KNIGHT2 第12話

★12話




手術の日。

外は、相変わらずの青空と、力強い太陽。

会社の検診で見つかった『卵巣のう腫』。手術をするということがわかり、

悪性だったらなと、あれこれ思い悩んだけれど、

今日、原因を取り除けばそれもおしまい。

母は、約束よりも早い時間に……



……理久と現れた。



「しっかりね、いずみ」

「うん、後は先生を信じて寝ています」


私の出来ることは、もうそれしかない。

母は、精一杯の気をつかったのか、

看護師さんに挨拶をしてくると言いながら病室を出る。

挨拶なら、手術前に迎えに来るのだから、そこですればいいのだけれど、

まぁ、下手なお芝居だとはいえ、好意はありがたく受けとろう。


「昨日の試合は残念だったね」

「まぁな。でも、みんなよく頑張ったよ。練習試合も3度やって、
1度も勝てなかった相手なんだからさ。あのスコアで試合が出来たら、満足だと思う」

「そっか……」


いつも話している相手なのだから、言いたいことも語れることも、

まだまだあると思っていたのに、時間がないという焦りなのか、

言葉自体が出なくなってしまった。

ほんの数分黙っていたら、看護師さんが病室に迎えに来てしまい、

理久に何か言わないとと考えていたら、私の左手がしっかりと掴まれる。


理久の大きな手。

その力強さが、『すべて』であるような、そんな気がする。

ここにつけたすものは、何もない。


「堀切さん、準備はいいですか」

「……はい」



『いずみに、これから何が起きても、どう運命が変わっても、
俺の気持ちだけは変わらないから、大丈夫だってこと』



そう、理久は何があっても大丈夫。

晴れた空が急に嵐になることはあっても、理久の気持ちが変わることはない。

だから私は、ただここで落ち着いて笑顔を見せるだけ。


「行ってきます」


心配そうな母と、その少し後ろから見送ってくれた理久に、

頑張って笑顔を見せ、精一杯手を振り、私は手術室に入った。





次にここから出るときには、新しい自分。





理久に寄り添って、優しさあふれる女性になる……つもり。





手術は無事に終了した。

腫瘍も悪性ではなく、これ以上の広がりもないと太鼓判をもらえた。

何もかもが予想通り、順調なのに、気分は重い。

頭も重いし、ボーッとするし、麻酔ってこういうものなのか。

今、何時? 夜? それとも夕方?


初めてだらけの手術終了日は、さすがに何をどうするという気持ちにもならなくて、

ただベッドに横たわるだけだったけれど、人の回復力は素晴らしい。

次の日にはテレビをみる余裕も生まれ、

1日経つごとに、気持ちがどんどんしっかりしていく。

検査もこなし、先生方の問診もこなし、気付けば手術から4日目の朝を迎えていた。

あと2日もすれば、退院だ。


「明日でもいい気もするけどね、退院」

「何を言っているの、調子に乗って。まだ無理をしないようにって、
先生も言っていたでしょ」

「そうだけど」


追い詰められていたときには、やらなければならないと意気込んでいたのに、

治る方向へ話が進むと、病院は本当に退屈なところだと思えてくる。


「ねぇ、お母さん。何かおもしろい話とかはないの?」

「おもしろい話? そうねぇ……」


頼んだ雑誌を持ってきた母に、そう聞いてみたが、あとから思い切り後悔する。

私は、自分の母親を何年見てきただろう。


「でね、とぼけるのよ、本当に」


母は思い出しながら、友達との出来事を語ってくれるが、

名前の知らない人たちの話をされても、よくわからない。

自分で笑って手をたたいて大うけしてしまうから、

話の中心、一番言いたいところがどこにあるのかわからなくて、

退屈な時間が、さらに退屈さを増した。


そういえば以前、父が私と母の話には無駄が多いと言ったっけ。

私の話もこんな調子かと思ったら、なんだか哀しくなってきた。


それにしても、気になるのは理久のこと。

仕事もあるだろうし、別に来てもらったからといって、

退院が早くなるわけでもないのだが、顔を見せてくれると思っていただけに、

3日来ないだけで、不安ばかりが増していく。

急いで帰ることを待っている人がいるわけでもないのだから、

ちょこっとだけ、寄ってくれたらいいのに。





私の嘆きが神様に届いたのか、その日の夕方、手術日以来、理久が姿を見せた。

あさってに退院が決まった私は、理久が来てくれたことに気分は急上昇。


「どうしたの、心配しちゃった」

「ごめん、急な仕事があれこれ入って」

「……そう」


『仕事』と言われたらね、それを放り出して来いとは言えない。

でも、疲れているのかなんなのか、表情の曇り加減が気になってしまう。


「疲れているみたいだよ、理久」

「ん?」

「大きな大会が終わって、少し疲れが出てきているんじゃないの?」

「いや、うん……まぁ」


こんなふうにはぐらかせるときには、何かがあるような予感がしてしまう。

私に心配をかけまいとしているのではないかと、

見えない心の中をのぞきたくなるじゃない。


「また、学生でも問題を起こしたの?」

「いいんだよ、違う。いずみはあれこれ心配するな」

「だって……」

「明日の先生の診察で、NG出たら伸びるんだぞ入院。
今日は早く寝て、万全の体制を整えておけって」


よくわからないまま、もやっとしたものが残ったまま、

理久は病院を出て行った。





そして私は無事に退院する。

当たり前のように理久が車で迎えに来てくれて、

お世話になった先生方や看護師さんに挨拶をする。

しばらくは無理しないようにと声をかけられた。


「あぁ……やっぱり家はいいね」

「ほら、いずみはいいから、2階で寝ていなさい」

「嫌よ、病院から出てきたのにまた寝るなんて。
無理しないでって言われたけれど、寝ていなさいなんて言われていないでしょ」


ここを動いてなるものかと、私はソファーにしっかり腰を下ろす。

理久が荷物を運び入れてくれたので、そこは立ち上がって御礼をした。


「ありがとう、理久。お盆休みなのにごめんね」

「ん? いや……」


一昨日感じた違和感。今日も感じる私。

それでも病院の食事はつまらなかったので、

母に頼んでおいたお約束のスポンジケーキを思い切りほおばって、幸せをかみ締める。


「あさってくらいにおばさんのお墓参りに行こうよ、理久。私さ……」

「墓参りは昨日行ってきた。
お前はいいよ、しばらく寝ていたんだ、急に太陽を浴びると体力消耗するぞ」

「昨日? やだ、手術前に言ったのに。おばさんのお墓には一緒に報告しようって」

「……そうだったか?」


なんだか、わかっていてあえて避けられた気がした。

体力の消耗なんて言っているけれど、理久が車を運転してくれたら、

私は座っているだけでいいはず。


「ねぇ、理久」

「なんだよ」

「何かあったのなら、話してよ。隠されているのはいい気分じゃないんだけど」

「隠す? 別に隠してなんていないよ」

「本当に?」

「あぁ……」


理久はソファーから立ち上がると、父がよく読む経済誌を広げ始めた。

私から少し離れた場所に座り、パラパラとめくり始める。


「理久君も麦茶でいい?」

「はい、すみません」


座っているばかりでは悪いので、私はグラスを運ぶ役目を引き受ける。

座っている理久のつむじをじっと見つめ、

頭の中で考えていることを透視しようとしたが、

ただ目が疲れるだけで、当たり前だけれど、何もわからなかった。





しかし、隣同士というのは、いくら取り繕っても、異変に気付きやすい。

世間一般のお盆休みが終了し、私も職場復帰をする日が迫る中、

あれだけ部活に積極的だった理久が、今日も朝から花に水をまいている。

前半に頑張ったから、仕事は全て終わっているのだろうか。

2階の部屋から理久を見ていると、何も語らない背中がとても寂しく思えてきた。


「理久君が?」

「そうなの。手術前までは別におかしいと思わなかったけど、
手術する日の朝、病院に来てくれて以来、3日顔を出さなくて」

「それは仕事だってあるでしょう」

「うん、わかっている。でもね、その後から来るたびに、どうも違和感がぬぐえなくて」

「違和感?」

「なんだかボーッとしているというか、何か考え事をしていると言うか」


私が仕事復帰をする前日、様子のおかしい理久のことを母に語ってみた。

母から見ると、挨拶はしてくれるし、普段どおりに見えると言い返される。


「夏の疲れが出ているのよ、きっと。いずみが気にするから言わないだろうけれど、
理久君は、理久君なりに心労もあったと思うわよ」


私が人生初の手術を受けることが、それなりに気持ちを疲れさせたのではないかと、

母は結論付けた。

カレンダーは8月の19日になる。

9月が始まったらすぐに『ネイチャー教室』があるだけに、

そろそろ準備で慌しくなるだろう。


「そうかもね」

「そうよ」


シャキシャキの青菜を口にほおばり、食事に夏を感じた夜、

私は、職場に戻る緊張感で、なかなか寝付けなかった。





第13話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も5周年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
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コメント

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何があるのか

拍手コメントさん、こんばんは

>いずみが、無事退院できて安心しました・・・が、
 理久の様子がきになりました・・・。何か隠してそうですね。

なんだろうといずみも感じているようです。
なんせ、知りすぎている二人ですからね。
なぜなのか……は次回へ