CIRCLE piece3 【バトンタッチ】

CIRCLE piece3 【バトンタッチ】

バトンタッチタイトル


「お先です」

本日は10時で終了! 私はバイト先のコンビニから、自転車でマンションに向かう。 

この4月に短大へ入るため、田舎から東京へやってきた。 

2つ年上の兄は、地元の大学に通いせっせと親孝行をしているのに、私は……というと、

将来の夢もなく、ただ漠然と毎日を過ごしている。

それでも、『東京にいたい理由』だけはちゃんと別にあった。

ただし、それはあまりにも不純な気もするけど……。





「拳、早くしろって!」

「待てよ、雄哉。お前何時に起きてるんだ?」

「……5時!」

「それじゃ、うちのじいちゃんだよ全く」


兄の親友。橋口雄哉。彼は高校のサッカー部キャプテン。兄とは小学校からずっと友達で、

うちにもよく遊びに来ていた。

だからもちろん……。


「奈々子。お前一緒に行く?」

「いい。まだ髪の毛洗ってないし……」

「朝風呂に入るのかよ、ゲ……色気づいて!」

「……」


小さい頃から知っている私のことなんて、『妹』としか思っていないもう一人の兄。

サッカー部のマネージャーとして、世話してやったのに、人の気持ちなんて、全く、

なんにもわかってないらしい。


「ごめんな、国立行けなくて。でも、お前はまだ2年あるから。行ったら絶対に、俺、
応援しに行くからさ!」


最後の試合の日も、そんなふうに明るく笑っちゃって……。

……2年なんてないよ……。私は今年行きたかったんだから。


生まれつき少し足にハンデがあるためか、二人の兄はいつも私をかばってくれた。

足を鍛えるためにも、と、どこに行くにも自転車で、東京へ来てからだって、ずっとそうしている。

駅3つ分くらいなら、電車なんて乗らなくたって平気なんだから。


「栗原さん、就職なんだけどどうするの?」

「エ……就職ですか?」


12月に入ったばかりの日、進路担当の先生にいきなり呼び出された。

まだ、入学したばかりですがという私に、短大の就職活動はこんなものだという教師。


「東京に残るか、地元に帰るか、それだけでも決めてくれないと、
こっちも指導のしようがないじゃない」

「はい」


確かにその通りだった。何がしたい! なんて目標を持って東京へ来たんじゃない。

唯一東京へ出たかった理由は、もう一人の兄を追い続けたかったから……。

そんなこと進路指導の先生に、言えやしないけど。


「東京へ行ったら雄哉を頼れよ。いいな!」

「うん……」


本当の兄、拳が何度も口にしたセリフ。私の気持ちに気付いているのかいないのか……。

そこんところはわからなかったけど、そう言ってもらえたことで、私は常にもう一人の兄を

頼りにしていた。





「ねぇ、雄哉。ここのところなんだけど……」

「ごめん、奈々子。今日はこれで終了ってことで」

「どうして?」


いや、最初からわかってるよ。ちょっぴり拗ねて時間をわざと遅らせてやったんだから。


「デートなんだ。大学に入ったらモテちゃってさ」

「ふーん……」 


残ったコーヒーを一気に飲む雄哉。私はレポート用紙をカバンにしまう。


「サッカーしている男は、きっとみんな格好良く見えるんだよ!」

「うわっ、キツイなぁ、お前」


きついんじゃないよ、頭にくるから言ってるだけなんだ。そんな強がった私になんて、気づきもしない。


「さっさと行きなよ。私、まだパフェ食べてないから」

「じゃぁな……」


手を振り、その場を離れていく雄哉。ファミレスから出て、足早に去っていく姿を見ながら、

パフェのクリームを一口分すくう。

どうせ、2ヶ月もたないよ。走り去る後ろ姿に念じるように言ってやった。


そう、私の念力なのか、2ヶ月以上もったことない、雄哉の恋。


そして、今日。駅3つ分の道を自転車で走っていく。待ち合わせの時間まであと10分。

呼び出した私が、遅れるなんて、かっこ悪い。


「はぁ……はぁ……」


店内を見渡し、雄哉のいないことを確認する。どうしても聞いてほしいことがあるんだ。

そう言って呼び出したいつものファミレス。合宿所から一番近いこの店が、

私だけの勝手なデート場所。


就職、東京でした方がいいのかな、それとも地元へ戻った方がいいのかな……。

その答えを聞く。それが今日の課題。

その答えで、私の長かった、長かった恋が終わるかもしれない。


「戻れよ……」

「……」


あまりにもあっけなく言われた。もう少し悩んでくれてもいいんじゃないの?

ずっと、ずっと……雄哉だけを見ていたのに。

あなたは、私にとって『もう一人の兄』なんかじゃなかったんだから……。


「拳もそう言ってたぞ。奈々子に東京は合わないって。戻って地元でしっかりした企業に入れよ。
お前まじめだし、人あたりもいいから、就職出来るだろ」

「東京へ残ったら、迷惑ってこと?」

「迷惑? いや……そうじゃなくて……」


もう答えは出ているのに、諦めたくなくて、なんとか言葉を引き出そうとする。


東京へ残って、俺の試合を見に来てくれ。

そう言ってくれたら、すぐにでも答えが出せるのに。


「奈々子はそのまま……」

「もういい! 雄哉に相談した私がバカだった。もう少し、違うことを言ってくれると思ってたのに。
拳兄と同じことの繰り返しじゃない! そんな言葉なら……もう……いい!」

「奈々子……」


爆発した。頭の中からマグマみたいなものが、絶対に今、吹き出てるよ私。

ほら、沸くと音がするやかんなら、『ピーピー』大騒ぎだよ、絶対に!


「ずっと……」


               『好きだったのに……』



そのセリフを寸前で止める。悔しいから言ってなんかやらない。私は席を立ち、カバンを手に取った。


「おい、パフェまだ来てないぞ」

「いらない!」 


涙で顔なんて見られなかった。その勢いのまま外へ出て、自転車に荷物を乗せる。

私の傷ついた心をわかってくれたかのように、空からも涙がポツリ……と落ち始めた。 

これから駅3つ分、泣きながら、濡れながら帰ってやる!


大好きだった、小さい頃から。あなたにとっては『永遠の妹』であったとしても……。

でも……。


足が悪くても、甘えずに頑張れよ。そう言ってくれた雄哉の薦めで、自転車で学校にも通い、

足も鍛えてきた。サッカー姿にコロッといく女の子が寄ってきても、いつか私に気付いてくれる。

そう思っていた。そう……勝手に思っていたんだよ!


半分泣きながら駅1つ半くらい走った時、道ばたに小学校1年生くらいの男の子と女の子が二人

立っているのが見えた。


「今、取るよぉ……」

「早く! 早く! 飛んじゃうよ!」


道路脇の木にひっかかった風船を取ってくれと頼む女の子。手が届かない男の子は

無理なのに何度もジャンプする。私は自転車を止めて二人に声をかけた。


「風船取りたいの?」

「うん……お姉ちゃん取ってよ」

「……」


背伸びしても届かない。それでも私を頼っているような二人の表情を見たら、『これは無理』なんて

言えないなぁ。


「ねぇ、二人でこの自転車を抑えておいてくれる? お姉ちゃん、ここへのぼって 取るから」


サドルへ乗って、手を伸ばせば十分に取れる。そう思った私は、頼りない助っ人二人に、

自転車を支えるように指示をした。


「いい? 揺らさないでよ」


自転車のサドルに乗り、不安定な状態のまま風船へ手を伸ばす。

紐をつかみ、下へ降りようとした瞬間。思い切りバランスを崩し……。


「あ……」


崩れ落ちそうになったその時、力強い支えに助けられた。


「バカ! 足のこと考えろよ、奈々子!」

「……」


雄哉だった。何? 追い掛けてきた? いつの間に? 

思いがけない登場に言葉が出ないけど、無視するように視線を外し、二人に風船を手渡す。


「ありがとう、お姉ちゃん」

「気をつけてね」


二人は嬉しそうに走っていった。私は、そのまま自転車のストッパーをあげ、

何事もなかったかのようにまた走り出す。後ろをついてくることは音でわかっていた。

時々店のガラスに映る影で、その姿を確認する。

私を止めるでもなく、声をかけるでもなく、ずっとついてくる……あいつ。


『もう一人の兄』なんていらないんだから! どっかに行っちゃえ! そう思いながら走り続けた。

そうしたら……


「エ……」


ある瞬間に、本当に雄哉が消えていた。


消えてくれと言っていたのに、消えてしまった瞬間涙がボロボロと溢れてきた。

それに合わせるかのように、雨足も少しずつ強くなる。


二度も裏切られた……。


消えてくれって思ったからって、消えることないじゃない。

もやもやした気持ちのままマンションに戻っていくと、そこには先に着いた雄哉が立っていた。


「奈々子、どこ走ってるんだよ……」

「エ……」


どこって、いつも走る道だけど……。そう思いながらもふくれっ面の私。


「あの川の分かれ道から、左に入ったら早いんだぞ。まさか知らないのか?」

「……」


雄哉が消えた……。それって近道だったの?


「どうしてそんなこと知ってるの? ここへ来た事なんてないじゃない」

「……」


少し照れくさそうに下を向く雄哉。何よ、その顔!


「いつも、寝る前の走り込みのコースなんだ。奈々子がちゃんと帰ってるのか、確認できるし……」

「……」


走り込み……毎日ここへ来ていたってこと? 私は『きょとん』の表情で雄哉を見る。


「奈々子が東京へ出てくる時、拳と約束した。中途半端な気持ちなら、
奈々子に絶対に手を出すなって……」

「……」

「俺も男だし、人生はどうなるのかわからないから……なんて、そう思ってた。
拳との友情は絶対で、失えないし。なら、奈々子のことは……」

「……」


雄哉はその瞬間、私の方を向いた。こんなふうに見られるのは初めてで、金縛りにあったように、

私は動けない。


「でも、奈々子に泣かれてわかったよ。あれはダメだ。お前に泣かれるのは、拳とケンカするより辛い」

「……」


雄哉の左手が私の背中に伸び、グイッと引き寄せられた。

初めて包まれる男の人の胸。こんなに厚くて、あたたかいんだ……。

心臓のドキドキが最高潮になり、口から飛び出そうな気がする。


「なぁ、奈々子。一緒に拳に殴られてくれるか?」

「……エ」

「殴られてくれるだろ」


私は無言でうなずいた。ずっと、ずっと雄哉だけを見続けていたんだよ。

お兄ちゃんに殴られたって、怖くなんかない。

雄哉の右手が私の頬に触れ、顔がゆっくりと近づいてきた。

目を閉じた瞬間、唇が触れる。


このまま倒れてもいい……いや、だめ。


倒れたくなくて、懸命に雄哉の上着をつかむ。


やっぱり離れたくない、ずっと一緒にいたい。

初めてのキスの味は……わからなかった。


「……クシャン!」


雨に濡れて走ってきた雄哉が、大きなくしゃみをする。


「あ、部屋にタオルあるから、拭いた方がいいよ……」

「奈々子。今、入ったら俺、殴られるだけじゃ済まなくなるぞ」

「……」


その意味がわからないほど、子供じゃないよ。


……でもね、私は一緒にいたい。


その強い意志で雄哉の手を引いた。一瞬、驚いた表情で私を見たけど、少しだけ照れくさそうに

階段をのぼり始める雄哉。


「拳兄、奈々子には優しいから大丈夫だよ、雄哉が裏切らない限りは……」

「はい、肝に命じます!」


ずっと守ってくれたお兄ちゃんから、今日バトンタッチの時が来た。

これからはずっと……雄哉が奈々子のそばにいてよね。


破ったら……許さないから!
                                      piece4 へ……





しあわせ……って、人それぞれだよね

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