KNIGHT2 第2話

★2話




私は、理久よりも1年早く社会に出た。

入社したのは、『NAITOH』といって、

オフィス機器や、それに関連する消耗品などを卸す会社になる。

それぞれ営業先を回りながら、使い勝手の悪いものはないか、

消耗品で切れているものはないかと聞きまわる。

まぁ、富山の薬売りのようで、細かい事務用品を管理する手間が省けると、

結構契約を交わしてくれる企業は多い。

企業だけではなく、公共施設関係もあり、その中に実は『大渕中学校』がある。


「おはよう、おはよう、イェイ、イェイ、イェイ!」


1年目の新人、北沢卓也はあるアイドルの大ファン。

こうして営業車で移動をするときも、当たり前のようにCDをかける。


「ねぇ、北沢君、同じ曲ばかり聴いて飽きちゃった。ラジオにしない?」

「飽きましたか? それなら堀切さん、足元にケースがありますから、
そこから別のCD、出してください」

「は? 何? 営業車に持込しているの?」

「はい……」


いやな予感がしながら開けてみると、やはり『アイドル』のCDばかりが並んでいる。

しかも、ご丁寧にネットから写真を貼り、オリジナルなジャケットまで存在する。


「どれも同じにしか見えませんが」

「違いますよ。『緑子』がセンターのものもあるし、
『紫乃』や『青絵』がセンターのものもありますから。
スローな曲がお好みですか? それともガンガン来るようなものがお好みですか?」


緑? 紫? 青? そういえばこのアイドルユニット、

私が小さい頃に憧れた『レインボーナイト(虹色の騎士)』を意識したコスチューム、

着るんだよね。


「もういいや、なんでも」


私はCDをケースにしまい、窓から見える景色に集中した。

『大渕駅』を通過すると、『大渕中学校』の学区になる。

私たちの住む場所が、大手電鉄会社の分譲だったように、

このあたりも、ある一時期、大手の不動産が一気に買収をし、

駅を挟んで、急激な開発を行った。

そのおかげで、高層マンションが建ち、人口が増えたのだが、

昔からの商店街を構えていた駅の反対側は、

商売が成り立たなくなるとスーパーが出来ることに反対し、買収交渉が難航した。

その間に、時代のバブルがはじけ、交渉は決裂したまま消えてしまい、

地元の商店街は、取り残されたまま時を重ねてしまう。

地元を離れられない年配客を相手に、細々と商売を続ける人たちと、

高層マンションに都会のイメージを持ち、この地へ越してきた人たちとが入り混じり、

そのどちらの子供たちも受け入れながら、『大渕中学校』は成り立っていた。


「『NAITOH』です。お世話になっています」

「あ……どうも」


『大渕中学校』の職員室、まずはここに入り、先生方に挨拶をする。

私たちの担当をしてくれているのは、谷山先生。

2年の学年主任、女性、独身、51歳、趣味はお琴。


「先生、トナーの補充、用紙の確認をさせていただきます。
印刷室の方は大丈夫でしょうか」

「あ……はいはい。聞いていますので、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


3列ある職員室の椅子と机。理久はその真ん中の列、さらに奥の方。

理久の机はすぐにわかる。ジャージの上着が、椅子にかかっているから。

今はきっと授業中。


「島本先生は、今授業中ですよ。えっと、どちらだったかしら、体育館?
いや、グラウンド?」

「いえいえ、先生、仕事で来ていますので」


この谷山先生。私と理久の事情もよくご存知で、こうして仕事で来るたびに、

理久は今いないのだとか、そういう情報を付け足してくれる。


「学生の気持ちもよくわかってくれる先生でしょ。人気者なのよ。
忙しくてデートにもならないわよね、しかも部活を担当すると……」


谷山先生から印刷室の鍵を受け取るまでの我慢だ。

ここはしっかり愛想笑いをしておかないとね。理久の職場だし。


「原田君! ちょっと待って、原田君!」


職員室の隅で先生と話していた男子生徒が、職員室を飛び出した。

若い女の先生は、出席簿を持ったまま、ためいきをつく。


「立花先生……また原田君が何かをしたの?」


立花先生……

この人が、あの立花先生なんだ。何度も理久に電話を寄こした……


「何度言っても、体験授業の用紙を提出しないんです。
昨日、家の方には電話をしたのですが、おばあちゃんが出て……」

「おばあちゃんだと、よくわからないでしょう」

「はい。お母さんは、また留守らしくて」

「まぁ……」


こういった話をしている時に、いるのは避けないと、

立ち聞きしているように思われても困る。私は北沢君を連れ、印刷室へ向かった。


「A4の用紙、3箱くらい入れておきましょうか」

「そうだね、前回の数字を見ると、結構使っているみたいだし」


私たちは、タブレットを開き、『大渕中学校』の数字を呼び出した。

商品を管理しているセンターに、不足しそうな備品をピックアップし、送信する。

入力した次の日には、荷物として学校に届くはず。


「あの……」

「はい」


印刷室に顔を出してくれたのは、立花先生だった。

学生と話をしていたので、次の授業に使うプリントを印刷し忘れたと、

頭を下げてくれる。


「すみません、この時間は印刷室が使えないと聞いていたのですが」

「いえいえ、いいですよ」


やろうと思っていて忘れてしまうことなんて、私にもよくあること。

タブレットを持ち、その場所を立花先生に譲る。


「今、谷山先生にうかがいました。私が、印刷室が使えないことを忘れて、
どうしようかと言ったら、堀切さんが島本先生の婚約者だって……。
きっと、頼んだらどうぞと言ってもらえるわよって」


立花先生はそういうと、

島本先生には、いつもお世話になっていますと改めて私に頭を下げてくれた。


「島本先生、とてもしっかりしていて、同期だとは思えないくらいです。
私なんて、問題のある生徒が出ると、ただ、慌ててしまうだけで」


私のことではないのだけれど、それはわかっているのだけれど、

理久が褒められているのは、とても気分がいい。


「島本先生、堀切さんの話をしてくれたことがあるんですよ」

「エ……私の話ですか?」

「はい……」


印刷機がガタンガタンと音をたてて動き出して、

同じ教材を印刷した紙が、リズムよく流れてくる。

私は、理久が言うのは、どうせ悪口じゃないですかと、一応謙遜して見せた。


「いえ……よく話して、よく笑って、よく怒るって」


ガタンがタンという印刷機の音に、隣にいた北沢の笑い声が紛れ込む。

私は、なんとか笑顔に表情を保ったまま、北沢の足をじんわりと踏みつけた。





昨日に引き続き、島本家の食卓。

今日は私が母からおすそ分けされた煮物を持ち、お邪魔する。

おじさんは今日も遅い。


「あはは……」


目の前には、お笑い番組を見ながら、少し遅めの食事をする理久。


「あぁ……笑える。いずみ、おかわり」

「ねぇ」

「何」

「今日、『大渕中学校』へ行ったのよ。立花先生にお会いした」

「あぁ……そういえば言っていたな。お仕事の邪魔をしてしまったって」


炊飯器のご飯が少なくなったので、保温のスイッチを切って、

ご飯をよそったおしゃもじは、小さなボールの中に入れて、水をはる。

こうしておかないと、こびりついてしまって、取れなくなるからね。


「よく話して、よく笑って、よく怒る……ねぇ、理久。
立花先生に、私のことをそう話したの?」

「ん?」


茶碗を受け取る理久の顔が、一瞬、昔に戻ったように見えた。

予定外のことが起きたりすると、普段は冷静な男なのに、目がまんまるくなって、

フリーズすることがある。

大事なものをどこに入れたのかわからなくなった時の、子供の頃と変わらない。


「……言ったの? 言わないの?」

「少し待てよ。そう急に……あ!」

「言った?」

「それって、東野の話をした時のことか?」

「東野?」


『大渕中学校』2年生には、東野瑤子という女子学生がいるらしい。

彼女は、駅前に聳え立った高層マンションの住人で、

母親がスチュワーデス、父親がプロミュージシャンだと言う。


「東野はさ、クラスのリーダー的な存在で、原田にも平気で立ち向かっていくんだ。
その様子を見ていたら、いずみのことを思い出してさ、
それで立花先生にそう言った……気がするなぁ」


原田……原田謙吾、同じく『大渕中学校』2年生。

そう、私と北沢君の到着とすれ違うように、職員室から逃げたのがこの男子学生。

彼は、開発に乗り遅れた商店街の中にある『原田理容店』の孫。

原田君の母は、このうちの一人娘で、離婚した後、息子を連れ実家に戻ったが、

遊びくせは治らず、しょっちゅう家を開けるため、育児は祖母がしてきたと言う。


「クラスの女子たちは、ぶっきらぼうな原田が怖くてあまり話さないのに、
東野は全然平気なんだ」


職業からすると、それが当たり前なのかもしれないが、

理久が教師になってから、話の9割が学校のことになった。

生徒の話、同じ教員の話、特徴のある親の話、

どこか楽しそうで、聞いている私もいやな気持ちにはならない。


「また、原田も文句を言いながらさ、
そうそう、『うるせぇ、ブス』なんて言いながら、東野の言うことは、
よく聞いているんだ」

「ブス? 全く、いつの時代も変わらないのね、幼い男の言葉づかいの悪さは」


『ブス』

全国共通、男子が女子を非難する時にいう言葉。

いや、追い詰められて、どさくさ紛れに言ってしまうことも多いけれど。


「中学くらいの男はな、複雑なんだよ。体も心も少しずつ大人になっているし、
興味も持つようになるから、女子のことを妙に意識してしまうんだ。
でも、そんな自分を見せるのもいやだから、悪口を言うことでバランスを保つ」


なんだか妙におかしくなった。

まともに正論を述べている理久だけれど、

私だって何度も『ブス』と言われたことがある。

そのたびに、理久のおねしょの話や、どぶに落ちたときの話を披露して、

仕返ししてやったっけ。


「何笑っているんだよ」

「いえいえ、理久もそうだったじゃないのと思って。私に会えば文句を言ってさ、
あぁ……そうだったんだ、あれは愛情の裏返しかと思うと、笑ってしまったの」


中学の頃の同級生、近藤亜佐美が言っていたなぁ。

島本君は、いつもいずみを目で追っていたって……


「あれは、本当に腹を立てていたからだ」

「ん?」

「お前は卑怯なんだよ。幼なじみだから知っているというネタを平気でばら撒いて。
俺は言わずに黙っていたのに」

「何? 私が卑怯?」

「あぁ……。人がおねしょした話を、よくしていたけれど、
お前だって公園から戻ってきて、玄関の前でいきなり泣き出したことがあっただろ。
トイレを限界まで我慢して、必死に走ったけれど、玄関前で力尽きて、そこで……」

「うわぁ!」


私は隣の堀切家に届くほどの大きい声を出し、理久の思い出話を阻止してやった。



思い出した。

そう、遊ぶことが楽しくて、帰ろうと思いながらも限界まで公園にいて、

で、急いで帰ってきたのに、玄関前で力尽きた私。

濡れてしまった足と下着をどうしたらいいのかわからなくて、泣いてしまって、

理久が『僕のズボンとパンツを貸してあげる』って、そう言ったっけ。



……はぁ……



そうか、記憶って自分にだけあるものではなかったんだなぁ……





第3話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も5周年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント

おめでとうございます(*^_^*)

5周年、おめでとうございます^^
よくぞ書き続けてくださった、これからも書き続けてください^^

懐かしい面々の物語が帰ってきて嬉しいです
そして、前回の「Flow」とはまったく違ったもので
拍子抜けしそうな感じですが^^;
でも、今回は気楽に読めそうです
しかし、その期待も見事に裏切られそうな気もしますね^m^

ありがとうございます

yokanさん、こんばんは
お祝いのコメント、ありがとうございます。

書き続けているというよりも、
半分『読ませ続けている』という脅迫じみたものさえ感じますが、とにかく好きなことを続けていられるのは、嬉しいですし、楽しいなと実感しています。

みなさんの応援があってこそなので、
これからもお気楽なお付き合いを、お願いいたします。

>前回の「Flow」とはまったく違ったもので
 拍子抜けしそうな感じですが^^;

あはは……確かに。
大きな秘密! とはいかないでしょうが、
二人にもあれこれありますので(笑)

よろしくお願いします

拍手コメントさん、こんばんは
発芽室では、コメントを公表しない選択をしてくれた方には、
このような呼び方で、お返事をしています。

読み手の方々の感想はそれぞれで、
私も色々な御意見など、参考にさせていただきたいのですが、
内容に全く関係のない書き込みは、ご遠慮いただきたいと思います。

読んでいただいてだとしたら、大変申し訳ありません。