KNIGHT2 第9話

★9話




検査を全て終えたら気分がスッキリし、

さらにすぐ、ランチの時間が来るのだと思っていた私の気持ちは、

それどころではなくなった。

『卵巣のう腫』という診断結果が出され、鈴木先生はMRIの検査を薦めて来る。


「あの……のう腫って」

「そんなに重苦しく考えないで。
子宮筋腫と同じように、結構、卵巣のう腫の人も多いのよ。
あまり自覚症状もないから、こうして検診して見つかったのはよかったと思わないとね」


『卵巣のう腫』

女性には2つの卵巣があり、その片方が腫れてしまった。

その分類にもあれこれあるが、細かいことはMRIで調べないとならないらしく、

鈴木先生はカレンダーをめくり、検査日はいつがいいかと聞いてくる。


「のう腫って言ってもほとんどが良性で、
悪いところを取ってしまえばそれでおしまいだから。
結婚して妊娠して気付く人もいるけれど、堀切さんはまだ独身だし……」


ほとんどが良性。そう聞けば安心できるのだろうけれど、

ほとんどってことは絶対ではない。


「ほとんどって、先生、悪性の可能性もあるんですか」

「……まぁ、ないとは言えないから、だからもっと細かく検査しないと」

「悪性だったら? 先生」

「腫瘍を取って見ないとね、最終的にはわからないのよ」

「取る?」

「あのね、堀切さん、そんなに重苦しく考えないでって言ったわよね。
卵巣は2つあるの。もし、ひとつなくなっても、将来妊娠も出産も可能なのよ」


生まれてから今まで、大きな病気など一度もしたことがなかった。

母子手帳に記入するような、おたふくとか水疱瘡とか、そんなものしか記憶にない。

いや、高校生活を終えるまで、歯科検診ですら、一度もひっかかったことがない。

そんな私が、まさかこの年齢になって、MRIだの、手術だの、

そういう病気にかかるとは思っても見なかった。


鈴木先生の言うとおり、『卵巣のう腫』など、珍しいものでもなければ、

手術も簡単なのだろう。ただ、私には、体験したことのない状況に、

頭が混乱してしまい、『最悪』のケースばかりが浮かび上がってくる。

MRIを受けられる病院のリストをもらい、

入院、手術となれば家から近いほうがいいだろうと、

鈴木先生はリストに赤丸をつけてくれた。

その中には、理久のお母さんが何度も入院し、お見舞いに通った病院も載っている。


「はぁ……」


鈴木先生が書いてくれた診断書と、MRIが出来る病院リストを並べ、

小さな喫茶店でため息をついた。

気になるところなど言わなければよかったという後悔が、コーヒーを口に含むたび、

私の頭にのしかかる。自覚症状もなにもないのだから、知らないふりして生きていれば、

今、こんな気持ちにならなくて済んだのに。

1時間もかからない会社までの道を、2時間近くかけてなんとか戻り、

その日はあまり誰とも口を聞かないまま、仕事を終えた。





駅のターミナルにある大きな書店。

近頃、ネットで何でも買えるため、立ち寄ることもなかったが、

医学書のコーナーを探し、『卵巣のう腫』を探す。

難しく記入された医学用語と、図解に示される色々な例が、

逆に不安をあおった気がして、分厚い本を閉じた。

目に入った文字を読んでみたが、結局先生の言っていることと同じだった。

『MRI』をした後、良性で腫瘍が小さいようなら、

手術ではない方法を選択する可能性はあるのだが、、

鈴木先生は手術で取る方がいいのではとそう言っていた。



『放っておいても、小さくならないし、後から問題になっても嫌でしょ』



将来子供を持ちたいと希望しているのなら、手術をした方がいい。

今は開腹ではない高度な手術が行われている。

全身麻酔に、入院はほぼ1週間。

重たい足を引きずり家まで戻り、そのまま部屋へと向かう。

兄から譲り受けたノートPCを立ち上げ、

実際に手術を受けた人たちが語るブログなどを開いてみた。

自覚症状がなく、別の病気を疑っていたら『卵巣のう腫』だったこと、

『のう腫』という言葉に震えたが、実は抱えている女性が多いこと、

同じような状況の人を励ますような内容が、ほとんどだった。

明るいタイトルのブログを探し、自分に有利となるような記事を探し読み続ける。

本当に特別な人がなるわけではないことがわかり、少しずつ不安が解消された。



『頑張るよ!』



こんなタイトルがあり、ブログを開くと、そこには『卵巣のう腫』だと診断され、

MRIで調べてみたところ、それが悪性だったことがわかり、

さらに子宮筋腫も発見され、ダブルの驚きだったことが書いてあった。

病気と向き合わなければならなくなったとき、そばにいた恋人は別の女性と浮気をし、

結局、入院している病院で、別れを告げたこと、

退院して元の生活に戻ったが、なかなか体調が優れず、仕事もやめてしまったこと、

中身はどんどん重くなった。

それでも彼女は前向きに『頑張るよ!』というタイトルをつけ、語っている。

それに対して、『自分も病気中に彼が浮気した』とか、

逆に『入院した彼が看護婦と恋をしてしまった』など、

励ましなのか、愚痴なのかわからないコメントがついていた。


部屋のカーテンを明け、理久の部屋を見る。

夏休みなのに、今日も遅いのか、島本家には灯りがどこにもついていない。

私がなかなか下へ降りないことを心配した母が、部屋のドアをノックした。

すぐに降りると返事をし、PC画面を閉じ、慌てて着替えを済ませた。





テレビを見ながら食事をする、いつもの我が家のパターン。

母は、サラダのドレッシングをかけすぎたと、父の皿へ勝手に中身を半分移動させる。


「おい、俺はこのドレッシングが嫌だって言っているだろ」

「いいじゃないの、混ぜちゃえば」

「あのなぁ……」


赤いトマトに、緑のキュウリ。まとめて口に入れたら美味しいけれど、

なんだか今日はつまむだけでお腹がいっぱいになる。


「そうそう、チケット取れたのよ。来月、初の『香港旅行』決定!」


母は、『ボディフル』仲間と、人生初の香港旅行だと声をあげた。

父は、一ヶ月でも二ヶ月でも、行ってこいとつぶやき返す。


「森尾さんがね、春に筋腫の手術をして、体力回復まで待ったのよ。これで……」

「筋腫? ねぇ、それって子宮筋腫?」

「……ん? どうしたのいずみ」


『卵巣のう腫』ではないけれど、鈴木先生が『子宮筋腫』の話もしていただけに、

つい、過敏に反応をしてしまった。母は筋腫は確かに子宮筋腫だと言った後、

箸をとめる。


「そうだ、そういえば、いずみ検診の結果、どうだったの?
子宮の検査まですることになったって、この間言っていたじゃない」


父と母に心配をかけたくないと思っていたのに、

自分の発言から、こんな形で話さなければならなくなった。

なぜなのかわからないけれど、目にどんどん涙が浮かんでくる。


「何か言われたのか、いずみ」

「いずみ?」

「……『卵巣のう腫』だって」


食卓が一瞬静かになった。

私は、健康診断を担当した先生が、問診から怪しいと思い内診を薦めてくれたこと、

内診の結果、ほぼ間違いのないこと、

さらに詳しい検査をするために、MRIを薦められたことを、なるべく淡々と語った。

父は、『のう腫』という言葉に、それがガンなのかと母に問いかけ、

母は無言のまま首を振る。


「それでいつにしたの? MRI」

「まだ決めていない。
もし、入院して手術となったら近所の方がいいだろうって先生が言うから、
リストはもらってきたけれど」

「あら、そうなの、リスト見せてみなさい。お母さんが通えるところがいいわよ」

「そうだな……」

「じゃぁ、今回の旅行は、キャンセルしないと……」


母は、もうすっかり私が入院し、手術をするものだと決め付け、

台所に置いた小さなバッグから、友達の連絡先が書いてある手帳を取り出した。

チケットが今なら払い戻せるだろうと、受話器を上げる。


「ちょっと待ってよ。私、まだ検査するなんて言ってない!」

「いずみ……」

「いいよ、旅行キャンセルしなくたって。まだ、自覚症状も何もないし、
このまま知らないふりをしていたって、来年の検査でもう一度言われたら、
それで考えたら……」

「何を言っているの」

「だって……」


こんなことで、家族を巻き込むことになるなんて思いもしなかった。

母や父が大げさに反応すると、余計、自分の体にとんでもないことが起きた気がして、

気分が重くなる。


「そんなもの先に伸ばしていいことがあるわけないでしょう。すぐに病院を探して、
手術して取ってもらわないと」

「どうしてお母さんが決め付けるのよ、私の体なの。私が考える」

「いずみ、落ち着きなさい」

「落ち着いている、落ち着いていないのはお母さんじゃない。
旅行をキャンセルするとか、勝手に手術だとか、
先生だって、大きさによってはって言ったもの」


手に持っていた箸をテーブルに置いた。そう、置いたつもりだったけれど、

それは叩きつけたような音をさせる。


「いずみ、理久君には言ったの?」


母は、検査の結果を理久に話したのかと尋ねて来た。

私は無言のまま首を振る。理久に言うつもりなんてない。

理久に言わなければならない理由が、どこにあるのかわからない。


「どうして理久に言わないとならないの」

「だって……」

「『卵巣のう腫』がある娘は、嫁にもらってもらえないかって、聞いてみるつもり?」


この間もそうだった。何かがあるとすぐ、理久は、理久はと言われてしまう。

確かに、今、理久とお付き合いをしているけれど、私はまだ島本いずみじゃない。


「私が決めるの! もし悪性だったら、卵巣を取るようなことになったら、
そうなったら……結婚なんてしない!」


頭は完全に混乱していた。

どこでどう狂ったのか、何が何を引っ張ったのか、

私はリビングを飛び出し、部屋へ駆け上がる。

布団を頭から被り、真っ暗な中で目を閉じる。

わかっている、母が私を心配してくれていることも、

きちんと検査をし、最善の方法で病気と戦わなければならないことも。

何もかも、私以外の人が言っていることが正しくて、私が間違っていることも。



ただ……

怖い、怖くてたまらない。

女性特有の病気だということが、私の未来を傷つけるようで、

怖くてたまらない……



元気な体で、お嫁さんになるつもりだった。

おじさんが望むように、理久と私が島本家を支えて、新しい家族を呼び込むつもりだった。

それが否定されたわけではないけれど、こんなつまずきが起こるなんて、

それに気持ちが滅入っている自分が情けなくて、腹立たしくて、たまらなく悔しくなる。

拳を握り締めても、大声で叫んでみてもきっと、この不安はぬぐえない。





布団を被ったまま、どれくらいの時間が経っただろう。

外を走る車の音を何台分聞いただろう。




「おい……」




布団の外から、聞いたことのある声がした。

その声の主がわかるだけに、私はさらに身を小さくする。


「いずみ……出て来い」


ゆっくりと、そして落ち着いた理久の声に、

私は布団の端を少しあげ、その姿を確かめた。





第10話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も5周年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント

読んでます!

ももちゃん

記念創作、楽しみに読んでます^^

この回のいずみの気持ちに、とっても共感(筆が乗ってますね!!)
病気って、知識はあっても、自分がそうなって初めて意識するもの。
迷いも悩みも、周囲にぶつける感情も、「そうだよね」 と思いつつ、「理久、早く来てー」 と心で叫ぶ私は、すっかり物語に入り込んでます^^

つづき、待ってます~!


昨日の記事・・・10年前の自分、若かった・・・
5年前の免許証の写真を見て愕然とした私です(ため息・・)

ありがとう

なでしこちゃん、こんばんは

>この回のいずみの気持ちに、とっても共感(筆が乗ってますね!!)
 病気って、知識はあっても、自分がそうなって初めて意識するもの。

ありがとう! そう言ってもらえると嬉しいです。
そう、病気って当事者になってみないと、考えきれないんだよね。
いずみの葛藤を、うまく表現出来ていたらいいなと思いながら書きました。

続き、お待ちください

理久、到着です

拍手コメントさん、こんばんは

>先が気になります・・・。
 早く、理久、いずみのところに 行ってあげてーって気持ちで読んでます。

ありがとうございます。
感情移入していただけると、こちらも嬉しいです。
続きもお付き合いくださいね

励まされます

拍手コメントさん、こんばんは

はい、コメントは読ませていただいてます。
いずみの葛藤に寄り添う理久……
続きもお付き合いください。