KNIGHT2 第6話

★6話




営業車に乗り、北沢君のハミングを聞きながら、私は写真を何度も見た。

理久はどう説明するのか、すぐに謝ってくるのか、絶対に人違いだと突っぱねるのかと、

頭はどうしようもない計算式であふれかえっていたのに、

いざ本人に問い詰めると、あまりにも呆気なくこの写真が自分だと認められ、

私は予想外の出来事に、用意していたはずの攻撃的なセリフさえ出なくなる。


「説明……してよ」


どこか力の抜けた、少し泣きそうな声しか出せないなんて、情けない。


「いずみこそ、これ、どこで手に入れたんだ。送られて来たのか?」

「話をはぐらかさないでよ、今、この写真が自分だって認めたでしょ」


写真がどこから来たのかなんて、そんなこと二の次だ。

ここに映っているのが間違いなく理久と立花先生で、

その場所がいかがわしいことを想像させるような場所だということの方が、

はるかに問題が大きいはず。


「あぁ、認めた。これは俺の写真で、隣にいるのは立花先生に間違いない。
でもな……」

「でも?」

「でも、これは本物の写真じゃない」

「は?」


本物の写真ってどういうこと?

理久は見たくもない写真を私の方に向けると、背景になる場所を指差した。


「これは合成写真だ」

「……合成?」

「あぁ……よく見てみろ。いずみが何を勘違いして、
イライラしながらここへ来たのかはわかるけれど、それは違っている」

「違う?」


合成だとか違うとか言われてしまい、私は写真を両手でしっかりと持った。

私には、理久の言っている意味が、半分も理解出来ていない。


「あのさ、もしお前が心配しているように、
俺と立花先生が、こういう場所に出入りした……と考えてみよう。
その時、俺、上下ジャージで行くか?」



ジャージ?



確かに、理久の写真、服装は上下ジャージだ。

職員室の椅子の背もたれに、いつもかかっているあのジャージ。


「それに、立花先生が両手で持っている物。これはカバンじゃなくて、出席簿だろ」


黒い四角いものを、私は状況から勝手にバッグだと判断したが、

確かによく見てみると、色の薄い部分と濃い部分があり、

理久の言うとおり、出席簿と言った方がしっくりくる。


「あ……本当だ」

「だから聞いたんだ。いずみはこれをどこで手にした」


頂点まで来ていた怒りは、沸点を間違えて、一気に冷却に向かう。


「大淵中学校。ほら、印刷室で仕事をしていたら、学生が来て……」

「学生?」

「そう、初めて見る子だった。背はあまり高くなくて……」

「メガネか……」

「あぁ、うん、そう、メガネをかけていた」

「鳥居だ……」


理久は納得するように頷きながら、鳥居という名前を明らかにした。

鳥居君は、原田君とは別で、隣町から入ってきた転校生の問題児らしい。


「この写真は、授業が終わった後、俺と立花先生が並んで歩いたところを見て、
携帯かなんかで撮ったんだろうな」

「携帯で? で、背景は?」

「背景は、街の写真をUPしているサイトとか、ネットを探せばこんな写真、
ゴロゴロ転がっているだろ、それと合成して、いかにもここにいるように作り上げた」

「……学生が作ったってこと? これ」

「学生って言っても、今時の中学生は、パソコンにも詳しいヤツは多くて、
こんなこと、簡単だと思うよ。ほら……アイコラって聞いたことないか?」

「アイコラ?」


理久の説明によると、アイコラとは、『アイドルコサージュ』の略で、

好きなアイドルの顔写真を、別の女性のヌード写真と合成し、

まるでその人のヌードであるかのようなものを作り出したりすることらしい。


「そんなこと、していいの?」

「それは著作権とかもあるから、もちろんいいわけではないけれど、
ネットでは誰がどこで作っているのかわからないところもあるだろ、
規制も難しいんじゃないかな。そういうものを作るソフトだって、
今じゃ、無料で出している人もいるし……」

「ふーん……」

「昔はな、好きな女の子の写真を持ってきて……あ、そうそう、
中学の時のバスケ部だった田中、覚えてるだろ」

「バスケ部……あぁ、あの……」


私達の中学時代、理久はバスケ部に所属していた。

私の所属する吹奏楽部が、最後の演奏会をすることになり、

当時、仲の良かった近藤亜佐美が、理久に招待券を渡したため、見に来てくれた。

そこに一緒にいたのが、大きな飴を口の中に入れて、コロコロ転がす田中君。


「あいつさぁ、近藤のことが好きで、どこかから見つけてきたエロ雑誌の裸に、
近藤の顔写真を貼り付けたことがあったな……」

「は? 亜佐美の写真?」

「そう、俺たちの頃は、今ほどネットなんて普及していないしさ、
涙ぐましく努力を……」

「努力じゃないでしょうが、気持ち悪い! やだ、もう!」


田中君のことを思いだし、なんだか苦笑いだけれど、でも、ほっとしたからなのか、

一気に疲れが出る。ベッドサイドに腰かけて、あらためて写真を見た。

よく見たら、しっかりみたら、おかしいことに気づくはずなのに、

全く気付きもしないなんて。


「鳥居は、いずみと俺のことを誰かから聞いて、で、いたずらしたんだろうな。
お前が、この写真を見て、青い顔をしているのを、どこかでニヤニヤ見ていたはずだ」


どこかで見られていたのかと思うと、

あの後の慌てぶりは、さぞかし楽しいものだっただろう。

20代も半ばになろうかという年齢で、10代前半にからかわれたと思うと、

情けなさが先にくる。


「そっか……いたずらか……」

「行くわけないだろうが、そんなところに」

「そうなんだけどさ」


そう、理久がどんな性格で、どんなことを嫌うのか、

私はわかっているつもりだったけれど、人の感情なんて、ほんの少しの疑いと、

ほんの少しの戸惑いが加われば、一気に支配されてしまう。

立花先生が、普段からあまりコンタクトを取る人でなかったら、

そうは思わなかったのかも知れないけれど。


「立花先生、理久によく電話をかけてくるでしょ。一度話し始めると、
結構長い間戻ってこないし。ほら、レストランでも、シャーベット待ってもらったし」


私の両手に収まっていた写真が、いつの間にか隣に腰かけてきた理久の手に渡る。


「立花先生のさ、お父さんの具合がよくなかったから」

「お父さん?」


立花先生のお父さんが、1年前に行った手術。

その術後経過があまりおもわしくなく、看病をしていたお母さんまでが疲れてしまった。

理久は、以前、おばさんが入院していた病院の先生が『肝臓の名医』なので、

一度診察を受けてみたらどうだろうかと提案し、

立花先生もそれを受け入れてくれたという。


「もちろん、学校で話せばいいことなんだけれど、学生の目もあるし、
俺も立花先生も、まだ新人に近いだろ。
家族のことばかり話しているのは避けたいって、彼女は思っているみたいなんだ」

「そうだったんだ……」


学校内では、あくまでも学生を一番に考えていたい。

それは理久と立花先生の共通の思いで、自然と仕事終わりの電話が増えたという。


「で、お父さんは?」

「うん……検査入院をしたら、大丈夫らしい。
気持ちの問題だろうから、少しずつ上向きになるはずだって」

「そう……」


くだらない学生の悪巧みで、気持ちが乱されたことは事実だけれど、

そのおかげで、もやっとしていた気持ちは、一気に晴れた。

嬉しさとほっとした安心感で、私の頭を、理久の肩に乗せてもらう。


「いずみ……」

「何?」

「シャンプー変えたんだ」

「……あれ? わかるんだ」

「わかるよ」


そう言った理久の左手が、私の髪の毛の中に入り込む。

くすぐったいような感覚が、時間と状況をお構いなしに刺激する。


「あ……イッ……」

「ん?」


なんだろう、下腹部が急に痛んだ。

食べた夕食、何か問題があったかな。


「どうした……」

「ごめん、ごめん、大丈夫」


流れのままに流れるわけにもいかず、くすぐられた気持ちは、

互いに合わせた唇の熱で、そっと逃がしていく。

せっかくの記念だからと、私は学生のくれた写真をまた手帳に挟み、

リビングでうたた寝をしていたおじさんを起こしながら挨拶し、島本家を後にした。





「いってきます」

「ハンカチ持った? 暑くなったから、みっともないわよ、ないと」

「わかってます」


いまだに小学生に対してかけるような声を、母にかけられ、家を出る。

理久は、顧問をしているハンド部が、地区大会を控えているため、

いつもよりも早く家を出たはず。

隣の植木鉢が風に倒されていたのが気になり、門を開けると、それを元に戻す。

今度の休みに、少し花を入れ替えようと思いながら、駅への下り坂を歩いた。





今日は、『NAITOH』の健康診断日。

大きな総合病院と提携しているため、部署ごとに日程を決められ、

勤務時間内に受けに行く。渡された書類に記入を済ませ、検査用のコップに名前を書き、

昨年も行った作業を、一つずつこなしていく。

待合室に座り、時間つぶしに持ってきた小説を開くと、

半分くらい読んだところで、名前を呼ばれた。


「失礼します」

「はい、こんにちは」


今年も、健康診断の担当は、この鈴木先生。

サバサバとしていて、とても話しやすい。


「えっと……あらかじめ書いてもらった問診票ですけれど、痛みが強くなったって?」

「あ……はい」


私は、ストレスや仕事の環境が変わったことなどを話し、

今思えばそれほどたいしたことではないと、笑顔で答える。

鈴木先生は私のコメントをPC画面に打ち込みながら、逆に質問を返してきた。

私はそれに答えながら、『これで終了です』の声を待つ。


「うーん……年齢いくつだっけ、今年5?」


5というのは25ということらしい。私は頷き、何か問題がありますかと聞き返す。


「念のため、検査だけしておいたらどうかな」

「検査?」

「堀切さん、まだ若いから、普段、子宮の検査とかしてないでしょ。
違和感を感じて、自分で病院に行って検査したら結構かかるけれど、
今回は企業の健康診断だし、私がそれを必要だとすれば、お金は払ってもらえるじゃない」


鈴木先生が、あまりにも簡単にそう言うので、

話された内容に、確かにその通りだと思えるので、

断るのもなんだし、私はわかりましたと答えていた。





第7話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も5周年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

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