【S&B】 17 立場の違い

      17 立場の違い



守口と濱尾を連れ、久しぶりに昼食を取り営業部へ戻ると、いつものように三田村が、

持参した弁当を食べていた。


「あ、これ、パッチワークって言うんだよな、姉さんが同じ本を読んでたよ」

「……あ、そうなんですか?」


三田村は濱尾の問いに、軽く返事をした後、弁当箱をしまい始めた。食べ残しが多かったのか、

濱尾は具合でも悪いのと心配し、三田村はそんなことはないと否定する。


濱尾が三田村に、優しい言葉をかけたその日、僕は打ち合わせのため、少し早めに退社した。

頭の中で営業セリフを組み立てながら歩くと、以前見た目つきの悪い男が、

また花壇の端に座っていた。

その男の正体は、それから3日後に判明する。





その日は守口も残業し、第一営業部には男だけが3人残った。僕は魚沼部長に提出する書類に

目を通し、不足部分を書き入れる。慣れていない筆記具は余計な力が入り、

なかなか気分が乗ってこない。



『会ってくれないなら、これ、もらっちゃいますよ』



僕の焦る顔を見ながら、楽しそうにタクシーで消えた京佳さんの笑顔が、ふと頭をよぎる。

その時濱尾が、何分か前に退社した三田村が外へ出るのを見て、少し残念そうな声をあげた。



「あの男、三田村さんの彼なんだろうな……」

「は? どこ、どんなやつ?」


濱尾の声に守口が席を立ち、窓の外を見る。僕は書類を見たまま視線を外さなかったが、

次の言葉に動きを止めた。


「あの花壇のところに座っているやつですよ、ほら、一緒に帰って行く」

「あ……本当だ。あいつ、ここのところよく来てたよな。なんだ、三田村さんのお迎えか……」


花壇の横を女性が通ったとき、上目遣いで舌打ちをした男。あの時の、嫌な男の横顔は、

しっかりと残っていた。三田村がどんな男性を選ぼうが、僕の詮索出来ることではないが、

彼女のイメージとはあまりにも違う男の存在に、形の捕らえきれない疑問が浮かぶ。


「濱尾、ショック!」

「いや……守口さん、僕は違いますよ、そうじゃないですけど……」


濱尾は本音を言われて焦ったのか、PCの配線に引っ掛かりそうになりながら、慌てて席へ戻る。

守口はコーヒーカップを片手に、そんな濱尾を笑いながらからかった。


濱尾と守口が見かけた光景を、僕が見たのは、その次の日だった。

花壇に座っていた男は、三田村が出て来た瞬間に立ち上がり、その少し前を歩く。

三田村は嬉しそうにかけよるわけでもなく、ただその後ろをぴったりと歩いていった。


琴子が家に来た時、悟が送ることはあるが、その時はあんなふうに別々に歩いたりはせずに、

嫌がられても肩を抱き、寄り添うように歩く。待っていてくれたことは嬉しいはずなのに、

後ろを歩く三田村は、駅の階段につくまで、彼に話しかけるような仕草を取ることもなく、

前の男も、三田村に声をかけることはなかった。





「あ……すみません、すぐにやり直します」


いつも失敗の多い彼女だが、近頃はさらにパワーアップし、何度も失敗を繰り返すようになった。

緊迫している状況ではないからか、メンバー達は笑うだけで、空気が尖ることもない。


「三田村さん、ポーッと別のこと考えちゃってるんでしょ」

「エ……」


男と帰る姿を見た守口にからかわれても、意味がわからない三田村には通じてないようだ。


ふと考えるとここのところ、ぺこすけが、『すいーつらんち』に現れることもなかった。

彼との時間が楽しくて、暇がないのかもしれないが、どこか集中力のない彼女の表情と、

以前見た腕の青あざが、舌打ちをした男の存在と重なる。





そんな日々を何度か繰り返していたある日。今日も、ぺこすけからのコメントは無理だろうと

思っていると、一覧の中に名前を見つけ、僕はすぐに開く。


     > チーズさん、久しぶりに生チョコケーキを食べました。
       『ランポワ』という小さなお店ですが、ケーキもチョコも美味しいんですよ。


ぺこすけが三田村だと気付く前は、彼女がこのブログに来ない日があっても、

あまり気にならなかったが、結び付いてからは逆に気になり、元気そうなコメントに、

感じた疑問が、取り越し苦労だっだと少し安心した。





カレンダーは6月になり、蒸し暑い雨の日が多くなる。傘を閉じ、気を抜けば滑りそうになる

階段を上がると、給湯室の中で、原田と三田村が真剣な顔で話す姿が見えた。


「おはよう」

「……あ、主任……お、おはようございます」


いつもならこっちが言う前に挨拶をし、何においても余裕のある原田らしくない、

慌てた様子を不思議に感じたが、特に立ち止まることなく営業部に入る。

当番の今野が各自のデスクを拭きながら、入ってきた僕に頭を下げた。

予定表を見ると、今日の午後、『プロック製薬』との打ち合わせがあるはずで、

給湯室から戻ってきた原田に、最終書類を提出するように声をかける。


「主任……それが……」





「紛失した?」

「すみません、私のミスです。彼女にまとめを頼んだのが間違いでした」

「……すみません」


1週間前に、魚沼部長に提出した『プロック製薬』のファイル。原田がまとめた資料を、

三田村が謝って紛失した。原田には他にもこなす仕事があり忙しそうだったので、

三田村がそのまとめを自ら引き受けたのだと、二人が話す。


「それで?」

「あと4時間ありますから、部長に提出した資料は残ってますので、
それを使ってなんとか打ち込んで、必ず間に合わせます」

「データ作りには何日かけた」


原田は一度黙った後、小さな声で3日と告げた。正式書類手前のものを僕も見たのだから、

それくらいの時間はかかることくらいすぐにわかる。ファイルをなくした張本人の三田村は、

その間も黙ったまま下を向き、どこかをじっと見たまま動かない。


「3日かけたものを4時間で……それは無理だ。出来るはずない」

「でも……なんとか」

「やめておけ。先方には僕から連絡を入れる。今日の打ち合わせは中止してもらおう」


こちらのミスなのだから、少しでも迷惑がかからないよう、連絡を急がなければならない。

僕は営業部に戻ろうと、会議室のイスにかけてある上着を手に取った。


「待ってください、主任。でも、今日じゃないと期限が……」

「原田、無理に書類を提出して、もし、数字に間違いでもあったらどうする。1が2だけで、
金額が全然違うんだぞ。事情はきちんと話しをするが、もし、向こうが無理だというなら、
今回は降りるしかない」

「そ……」


僕は慌てている原田の横で、下を向いたままの三田村の方を見た。

こっちの緊張感が伝わらないのか、彼女の表情は同じスイッチに入ったままで、どこかうわの空だ。

失敗に慣れているのか、それとも派遣だから関係ないと思っているのかと、ついキツイ視線を向ける。


「三田村……」

「あ……すみませんでした」


覚えた言葉を繰り返すような安易な謝罪に、僕の怒りがわき上がる。

長い付き合いの取引先に迷惑をかけると、こっちで原田と二人、必死に考えているのに、

この態度はあまりにもひどい。だから責任の背負えない派遣社員を営業部に入れることに

僕は反対だった。所詮、立場の違いは、簡単には埋まらない。ここのところの彼女が、

どこか集中力がないことを心配したことを後悔し、さらに口調が強くなる。


「君にも責任感はあるだろう! そんな返事をして仕事に取り組むからこう……」


その言葉を浴びた三田村の表情が、初めて悲しい顔に見えた。


「申し訳ありませんでした……」


それでも結局、彼女の口から聞けたのは、同じような謝罪の繰り返しだけで、

僕はそのまま彼女に背を向け、会議室を出た。


前任者の守口のおかげで、『プロック製薬』とは別の日に会ってもらえることになった。

原田はそれを聞くと安心したのか、少し涙を浮かべ、横にいた三田村はその時もただ黙っていた。





急な出来事に乱された一日が終わり、僕は誰もいなくなった営業部で、三田村のデスクに

寄りかかった。きちんと整頓された場所には、小さなカレンダーが置かれている。

何気なくそのカレンダーを手に取ると、祭日でもない6月18日に印があった。


ポケットに入れた携帯が揺れ、メールが届いたことを知らせる。

そのアドレスは見慣れないものだったが、開けてみると、差出人は京佳さんだった。

挨拶文から始まることなく、いきなり日付と待ち合わせ場所が書いてある。



『無理なら早めに連絡くださいね。あなたの相棒が、助けに来てくれるのを、待っております』



メールはその一文で終わり、添付ファイルには、僕の万年筆に細いひもをくくりつけ、

まるで柱に縛られた人質のように細工された写真があった。

人の持ち物を勝手に盗んでおいて、助けてくれもないものだと、僕は呆れて手帳を取り出す。


あの万年筆が買ったものなら、間違いなく無視したメールだが、祖母からの就職祝いでもらった

思い出の品に、仕方なくその日の予定をチェックした。





18 関係のない関係 へ……




いつもおつきあいありがとうございます……

ランキング参加中です。よかったら1ポチ……ご協力ください。

コメント

非公開コメント

あぁ・・なんてこと・・・

ももちゃん こんばんは

寝るまえに読んじゃったよ~~(T T)

三田村さん、何か事情があるんだと思うけど、何も言わないから怒られちゃって・・・

そこに京佳さん登場!
ますます混迷だわ!!

悶々とした心のまま、お布団に入ります・・・
(次は早くUPしてねー)


追伸です^^
コメントのお返事をなかなか探せないのですが・・・
(コメント一覧が見られるって以前聞いたような気もするけれど ブログの管理人さんだけ?)
カテゴリーからたどっていくしかないのかな^^;
教えて~~!

三田村さんのミス今回はいつもと違う感じがする。
以前の今野さんと同じ様なことしたわけでは無いですよね。
男の存在で濱尾君もちょっとガッカリ?

京佳さんからのメールが又憎いね~v-10
お祖母さんからの贈り物なら取り戻しに行かないと。i-113
京佳さんに会うの仕方なくなの?嬉しくないの?

よろしくね!

なでしこちゃん、こんばんは!


>三田村さん、何か事情があるんだと思うけど、何も言わないから怒られちゃって・・・

そうなんだよね。言わない理由があるんだけどさ。三田村ちゃん……
まぁ、これから祐作とじっくり知ってやって!v-392


【追伸のお返事】

コメントの一覧は、私しか見られないみたい。
一応、最新のコメントのところからか、最新の記事のところで、
書いてくれた記事を探してもらって、見てもらうしかないなぁ……

基本的には、いただいたお返事は次の日に返そうとしてるんだけど、
ちょっと気がつくと奥に引っ込んじゃうもんね。

……お手数かけますが、よろしくお願いします。

さて、どうだろうか

yonyonさん、おはよう!
昨日、お返事をと思っていたら、記事をUPして眠気が……で、今頃になってます。


>三田村さんのミス今回はいつもと違う感じがする。
 以前の今野さんと同じ様なことしたわけでは無いですよね。

おほほ……同じ手は使わないのよんv-391
でも、理由はあるんだけどね。そこら辺はなんだろう……と考えながら
祐作と一緒に知っていってちょうだい。v-410

さて、祐作君、京佳さんのところへいくのですが……では、また!v-422

これからです

拍手コメントさん、こんばんは

>三田村さんが、とにかく気になります^^。

はい、気にしてあげてください。
望のあれこれが、どんどん明らかになりますので、
お時間のあるときに、これからも楽しんでくださいね。