KNIGHT2 第13話

★13話




当たり前の通勤電車。

足を踏まれたり、知らない男性から荒い鼻息を首筋にもらったりという、

腹の立つような出来事は数々あっても、

この揺れを幸せだと感じたことは今までなかったが、今日は特別。

堀切いずみ、『卵巣のう腫』を克服して、無事に社会復帰。


「みなさん、ご迷惑をおかけしました。それにお見舞いもありがとうございました」

「いやいや、よかったね。悪いものではなくて」

「はい」


『NAITOH』へ戻り、みなさんからの温かい拍手を受けた。

予定外の休みを取ったことで、迷惑をかけてしまったが、

これでやっと何もかもが平常に戻る。

少し鈍った仕事の勘を取り戻そうと、留守を頼んだ北沢君に、まずは頭を下げた。


「いえいえ、無事にやり遂げましたよ。巡回も、補充も」

「ありがとう。もう頼りにならない新人ではないね、北沢君」

「まぁ、俺の実力を持ってすれば、こんなものでしょう」




『新人は褒めて育てよう』




我が社の『社訓』に記入されていたかどうかは知らないが、

北沢君はウキウキで、付箋を貼り付け、状況を教えてくれた。

新規の注文が入ったこと、前回入れた用紙が静電気に弱いと指摘されたこと、

それなりにメモを取る。


「あ、そうそう、『大渕中学校』で騒ぎがあったらしいですよ。
堀切さん、知ってました?」


メモを取るだけでは済まないような話が、いきなり私の耳に放り込まれた。

理久にも何度か会っているのに、それらしい話は全く出てきていない。


『大渕中学校』の騒ぎ。

結局、北沢君が知っていたのは、ただそれだけだった。

どんな学生が揉めたのか、何を理由にケンカが始まったのか、それがハッキリしない。


以前、理久と立花先生の合成写真を作り、私にいたずらをした、

人をバカにするような目を見せる鳥居君なのか、

無言のプレッシャーで威圧し、過去に東野さんを殴ってしまった原田君なのかと、

頭の中で数少ないデータがグルグル回り出す。


「学生同士でケンカは、この間もあったのよ。
男子が女子を殴ってしまって……」


そう、恋する原田君。憧れの東野さんに素直になれず、つい手が出てしまった事件。

昔、昔、私に好意を持ちながら、それをうまく表現できなかった理久が、

あれこれ汚い言葉を浴びせてきた思い出と重なったお話。


「いや……騒ぎを起こしたのは、学生と教師らしいですよ」

「教師?」

「問題のある生徒が学校に呼び出されて、話し合いをしていたはずなのに、
叫び声がして、別の先生が見に行ったら、殴られていたらしいです」

「叫び声?」

「堀切さんの方が詳しいでしょ、学校に婚約者いるんだし」


学生と教師の騒ぎ。

北沢君がこの話を知ったのは、もちろん、私が入院している間のことだ。

となると、理久の様子がおかしくなってからと一致する。

まさかとは思うけれど、理久が学生とケンカをしたという可能性もないとは言えない。


「夏休み中の出来事だけれど、教育委員会があれこれ話をしにくるらしくて、
印刷室点検も補充も、新学期に入ってからにしてくれと、
昨日、谷山先生から電話がありました」



『教育委員会』



別に警察組織ではないし、そこが動いたからといって、

何かが変わるわけではないはずなのに、

私の中の胸騒ぎは消えるどころかさらに大きくなっていく。

休み時間に携帯を握り締め、理久に連絡を取ろうとしたが、

その指はボタンを押すことなく、逃げてしまう。

電話で軽く聞いて、それでおしまいの話ではないはずだった。

きちんと顔を見て、正確に聞かないと、妙な誤解を生みそうな気がして、

私は仕事を終えると、食事を作る材料を買い込み、島本家へおじゃました。


ポツポツとつながらない情報を、北沢君に聞きだしていてもらちが明かないのだから、

こうなったら理久から、きちんとした話を聞いて、気持ちを落ちつかせないと。


「いずみちゃん、体調は?」

「大丈夫です。もうすっかり」

「そう……よかったね」

「はい。色々とご心配をおかけしました。理久にも何度も車を出してもらって」

「いやいや、いずみちゃんのことなのだから、理久が手伝うのは当たり前だよ」


遅めの夏休みをとったおじさんが、リビングで新聞を広げている。

理久はニュースを見ていたチャンネルを、別の局に動かした。

それぞれののんびりした時間。

私が作る食事を、二人とも待ってくれている。

全てが終わってからにしようかとも思ったけれど、

このままだとノドに食事が通らない気がして、

波風を立てるのは悪いが、黙っているのは私の波風が収まらない。


「ねぇ、理久。『大渕中学校』で揉め事があったんだって?」


世間話のように軽く聞いたほうがいいと、そう判断した。

テーブルを布巾で拭きながら、どこかの世間話のように切り出した。

『うん、でもたいしたことはないよ、学生の態度が悪いから、

ちょっとげんこつが出たくらいだ』ということなら、それはそれで聞き流せる。


「どこから聞いた」

「あ、ほら、うちの会社、『大渕中学校』に出入りするから」

「……いずみは気にしなくていい」


そのやけにトーンの低い、落ちついた言い方。

気にするなと言われて、そうだよねと流せる言い方ではない。


「そりゃね、気にしなくていいかもしれないけれど、気になるから聞いているの。
別に個人名を出してくれとは言わないよ、でも、どんなことだったのか、
概要くらい説明してくれたっていいじゃない」

「説明するような話でもない」


こういう時の理久は、明らかに機嫌が悪い。

言葉と言葉の間に、隙間が全くないからだ。

軽くテニスボールを打ち上げたのに、容赦なくスマッシュを食らった気分。


「いずみちゃん、夕食出来たら呼んでくれ……」

「あ……はい」


私と理久の間に、険悪な空気が漂っていることを感じたおじさんは、

自分が絡むと、さらに複雑になると判断したのか、

新聞を持ったまま、奥の和室へ入ってしまった。

せっかくのくつろぎ時間を奪ってしまい、申し訳ないなと思いつつ、

私は理久と向かい合う。


「ねぇ、先生と学生が騒ぎを起こしたって、理久じゃないよね」


問いかけだけれど、聞きたい返事は決まっていた。

『NO』と言ってくれたら、それで納得できる。

しかし、理久の口から、聞きたい答えは戻らない。


「黙るってどういうこと? ねぇ、理久が学生を殴ったの?」

「おい、焦げるぞ」

「焦げ……」


私は、フライパンの火を止めて、理久の方へ詰め寄った。

病院に姿を見せてくれてから、様子がおかしいことは気になっていた。

お盆休みが終わっているはずなのに、学校へ行かないことが気になっていた。

そう、明らかに普段と違う理久が、気になって、気になって仕方がなかった。


「理久、こっちを見てよ、今、テレビなんてどうだっていいじゃない」


理久が持っているリモコンを取り上げ、テーブルの上に置いた。

何がどうしてどうなっているのか、それを聞きたいだけなのに、

はぐらかされると、もっと大きな問題になりそうで怖くなる。


「何があったの?」


理久は、答えを返さないまま、私が置いたリモコンを取ろうとした。

私はリモコンを渡すまいとし、弾かれたものが、床へ落ち大きな音をさせる。


「何するんだ、リモコンが壊れるだろうが」

「聞いていることに、答えてくれないからでしょ」


理久は目の前に立つ私の顔を見ると、大きく息を吐いた。

立ち上がりリモコンを取ると、テレビの画面を消してしまう。

重たい空気だけが漂う、静かな時間。


「面倒だな」

「面倒? どういう意味よ、それ」

「どういう意味もない。何でも知りたがって首を突っ込んで面倒だって言っているんだ。
少しさぁ……」

「大事なことだから聞いているの。違うなら違うと言えばいいでしょ」


そう、違うと言って欲しい。

理久とは無関係だとわかったら、それで引っ込みがつく。


「あぁ……そうだ」

「違うの?」

「学生と騒ぎを起こしたのは、俺」

「は?」

「生意気なことを言って、腹がたったから1発殴ってやった。
そうしたら教師に暴力を振るわれたと騒がれて、その学生の親が『教育委員会』に訴えた。
今、あれこれ調査中で、俺は自宅待機。結論が出なければ、新学期もこのまま……」


学生を殴ったのが理久で、親が『教育委員会』に訴えた。

自宅待機だの、調査中だの……聞かされた内容がハードすぎて、整理がつかない。


「どうしてそんなことになったの? 学生を殴るなんて、いけないことじゃない」

「あぁ……いけない」

「いけないって、理久は教師でしょ。暴力で訴えるのは間違っているって、
教えるのが仕事でしょ」

「うん」

「だったらどうして。どうしてそんなこと」

「違うのかどうなのかを言えと言っただろ。それは言った。
もうあれこれ聞かないでくれ」

「理由を聞いているの。ないのに殴ったりはしないでしょ」

「言いたくない」


理久が頑固なのは昔からだ。

自分がこうと決めたら、絶対に動かない。でも、今回はそうはいかない。

『教育委員会』に裁かれたら、最悪の場合もありえるかもしれないのに。

学生を殴ったことが事実なのなら、どうしてなのか理由を知りたくなるのは当然だ。


「言いたくないって、子供みたいなこと言わないでよ、理久。
『教育委員会』が出てくるなんて、普通のことではないでしょう」

「うるさいなぁ……これは俺の問題なんだ。俺が解決するから黙ってろ」

「俺が俺がって……私たちの問題でしょ」


今は確かにまだ『堀切いずみ』だけれど、

気持ちだけはしっかり『島本いずみ』なのだから。

悩んでいることも、辛いことも、

一緒に解決していきたいと思うことは間違っているのだろうか。


「理久、私たち結婚するんでしょ。時期が来たら、きちんとしてくれるんでしょ。
せっかく頑張って教師になったのに、もし、やめるようなことにでもなったら……」


1年必死に勉強して、採用試験に受かった時には、

一緒に涙を流して喜んだのに。


「俺が教師を辞めるようなことになったら?」

「そうだよ……」

「そうなるといずみは困るよな、無職だし。そんな男は相手として情けないか……」

「そんなこと言っていない。私はただ……」

「いいから、お前が騒いでも問題は解決しない。
わかりもしないくせにあれこれ言わずに、黙って見ていてくれ」

「黙ってって、理久……話してよ、ちゃんと。情けないじゃない……」


情けない……

そう、本当に情けない。

こんなときにも、一緒に考えてくれと言われない相手だなんて、

理久がではなくて、自分が情けない。

頼りにならない相手だと言われているようで、情けなさが最高潮になる。


「情けなくて悪かった。だったら、別の男でも探してくれ」

「理久! 何を言っているのよ!」


理久はそのままリビングを出て、階段を駆け上がってしまった。

悔しくて追いかけようとしたとき、和室からおじさんが出て、

私の横を通ると先に階段を上がっていった。





第14話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も5周年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
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コメント

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理久の変化

拍手コメントさん、こんばんは

>どうしたんでしょうね、理久は・・・。
 ちゃんと、いずみに話したらいいのに。
 「他の男探せ」は、ひどいなー・・・。

ケンカをしている時ですからね、
後から思い返して『しまった……』と思っているかも。

続きもお付き合いください。