しだけ揺らしながら笑っている。


「あぁ、もう……でも、昴らしいと言えば、昴らしいのかもね。
交渉相手にも、絶対に弱みは見せないっていうところは」


そういうと利佳子は立ち上がり、昴の横に並んだ。

二人の姿が、夜景の中に浮かび、都会の輝きが明るく照らす。


「『FLOW』はやめる。君に話すことはそれだけだ」


利佳子はそう宣言した昴の表情を見たあと、初めてほっとした顔をする。

利佳子は、今日はこれから広太郎の代理で、

ビルに入っている呉服店のイベントに参加すると説明する。


「昴は、これからどうするの?」


利佳子の問いかけに、昴はすぐ返事を返さずに、黙って夜景を見続ける。

1台のヘリコプターが飛んでいくのがわかり、

点滅したライトが、二人の前を流れていく。


「……『愛』でも、探すことにするよ」


昴は、笑みを浮かべてそう答え、利佳子はその意味を頷きながら受け止める。


「そうね……『愛』は大切よ」


部屋の窓硝子に映る二人の表情は、どこか晴れ晴れとしたものだった。





「……どういうことですか」

「申し訳ありません。『salon』からの話に、社長もずいぶん悩まれたのですが、
相手の気持ちを思えば、確かにそういう防御策を練るのも
仕方がないということになりまして」


江口は、『salon』の上層部が、どこからかの情報で悠菜と勇のことを知り、

退社を迫ってきたという事実を告げた。

一緒に暮らしたこともなければ、情報を交換するような立場にないことも語ったが、

『salon』側は、コトが起きてからでは困ると、譲らなかった。

悠菜は、応援してくれていたはずの橋場が、急に『トランプ』を取り上げた意味がわかり、

少し立て直しかけていた気持ちを、また落ち込ませる。


「そういうことだったんですか。大きな契約を取れたのに、
担当をいきなり外されたので、おかしいなとは思いましたが」


強引に『salon』へ残る選択肢がないとは言えないが、

おそらく責任のある仕事は一切させてもらえないだろうと、江口は冷静に分析を続け、

向こうの出してきた期限が『3月』だと付け加える。


「3月? それじゃ、もう3ヶ月半くらいしか……」

「はい」





悠菜が現実を突きつけられている時、利佳子と別れた昴は、

ホテルを出て駅への道を歩いていた。

今までなら、仕事中に抜け出していたため、何かを買うことも出来ず、

橋場が部長になってからは、利佳子と会う時間が遅くなり店は全て閉まっていた。

しかし、今日はまだ時間も早く、営業中の場所も多い。

ホテルから数十メートル歩いた場所にある、白いレンガ作りの店の前で、

女性が2名楽しそうにショーウインドーを覗き込んでいた。

昴も横を通るとき、何気なく見てみると、

そこには小さなチョコレートがオブジェとして置いてあった。

こじんまりとした店内には客が二人いて、店員が3名忙しく動いている。

昴はその動きに誘われるように金色のドアノブに手を当て、ゆっくりと中に入った。

チョコレートの甘い香りが昴に届く。


「いらっしゃいませ。商品はお決まりでしょうか」

「いえ……何かお薦めはありますか?」


昴は、普段こういった店にあまり入ったことがないと店員に話した。

それならばと、店員はケースの真ん中で、飾り付けられている商品を示した。

この冬の限定品で、食べ終わった後に、小箱として使えるのが人気の商品だと説明する。


「自分へのご褒美だと、買われる方も多いのですよ」


店内で商品の補充をしていた別の店員は、そう説明を付け足した。

確かに楕円形のかわいらしい箱に、いくつかのチョコレートが行儀良く並んでいる。

綾音がピアノのそばに常に付箋を置き、楽譜に貼っている姿を思い出した。


「それじゃ……これを」

「はい、ありがとうございます。お一つでよろしいですか?」

「はい……」


そう答えた昴の脳裏に、別の光景が浮かんだ。

商品を入れるため、淡い黄色の袋を手に取った店員に、

『1つではなく2つにしてほしい』と声をかける。



「お2つですか」

「はい……」


店員が少々お待ちくださいと背を向け、

それぞれの小箱がふわふわとした袋に包まれていく。

昴は2つの包みに、それぞれ色違いのリボンがつけられていくのを見ながら、

これを受け取ることになる顔を、それぞれ思い浮かべた。





『Flow』
時は誰にも、流れ続ける……
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