【again】 6 それぞれの思惑

【again】 6 それぞれの思惑

     【again】 6



日曜日。


父親参観には、絵里が出席することになった。大地はどこか不満そうに、靴下をゆっくり履く。


「大地、ほら……急ごう」

「……うん」


あれから互いに言い合ったまま電話を切り、受話器を置いたが、絵里はその後、

あまりの自分の興奮ぶりに驚いたのだ。伸彰が亡くなってから、自分の感情は

常に置き去りのままで、大地のこと、生活のこと……それだけで精一杯のはずだった。


それが、なぜ直斗に……。


いくつかの信号を過ぎ角を曲がり、大地は道に落ちている小さな石を蹴りながら、歩く。

少し強めに石を蹴った時、前方にいる一人のスーツ姿の男性が目に入った。


「……あ、直斗だ! 直斗!」


大地は嬉しそうに直斗に駆け寄り、いつものように直斗は大地を受けとめた。

絵里の目は直斗を捕らえ、足は歩みを止める。

あれだけ言ったのに、結局直斗は理解してくれなかったのだと、絵里は大きくため息をつく。


「直斗、来てくれたんだね……、約束、守ってくれたんだね!」

「あぁ、でもな大地。仕事があるから、途中までしかいられないんだ。それでもいいか?」

「……お仕事なんだ、ならいいよ、途中でも」


直斗は少しずつ近づいてくる絵里の方をチラッと見た。絵里は何も言わずに大地の後ろに立つ。


「先生、美人か?」

「……先生、おばちゃんだよ、直斗」

「そうか、残念」


大地は声を出して嬉しそうに笑い、先に行くよと駆けだしていった。


「これからは約束をしませんから」

「……」

「大地と勝手に約束はしませんから。今日だけは、守らせてください」


そう言うと、直斗は絵里に頭を下げ、絵里はここに来られては仕方がないと返礼をする。

独身時代、百貨店に勤めていた絵里は、すぐに直斗のスーツを見た。普通のサラリーマンには、

手が出せないような高級品に、今まで思ってもみなかった疑問が浮かび上がる。


直斗の職業は、どういうものなのだろう……。


絵里は以前、ハナが直斗の住所も職業も聞いてないのだと言っていたことを思い出す。

あれだけ頻繁に顔を出すのに、なぜ、何も言わないのだろうか。

少し先を歩く直斗の後ろ姿を、絵里はそんなことを考えながら見つめた。





「では、わかる人!」

「はい!」


絵里は教室の中央に入ったが、直斗は廊下から授業の様子を眺めている。

どこか、父親らしくない直斗は、父兄達からの視線を集めた。


「はい、じゃぁ、池村君!」

「5……です!」

「はい、よく出来ました」


先生に褒められた大地は、絵里の方を向くと笑顔を見せ、直斗の方を向き

得意気にVサインをする。そんな大地に、直斗は微笑みながら頷いてみせる。


授業が後半に入り、絵里が廊下を見ると、すでに直斗はいなかった。


「今から1時間後には着けると思う。……場所は間違いないだろうな」


廊下を足早に進み、直斗は学校から出る。そこには大地に向けたような優しい笑顔はなく、

仕事で見せる厳しい表情があった。





「ねぇ、ママ。どうだった?」

「うん……安心した。ちゃんと先生の話しも聞いていたし、算数、得意なんだね、大地。
いっぱい手をあげてたし」

「そうだよ。もっと先生さしてくれたらよかったのに。直斗に見せたかったよ」


大地は、少し飛び跳ねるように道を歩き、直斗が来てくれたことで、ほっとしているのが

絵里にもよくわかった。


「ねぇ、大地。直斗さんは忙しいんだよ。わかったでしょ? だから、これからはどんなことでも、
ちゃんとママに言うんだからね!」

「……うん」


本当にわかっているんだろうか……。絵里は嬉しそうにスキップしている大地を見ながら、

そう思った。





都内のある場所に集まる、政治家や経済界の人間。花岡議員との勉強会……が、

一応の名目だが、実は来期、新民党から立候補することになっている秘書の、

お披露目会を兼ねている。この情報をつかんだ直斗は、二人のターゲットに会うために、

その場所へ急いだ。


「先日も、お会いしましたね……」


瑠美はその声に振り返り、直斗に軽く会釈をする。


「私のことなんて、覚えていらっしゃるんですか?」

「はい、この間のパーティーは、年寄りばかりで、私とあなたしか若い世代はいなかったので……」


互いに声をかけることなく通り過ぎた、先日のパーティーだったが、瑠美の頭の中には、

ちゃんと直斗が記憶されていた。


「父と話しは出来たんですか?」


「……ご挨拶だけはなんとか。なかなか、僕のような若輩者には、順番が回ってきません」


直斗は、そう言いながら会場の奧に目をやった。ブルーのドレスに身を包んだ楓が、

じっとこっちを睨んでいる。


「父は、篠沢さんのことを、ちゃんと知ってますよ」

「エ?」


瑠美はそう言いながら軽く笑い、直斗はさりげなく横に立ち、さらに話しを続ける。


「何も持っていないようなやつが、図々しい……とでも、聞いていらっしゃるんですか?」

「……それは……ここでは言えません」


直斗は瑠美の方を向くことなく、納得するように頷いた。


「どうすれば教えていただけるのかな。その先が知りたいのですが……」


そう言いながら、視線を瑠美の方へ向ける。


「クラシックでも聞きながらなら、教えてあげられるかもしれません……」


自分を誘ってくるような瑠美のセリフ。直斗はこの先の時間が続いていくことを確信する。

そして、何も言わずに会釈した。


「……お嫌いですか? クラシックは」

「いえ、最高の環境でお話が出来るように、すぐにでもチケットを探すつもりです。
急ぎますので……これで……」


直斗はもう一度軽く会釈をすると瑠美の前を通り過ぎた。瑠美はその直斗の後ろ姿を目で追いかけ、

そんな瑠美の視線を感じながら、直斗は楓の方へ歩き出す。


「……来てたんだ」

「悪かったわね、来て……」

「なんだよ、機嫌悪いんだな」


そう言いながら、直斗は肩に触れるくらい近づく。楓は一歩左に避け、距離を取った。


「直斗が政治家を目指しているとは、知らなかったわ」


少し膨らむ楓の頬を見つめ、直斗は吹き出しそうになるのをグッとこらえる。


「何よ、直斗。どうして笑うの?」

「楓、お前妬いてるんだろ……」


直斗は少し顔を傾け、楓の顔を覗き込む。楓はわざと顔をそらし直斗を見ないようにした。


「政治家なんて興味ないよ。花岡議員には、ちゃんと立派な跡取りもいる。
ただ、あのお嬢さんには興味があるんだ」

「よくそういうことを、私の前で平気で言うわよね……」


直斗は左のそでを少しあげ、時計を確認する。


「なぁ……部屋取るか……ここじゃ話せない」


何も返事をしない楓の横で、直斗は携帯を取り、メールや着信がないかの確認をする。

しばらくすると楓のひと差し指が直斗の左足に触れ、スーッと1本の線を描いた。


それが楓の答え。


直斗は楓の背中を軽くポンと叩くと、一人で会場を出ていった。


生まれながらのお嬢さまだからなのか、楓はいつも全てが自分の方向に向いていないと

気に入らないという態度を見せる。


瑠美の出現にやきもちを妬く楓の心と身体は、いつにもまして積極的だった。


「彼女、2年前にロンドンで自殺未遂を起こしたんだ」

「エ……」

「花岡議員が圧力をかけて、記事にはならなかった。県会議員の長男と、新聞社に勤める次男、
そして、15歳年の離れた妹……それが彼女だ」

「15? ずいぶん離れてるのね」


楓は直斗の方へ体を寄せ、愛し合った余韻に浸る。


「彼女は再婚した相手との娘だからね。花岡議員も特別にかわいいんだろう。
ロンドンで青い目の男と恋をして、帰国をめぐって大騒ぎになった。で……」

「自殺未遂?」

「……実際のところ、真相はわからない。あくまでも噂だ。でも、そんなふうに
親から逃げようとしたくせに、結局、父親の顔で、天下り先になるような関連会社に入社した。
だから興味があるんだ」


父親である高次、そして篠沢の家族を憎んでいるのに、その中に生きていこうとしている自分。

なんとなく感じる共通の想い。


「ねぇ……」


楓は体を起こし、直斗に顔を近づけていく。


「何に興味を持って、研究しようが直斗の勝手だけど、私を裏切ったら、許さないから……」


自分ではない女性を愛したら許さない……。そう楓は告げると、直斗に口づけていく。

直斗は楓の頭を抑え、さらに深いキスをした。そのまま体を反転させ、

今度は直斗が楓を見下ろすようになる。


「許さないって……何をされるんだろう……」

「……あ……」


直斗の指が、楓の膨らみへ伸びていく。その微妙な動きにまた、呼び戻される楓の想い。


「あ……直斗……」

「楓……、ごめん、会議だ」

「エ?」


直斗はそう言うと、スッと体を起こし、脱いでいた服を着始める。せっかく上がりかけていた

気持ちを急に落とされ、楓の力が抜ける。


「もう!」


直斗はそんな楓の声に、おかしくなり、思わず口元を緩めた。





「ねぇ、今のところ2位らしい」

「……悔しいわね、2位って」


絵里はいつものようにスーパーへ向かい、作業服に着替え始める。亘が仕掛けた売り上げ競争も、

半分が過ぎ、絵里のいる『東町店』は4店舗中、2位の成績だった。

1位の『さくら公園店』との差は、ほんの少しだ。


「思い切りビリなら諦めるけどさ。どうにかならないかしら。私が1ヶ月分のお菓子を
買いだめしても、どうにもならないわよね……」

「あはは……それいい手じゃないの?」


井戸端メンバー達が、陽気に話す横で、絵里は成績表のグラフをじっと見た。

大地に新しいリュックを買ってやりたい……。この成績をなんとか伸ばすことは出来ないか。


「あの……」

「池村さん、何か?」


絵里は従業員達の控え室へ向かい、帽子を取った。


「ちょっと提案があるんですが……」





それから2週間が過ぎ……


「東町店が抜いた?」

「はい……。なんだかグッと伸びてきまして」


亘はいつものように4店舗の状況報告を受け、書類に目を向けた。『さくら公園店』を抜き、

初めて『東町店』がトップに変わる。


「東町店へ行く時間はある?」

亘は、指で伸びたグラフを差しながら、何か予感を感じ、東町店へ向かった。





「これです……」


店に入ってすぐの場所には、大きな陳列棚があり、今月力を入れる中華具材や調味料が

並べられていた。そこに飾られているどんぶりやれんげ。そして、チャイナ服を着た、

かわいらしいクマのぬいぐるみ。


「これは……」

「池村さんが、食を連想させる物を置いたらどうだと、提案してくれまして。
ここに調味料だけがあっても、どう使うのかわかる人ばかりではないのだからと」


店長の大川が指差した場所には、A6ほどの大きさに揃えられたレシピがいくつか入っている。


「レシピ……なの?」

「はい……。オイスターソースやXO醤など、有名な調味料でも、使い方がわからないと
手が出しにくいので、こんなふうに献立の提案を。若い主婦の悩みの一つが、毎日の献立で、
そのアドバイスがあるのなら、ここで材料を揃えていくんじゃないかという意見がありまして」

「……マニュアル世代ってことか」


亘は頷きながら、ふっと笑顔を見せた。

初めて彼女に会った時、野菜を並べている姿を見て、きっとディスプレーを知っている人だと、

感じたことを思い出す。


少しだけ足を進め、野菜売り場の方をのぞくと、一生懸命野菜を並べ、働く絵里の姿が見えた。

声をかけようとした足が、一歩出たところで止まる。


「この調子で……」


亘は結局、絵里に声をかけないまま、店をあとにした。





そして、『東町店』は、僅差で『さくら公園店』を抑え、4店舗トップとなり、

臨時ボーナス5000円が、それぞれに支給されることになった。


「すごい! 嬉しい!」

「やった……」


パート達も口々に喜びを表現する。絵里も店長から封筒をもらうと、一度しっかりと頭を下げた。


「池村さん、ちょっと……」

「エ?」


店長に呼ばれ、事務室へ入っていく。ソファーに座るように指示され、絵里はそこに座る。


「明日、本社の篠沢部長のところへ行ってください」

「本社? あの……何か」

「篠沢部長が、今回のあなたの働きを評価して、一度話しをさせて欲しいと
そうFAXを寄こしたんだ」


篠沢部長……。それが亘のことであることは、絵里にもすぐにわかった。

わざわざ本社へ呼びつけられるとは……。


「あの……」

「パートの時間でいいそうだよ。もちろん、ここへ出社したことになるから、仕事として、
行ってきてください」


絵里は、断る理由が見つからず、5000円の封筒を持ったまま、小さく『はい』と返事をした。





7 兄弟の微妙な関係 へ……





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コメント

非公開コメント

色々気になりますぅ!!

あぁっ!
もぉ色々気になりますっ!
どっどうなるこの先?!ともうドキワクです!!(><)
誠実そうな直斗は楓と両天秤(他多数?)(--;
亘はどのような対象として絵里を見ているのか気になるし!
大地の前にいる直斗とそれ以外の直斗。
どっちが本当の彼なのか。
絵里自身も子供のためと言い聞かせ過ごしている毎日なのに離れていく大地。
さて、どのようにして絵里の心が動くのか
一体、直斗と亘の関係はいつどのようにして絵里に伝わるのか
楽しみにしていますっ!

気にしてくれて、ありがとう!

ヒカルさん、こんばんは!


>さて、どのようにして絵里の心が動くのか
 一体、直斗と亘の関係はいつどのようにして絵里に伝わるのか

ここは、このお話のポイントの1つですので、こうだよ……とはお話出来ませんが、
じっくり1話ずつ読み進めて確認してください。

楽しみにしていただけて、嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。v-291