KNIGHT2 第18話

★18話




理久の会議はその日の午後、行われた。

学校側からもある程度の情報は入っていたようで、

理久がなぜ学生を叩いてしまったのか、その話に頷く人も複数いたという。

根岸君が許してくれたため、全てを語った理久には、

事情を書き記した報告書の提出が義務づけられた。

そして、理久が申し出た鳥居君との話し合いの場も、学校内で設けられることになる。

思っていたよりも、穏やかな雰囲気で会議は終了した。


東原さんが音頭を取り、集めてくれた理久の署名は、学年を越えて、

さらに『大渕中学校』学区域にまで広がり集められた。

始めは、自分たちの主張になびく人が多くなると予想していた鳥居君の母親も、

息子の報告よりも、理久の学生への信頼感が厚いことに気付き、

トーンを下げたという。





「そう……」

「うん、理久、学校で鳥居君と二人きりで話をしたって」

「あぁ、騒動の中心の子?」

「彼も、悪いことをしているという意識はどこかにあったみたいだけれど、
自分の受験失敗のもやもやを、どう処理していいのかわからなくて、
あれこれ問題を起こしてきたんだろうね」

「受験の失敗? だってもう2年生でしょ」

「子供ながらに傷は深いらしいよ。理久の知り合いの先生も、
傷から立ち直るのには2、3年かかるってそう言っていたって」

「まぁ……そうしたらまた受験じゃないの」

「うん、気持ちが休まらない。だから鳥居君も、教師の悪口を言ったりする子達と、
そういう悪いことをするのが、はけ口だったみたい」


悲しいけれど、それによって、

エリートの兄にしか声をかけていなかった母親が、

久し振りに鳥居君のことを必死に守ろうとしてくれた。

親は決して、子供に興味がないわけではないということが、

彼にもわかったかもしれない。



そんなことをせずに、わかり合えたら一番いいのだけれど。





私の手術、そして理久の騒動で慌ただしく夏は過ぎた。

理久は結局、大きな処分にならず、そのまま新学期を迎えた。

立花先生と下見をした『ネイチャー教室』というイベントも終了し、

学校はまた普通の日々を取り戻す。


「おはようございます『NAITOH』です」


私と北沢君の訪問も、また始まった。

印刷室に入り、備品のチェックと、納入リストの打ち込みをする。


「プラス2かな」

「2でいいですか? 結構減っていますよ。この後テストも始まりますし」

「そうか……なら、3かな」

「了解です」


北沢君は、本当に進歩した。

今までなら、こちらの提案をそのまま受け入れることしかしなかったのに、

きちんと考えて、データを見て、判断している。

これなら来年から一人で大丈夫だと思っていたら、

印刷室の窓から、学生が一人歩いて行くのが見えた。

私は北沢君に声をかけ、印刷室から出る。


「鳥居君」


夏休みの始まった時に会ったのとは違い、鳥居君の背中は少し丸く、

あの時、そばについていた原田君の姿もなく、たった一人で歩いていた。


「何ですか」


余計なことだって、どこかから知らない神様が言っている気がするけれど、

これは私の性分だから仕方がない。


「あのね、島本先生は君にとって、今はとんでもなく憎い人だろうけれど、
私達くらいの年齢になった時、そう、卒業して10年くらいした時には、
きっと、一番会いたくなる教師だと、私はそう思うよ」


今はわからなくても、長い時間をかけてわかることもある。

鳥居君は、何を言っているんだという顔をしながら、

返事もなく、背中を向けて歩いて行く。


「島本先生もきっと、君に会いたくなると……思うから」


鳥居君は振り向くことなく、階段を上がっていった。



本当に自分でも、おせっかいな性格だと思う。

ここは理久の職場。関係のない私は黙っていればいいのだろうけれど、

黙ってはいられなかった。

一生懸命に頑張っている理久のこと、嫌いなままで終わって欲しくない。

理久が伝えたかったことを、何年後かでもいいから、わかってほしい。

それでも、鳥居君の気持ちは、彼にしかわからないけれど。





「ごめんね、終わった?」

「終わりましたよ、優秀な後輩ですから」

「あはは……言うねぇ、北沢君」

「何をしていたんですか、堀切さん」

「私? 私は『内助の功』」


どういう意味なのかつかめない北沢君を印刷室へ残し、

私はもう一度外へ出ると、秋へ向かう空から吹く風を、全身に受け止めた。

そして、次の取引先へ向かう車内では、この間までのアイドルとは全く違う、

またあらたなグループの音楽が、ガンガンかかる。


「ねぇ、北沢君、そういえば近頃結構ハードな曲だよね。前のはどうしたの?」

「あぁ……そうでしたね、以前のチャラチャラしていたのではないんですよ」

「チャラチャラ?」

「音に目覚めたといいますか……」


音ねぇ……。

ほんの1ヶ月前くらいは、そのチャラチャラに夢中だった気がするのは、

私の気のせいかしら。


人の気持ちは、変わる。いや、変われる。


それからも北沢君は、取引先に着くまで、新しいアイドルグループの本物度合いを、

熱心に語り続けた。





それから3日後、私は理久からのお誘いで、久し振りに外でのデート。

予約してくれたお店の前に立っていると、時間より3分遅れて理久が到着した。


「ごめん」

「大丈夫……」


一緒にする食事なら、島本家で何度もしているけれど、

こうして別の場所で会えるのは、また気分が違う。

お店の中にはたくさんの人がいるのに、

限られた場所は二人だけのものだという気がして、嬉しくなった。



互いの住居が実家でなければ、

このまま、どこかで二人きりの朝を迎えたいくらい……



「何笑っているんだよ」

「ん? 秘密」


食事を終えて、理久と二人、週末に賑わう街を歩く。

素敵な洋服を目で楽しみながら進んでいく。


「いずみ、鳥居に何か言っただろ」

「ん? 何かって?」


私としては、遠回しに理久を助けたつもりだったけれど、

また、鳥居君が文句を言ったのだろうか。

私は、備品点検日に偶然出会ったので、ちょっと声をかけたと控えめに告げる。


「ちょっとねぇ……」

「何よ。何か、大騒ぎされたの?」

「いや、そうではないけど」

「どういう意味?」


鳥居君は、理久が授業で書かせたレポートの一番後ろに、

『お節介な人間は好きではないので、あなたたちは嫌いだ』と記入してきた。


「あなたたちっていうのは、俺たちってことかな……と」


理久は私の耳元に、どういうことを言ったのかと、何度も聞いてくる。

私はうるさいハエを払うように、何度も手を動かした。

そんなおふざけを繰り返していると、理久の歩みが止まる。

止まった場所にあったのは、ジュエリーショップだった。

2匹のいるかのぬいぐるみが並んでいて、

その鼻先についているのは『エンゲージリング』。


「見て……鼻についているよ」

「うん……」


あまり立ち止まっていると、催促しているように思われても嫌なので、

私の方から先に歩き出す。

理久の手が、さらに強く私の手をつかんだ気がして、思わず顔を見た。


「そろそろ……だと思っているから」


私は、理久が急に真面目な顔になったことがおかしくて、

わざと顔を前に出してみる。理久はつないだ手で私の顔を押し返して笑った。





そして、さらに秋の度合いを増した日、『大渕中学校』の学区域では、

毎年恒例の『秋祭り』が開かれた。

3年前に中止になった『若人御輿』も地元の商店街と子供会の後押しで復活し、

『大渕中学校』の学生達も、揃いのはっぴを着込み、

足袋を履き豆絞りの手ぬぐいを頭に巻いていく。


「先生、まだなの?」

「今、すぐだから、待てって」


そう、理久も今年は御輿が復活したので、招待を受け、担ぐことになった。

なんだろう、こんな姿を見たことがないからなのか、

関係のない私の方が、ドキドキしてしまっている。

おばさんが残してくれたデジタルカメラを持って、撮影するけれど、

腕がないのか、理久が悪いのか、なかなかピントがあってこない。


「堀切さん、そろそろ御輿が出るから、見学はこちらにって」

「あ……はい」


理久と同じようにお祭りに招待された立花先生と、私は商店街の列に並ぶ。

普段は少し寂しくなってしまった商店街だけれど、こうしてみんなが集まることで、

崩れてしまった輪が、また新しい時代を巻き込み、大きくなるのかもしれない。

地元の人たちに交じり、理久も御輿を担ぎ、

その後からくる学生御輿では、原田君の声が小さいと、東野さんが怒っている。

原田君は迷惑そうな顔をしながらも、目だけはしっかりと東野さんを捕らえていて、

あの年頃は、確かに心と言葉がうらはらだったなと、

少しくすぐったい感情を思い出した。


御輿が揺れるから悪いのか、理久の位置取りが悪いのか、

それとも私の腕がないのか、シャッターを切り続けた私のカメラは、

ほとんどがボケていた。





「あぁもう、どういう腕をしているのよ、いずみ。
これじゃ理久君のかっこいいところがわからないじゃないの」

「仕方がないでしょ、これだって頑張って撮ったんだよ。ズームに限界があるのよ」

「そうかしら、ねぇ、お父さん、これってカメラのせい?」

「いずみのせいに決まっているだろ」


容赦ない父の言葉に、母はあらためて呆れ顔で私を見た。


「2、3日後には、いい写真を見せますから!」


東野さんのお父さんが、プロ並のカメラを持っていて、

理久の写真も数枚撮ってくれた。後日、学校で渡してくれると約束していたため、

役にも立たなかったカメラマンの私としては、ほっと胸をなで下ろす。

その日の夜は、目を閉じても、閉じても、理久のお祭り姿が浮かんでしまい、

なかなか寝ることが出来なかった。





第19話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も5周年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
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