第5話

第5話




俺たちの『初デート』は大成功だった。

二人で勉強も頑張ろうと誓い合い、無事にテストも乗り越えていく。

美咲は相変わらず、トップクラスだったが、部活動もある俺としては、

結構健闘する順位だった。


「頑張ったわね、駿介」

「まぁな」


気持ちが前向きになり、いいことがあると、何もかもがいい方向へ回りだす。

こんな法則があったかどうかは知らないけれど、本当にそうだった。

先輩たちがサッカー部を抜け、俺たちが最上級生になる。

そして、テスト前の部活休みが来るたびに、俺と美咲はデートを重ねた。

映画も見たし、カラオケにもチャレンジした。

文房具店では美咲とおそろいのシャープペンを買い、

互いに次のテストへ向かおうと励ましあう。


秋になり、冬を越え、

俺たちは高校3年生になった。





「それじゃ、これを運んで」

「はい」


俺たちに後輩が出来るように、マネージャーである玲にも後輩が出来た。

道具の片づけを見ていると、職員室に玲の親父が入っていくのが見える。

玲の兄貴がいる頃から勤めてきたPTAの会長も、今年が最後なのだろう。


「金村先輩、終わりました」

「あ、ありがとう、もう上がっていいよ」

「はい」


玲は壁に寄りかかり、何やら話があるのかこっちを見る。

俺はスパイクの土を落としながら、何かあるのかと問いかけた。


「ねぇ、駿介は受験、どうするの? 地元の国立目指す?」

「うーん……」


そう、夏が来れば部活は終了する。

その後は、みんな受験に向かって必死になるだろう。

一番進路先で多いのは、東京に出て行くことだった。私立も公立も、数が違う。

地元にもいくつか大学はあり、そのトップにあるのが『陵州大学』だった。

地元企業に就職するには、絶対に有利になる。

全国的には違うのだろうが、この場所は新聞も地元紙が強くて、

銀行でさえ、全国ブランドより『陵州銀行』がメジャーだった。

役人や教員、そして地元産業の企業に入るには、なんといっても『陵大』。

これは語ることもないくらい、当たり前のことだった。


「まだ、ハッキリはわからないな。お前は?」

「私? 私は東京へ出ようと思っている」

「東京へ?」

「そう……大学くらいは思い切り羽を伸ばしたいと思っているの。
お兄ちゃんも向こうにいるしね。お父さんもきっと賛成すると思うから」

「あぁ……」


地元の権力者である玲の父親は、確かに『東京』が好きな人だ。

以前、『東京』のデパートイベントで、『金村園』のお茶が販売されることになり、

それは浮かれて大変だったことを思い出す。


「そうだな、お前は東京へ行くのがいいかもな」


何気なく言ったことだった。

玲は人間として悪いヤツじゃない。結構、わがままだけれど責任感もあるし、

仲間としては付き合いやすいヤツだ。

しかし、自分を取り巻く環境が、本当は特殊であることには気づいていない。

親の力や、会社の力が利かない場所で、必死になることは、必要だと思った。

一瞬、口が開いたが、それは押し込んだ。

『美咲はどうするのか』とつい聞こうとして、すぐにやめる。

また、カバンで叩かれても嫌だし、あいつに聞けば済むことだ。


「美咲は多分、推薦で陵州大の短大よ」


靴磨きを終えて、そのまま聞き流そうとした。

でも、聞き流せる内容ではなかった。

地元の短大が悪いと言うわけではない。

でも、正直、美咲の頭があって、行く場所ではない気がする。

せめて、『陵大』じゃないのだろうか。


「ふーん……」


俺は聞き返したい気持ちを押し殺して、そのまま背を向ける。


「美咲と付き合っているんでしょ、駿介。知っているんだから」


玲はまた、どうでもいいことに噛み付き始める。

雨が降るぞと言いながら、その場を去ろうとしたが、なぜか首を掴まれた。


「なんだよ、お前」

「聞いているんだから答えなさいよ。それとも隠しておかないとならないことなの?」


隠しておかないとならないような、そんなものではない。

むしろ、そのおかげで、どれだけ毎日が充実しているか。


「あぁ……美咲と付き合っているよ。お互いに勉強も頑張ろうって励ましているし、
店番だってちゃんとしているだろう」

「ふーん……」

「俺があいつを好きなんだ。好きだからつきあってくれって言った。
はい、おしまい」


玲はそれに対して何も言わないまま、逆に背を向けた。

あいつが、俺に少し気持ちを向けてくれていることに、

気付かないほどまぬけじゃないけれど、でも、答えることが出来ないのだから、

あえてしっかり言う方が正しいとそう思えた。



俺が好きなのは、美咲。



その日は、午後から雨模様となった。

昇降口の側では、傘がないメンバーが集まり、

どうするのかとあれこれ声が飛び交っている。

サッカー部はミーティングが予定されていたため、技術室へ向かおうとした時、

カバンを握ったまま立つ、美咲の姿が見えた。

雨予報の日に、折りたたみの傘くらい持っていないなんて、

あいつらしくないとは思ったが、口うるさく人のカバンに傘を放り込んだ母親に感謝し、

美咲の肩を叩いた。


「あ……大倉君」

「お前らしくないな、傘忘れたのか」

「……うん、今朝はちょっと慌てていて」

「ほら、さしていけ」


俺が折りたたみの傘を差し出すと、美咲は『大丈夫だから』と押し返す。

何が大丈夫なのかと問い返すと、明確な答えは戻らなかった。

俺は、折りたたみの傘で、美咲の頭をチョコンと叩く。


「遠慮するな、制服濡れるぞ」

「でも、大倉君は」

「俺はいいよ。雨がやまなくても、どうせ自転車だし。最悪、ユニフォームで突っ走る」


美咲があれこれ考える前に、傘を押しつけて技術室へと走って逃げた。

どうせまた今日も、店番なのだろう。

あいつが濡れずに家へ行けるだけで、そう、その役に立てただけで十分だ。


「さて、やりましょうか、ミーティング」


3年先輩で『陵大』に通うコーチから、対戦相手の分析が黒板に書き写された。

俺は筆箱からあいつとお揃いのシャープペンを取り出し、

気分良く指で回してみる。

サッカー部の雑談を交えたミーティング中、シャープペンは軽快に回り続けた。





帰り道、雨は上がっていた。

自転車のライトをつけ、まだ濡れている道にある水たまりを探し、

わざと水を跳ね上げながら走っていく。

家に戻ると、いつもは仕事で遅い父親が先に帰っていて、晩酌を始めていた。


「ただいま」

「あ、お帰り駿介。ねぇ、ご飯食べるでしょ」

「うん……」


着替えを終えて食卓につく。

弟の恭介は先に食べ終えたようで、交替で階段を駆け上がる。

いつもならテレビを見ながらゴロゴロしているのに、今日は親父がいるからか、

部屋へ入ってしまった。

別に親父のことが嫌いなわけではないけれど、

向かい合っていても、とくに盛りあがる話題がない。

さっさと食べて部屋へ行こうと思っていると、

その話題を振ってきたのは親父の方だった。


「駿介、お前、進学どうするんだ」


我が家は、この土地に住みはじめて15年になるらしいが、

親父は元々北海道の人間で、母親も埼玉出身だ。

公務員になった両親が職場恋愛で結婚し、転勤でこの土地に住んでいる。

家は一軒家だが、中古で購入したもので、それほど土地に詳しくもないし、

地元の関係にも深く入り込んではいない。


「『陵州大学』目指すのか?」

「いや……俺は……」


100%決めていたわけではないけれど、ぼんやりと思い続けてきた言葉を、

初めて親の前で語った。俺は地元の『陵州大学』を受けることはしない。


「俺、東京に出ようと思っている」

「東京に……」

「うん。東京の私立大学に入りたいんだ」


俺が目指したいのは『経営』の学べる大学で、それには名高い大学が東京に2つ存在した。

どちらも全国的に有名で、また大手企業への就職率も、断トツに高い。


「私立へ? あら……駿介がそんなことを思っていたなんて」

「何かやりたいことでもあるのか」


やりたいこと……

別に弁護士になりたいとか、芸術家になりたいとか、医者になりたいとか、

そういった夢はなかった。

でも、東京の大学へ行き、さらに就職を決めることの意味は、

ハッキリと頭にあった。


「学びたいことを学んで、それを生かして就職したいんだ。
ここじゃ、そういう就職はないし……」


親の前では、少し誤魔化しを入れた。

母親にはあまり伝わらなかったのか、首を傾げられたけれど、

親父は男同士だからなのか、その抽象的な意見に頷いてくれる。


「そうか、お前がそうやって目標を持っているのなら、父さんはそれでいい」

「あなた……」

「今まで公立で来たんだ。最後くらい親が頑張らないとな」


親父は徳利から酒をつぎ、おちょこを口につけた。

日本酒を少しだけ飲むのが親父の楽しみで、年齢が来たら一緒に飲もうと、

確か小学生の頃から言われていた。


「ありがと……」


まだ、晩酌に付き合うことは出来ないけれど、その日は心だけ付き合った気分になる。

今まで、ぼんやりとしか見えていなかった将来の設計図が、

親父との語らいで、より一層、現実的に見えてきた。




第6話

駿介と美咲、二人の『恋』は、芽を出し、花を咲かせるのか……
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コメント

非公開コメント

えっと……

拍手コメントさん、こんばんは

お薦め……うーん、
どういうものが好みなのかによっても、違いますので、
なんとも言えないのですが。

……と書きましたが、もうスタートしたみたいですね(笑)