【S&B】 18 関係のない関係

      18 関係のない関係



京佳さんに呼び出されたのはあるホテルのバーで、誰との待ち合わせでも10分前くらいに

到着する僕より早く席に座り、すでにカクテルを注文し飲んでいた。


「こんばんは……」


僕は挨拶せずに、とにかく盗んだ物を戻して欲しいと手を出した。京佳さんは楽しそうに笑い、

ピンクのリボンをつけた万年筆を僕の手に戻す。それをポケットに入れ1杯だけの約束で、

僕は隣に腰かけた。すぐに店を出られるように、上着は脱がずに鞄だけ横に置く。


「いい雰囲気のお店でしょ?」

「そうですね……。ここのオーナーは新潟の有名酒造ですけど、お知り合いなんですか?」


僕がそう言い京佳さんを見ると、彼女は目を丸くしてこちらを向き、両手で小さく拍手をする。


「よくご存じですね。さすが、青山さん……」

「仕事ですから、そう言った情報は知っておかないと」


京佳さんは少し首を動かし、僕の肩に頭を軽く乗せた。行動の真意がわからず、

その頭を元の位置に戻す。


「いいじゃないですか、感覚を確かめたんです」

「僕は商品じゃありません。感覚を確かめる必要はないでしょ」


僕の態度に、一度不服そうにこっちを向いたが、京佳さんはすぐに笑いだし、納得するように頷いた。


「青山さんっておもしろい。そんなテンポで会話が成り立つから、ママに気に入られるんですね」


京佳さんはまたカクテルに口をつけ、グラスを置いた。下に落ちた水滴を、軽く指でなぞる。


「お忙しいでしょうから、本題に入りますね。お願いです、芝居に手を貸してください」

「芝居?」


京佳さんには、友達の紹介からつきあい始めた同じ大学の先輩がいたが、別れ話から

しつこくつきまとわれ困っているらしい。今は、気持ちもすっかり離れ、この先はないのに、

彼の方はやり直せると思っているようで、何度も連絡してくるという。


彼女は、インスタントの彼になってほしいと提案した。誰かに頼もうと思ったが、

従業員だと嘘っぽく、しかし、同級生だと彼に負ける気がして、店に出入りする僕に目をつけた。

それにしても、お願いだと言いながら、語尾が疑問符ではなく、決めつけになっているのが、

少し腹立たしい。


「青山さんが私に興味がないことはわかりますし、あなたなら嘘っぽくないでしょ? 
彼より大人だし、彼より……」


京佳さんは僕の左腕の隙間に自分の右手を入れてきた。今度は腕の感覚を確かめるようだ。


「ほら……私とも絵になる。いくらインスタントとはいえ、隣にいることで
不快になるような人じゃ嫌だし。だからママに言われるまま、あなたと食事をしたんです」


あの食事会を、まるで人の採用試験のように言う隣の大学生に、ピリッと神経を刺激された。

人が承諾したわけでもないのに、すっかり上から目線のお嬢様は、データだと言いながら、

自分のことをあれこれ語りはじめる。僕は彼女の腕を外し、時間を見ると、

同じ失敗を繰り返さないよう、テーブルの上の荷物を確認し席を立った。


「青山さん、どこに行くんですか?」

「ばかばかしい話につきあう時間はありません。自分の蒔いた種くらい自分で摘んで下さい」


僕は鞄を手に持ち、二人分の支払いを済ませ店を出た。京佳さんを邪険に扱ったと、

会長から怒られるかもしれないが、それも仕方がない。青山ちゃんが青山さんに格下げされようと、

ここで彼女の言うとおり、くだらない芝居につきあうつもりはないからだ。


「待って! 待ってください!」


千鶴に似ている……。初めて会った時にそう感じたのは事実だった。その面影にもう一度、

会いたいと思ったのも嘘ではない。そんな心の微妙な揺れを、僕は最初からこの大学生に

見抜かれていたのだろうか。


階段を上がる途中で、慌てて走ってきた京佳さんに追いつかれ、いきなり腕をつかまれた。


「人の話を最後まで聞かずに出て行くなんて、あなた営業マンでしょ?」

「営業? これのどこが営業なんだ。あなたのほうこそ、彼の気持ちを知りながら、
騙そうなんて普通じゃない。別れ話は当事者どうしがすれば済むことで、
関係ない僕が、そもそも関わることじゃない」


僕の右手をつかんでいた京佳さんの右手をはがし、また1段あがると、すぐにその手が戻る。


「関係があればいいんですか?」


そう言った瞬間、京佳さんの荷物は音を立てて床に落ち、いきなり僕の首に手をまわしキスをした。

真剣な表情のまま腕を外し、挑戦的な顔でこっちを見る。


「キスしましたから……。私たち、関係のない関係じゃないですからね」


お金持ちのお嬢様は、幼い頃から否定をされたことがないのだろうか、それともすでに

相当飲んでいて、正気じゃないのかもしれない。しばらく彼女の方を見ていると、

もう少し押せば落ちると思ったのか、さらに人の奥に入り込むようなことを言う。


「キスだけじゃ足りませんか? そういえばここはホテルですけど……部屋でも取ります?」


母親に頭を下げる営業マンとクライアントの娘という、絶対に安全な場所に立ったまま、

彼女は強気に吠えた。どうせあなたは何も出来ないでしょうと言いたげな表情と、

あまりにも子供じみた強気な行動に、冷静な気持ちが、どこかへ吹っ飛びそうになる。


僕は鞄を床に置き、軽く周りを確かめた。飛び出した店は一番奥で、この階段に姿を見せる人は

ほとんどいない。京佳さんの左手を思い切り引き、踊り場の隅に連れて行くと、

彼女の首筋に顔をあて、体全体を押しつける。


「あ……」


僕の予定外の行動に、明らかに焦りの声が漏れた。自由に動く彼女の右腕を肩で押さえ込み、

力で動きを止める。あえてわざと彼女の耳元で自分の呼吸を聞かせ、割り込むように右足を挟み、

踏ん張りがきかなくなるように脚を開かせた。


僕は通行人に背を向けているが、もし、店から客が出てくれば、京佳さんはまともに

見ず知らずの他人と、この状態で目を合わせる。いつ起こるかわからないそんな恐怖が、

さらに彼女を追い込み、なんとか逃れようと体をひねる。


唯一自由になる僕の右手が、彼女の腰の位置を捕らえ、スカートとブラウスの隙間から入り込み、

ウエストをなぞるように上がる。声にならないような呼吸の乱れを察知し、

京佳さんの体が硬直したのを感じた僕は、全ての場所から彼女を解放した。

少し崩れそうになる体を支え、目覚めるように軽く叩く。


「はい、お遊びはここまで」


元の場所に戻り、僕は荷物を拾うと呆然としている彼女に手渡す。

キスをした時の挑戦的な表情から、少しおびえるような子供の顔を見せた。


「やたらにキスなんてするもんじゃない。男にキスしたら、続きはこうなるものだ」


からかうつもりがからかわれたことに、悔しそうな京佳さんが僕に視線を向けた。

そっちも悔しいだろうが、僕はこの出来事で大きなクライアントを失うかもしれない。

あなたの母親に親しみを込めて、青山ちゃん……と呼ばれることは、もうないはずだ。


僕は自分の鞄をつかみそのまま階段を上った。これだけおどかしておけば、

いいことも悪いことも、全てが予想通りに進むと思いながら、ホテルを後にした。





「あはは……やるねぇ、その大学生」

「お嬢様なんだよ、誰でも自分の言うとおりに動くと思ってる。そうやってわがままばっかり
言って来たんだろうな。全く、あんな女にひっかき回されて、未練たらしく追いかける男も男だ……」


家に戻り今日の出来事を悟に話すと、若い女性にキスされて得したななどと、

のんきなことを言いながら、携帯を取りだし紙に書いた番号を登録し始めた。

その紙をよく見ると、以前、原田が見せてくれた『プロック製薬』の下書き提出書類で、

僕は、慌てて悟からその紙を取り上げる。


「何を書いてるんだよ、悟」

「ごめん、これ必要なのか? 急に連絡もらってメモがなくてさ、お前の机の上にあったから
つい書いちゃったよ」


悟は申し訳ないと言いながら、全く悪びれたそぶりもなく笑う。勝手に電話番号と日付が

書かれてしまった紙を見ながら、今さらこれが手元にあっても仕方ないと、

ゴミ箱へ捨てようとして、用紙の左下に残る番号に目が止まった。



『私のミスです……』



原田のその言葉を思い出したが、印字されている番号の意味に、僕の鼓動が速くなる。


BAM0010622S


会社名『ビー・アシスト』の頭文字BAと、営業部を示す頭文字M。

その後の001は第一営業部を示し、0622は原田の社員番号だ。

そして、最後のS。これは秘密の意味を持つ『secret』のトップSで、重なるほど重要度が高い。

この書類をもらった時には、そこまで注意が向かなかった。

紛失したという事実だけを見て、僕は三田村を怒り、集中力のないことを責めた。



あのミスは三田村じゃない……。



捨てられそうになったこの書類が、僕に真実を教えてくれた。





19 君の宝石 へ……




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コメント

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ふふん♪

青山ちゃんって 女の扱いに慣れてるのか 慣れてないのか・・・

京佳さんを、襲うように羽交い絞めにしておいて、唇には触れないんだもの ふふっ
彼女のハートに火がついたかもよ~むふふ・・・^m^

さて、三田村さんにはどう対応する?
信実を教えてくれた紙のお陰で、彼女の無言の意味がわかったわね。

これからの展開が楽しみ~♪

しかし、祐作君って、黙っていても女が絡んでくるのね。
さぞイイオトコなんだろうな~(〃▽〃) 

ももちゃん、次も待ってるよー!

真実は?

わがままお嬢様の命令を撥ね付けた祐作君、なかなかやるじゃない。
"かいづか”の社長はそんな人じゃないと思うけど、むしろ京佳さんのほうを
叱るのでは?
大切な青山ちゃんに!ってe-350

三田村さんのあの無言はそうだったのね、彼女の人となりを知ってるはずの祐作君にしては、ちょっと失敗だね。

京佳さんにがっかりしたから、三田村さんの好感度UP!v-19

ふふふふん♪

なでしこちゃん、こんばんは!


>青山ちゃんって 女の扱いに慣れてるのか 慣れてないのか・・・
 京佳さんを、襲うように羽交い絞めにしておいて、
 唇には触れないんだもの ふふっ
 彼女のハートに火がついたかもよ~むふふ・・・^m^

むふふ……
祐作は、カチンv-359と来たので脅かしたのでしょうが、
さて、どうなることやら。


>しかし、祐作君って、黙っていても女が絡んでくるのね。
 さぞイイオトコなんだろうな~(〃▽〃) 

顔がないと、こういうところは便利だね。
みなさんお好きな顔でお読み下さい(笑)


ところで! そちら宛に、ブロメe-108を3度ほど送ったつもりなのですが、
どうも、行ってないようだな……
どうなってるんだ、あそこの管理はe-275

印象だよね

yonyonさん、こんばんは!


>三田村さんのあの無言はそうだったのね、彼女の人となりを知ってるはずの
 祐作君にしては、ちょっと失敗だね。

ねぇ……。ついつい、普段の状況から思い込んだ部分もあったんだろうね。
印象って怖いものです。v-390

さて、三田村さんの無言の意味を知った祐作は、好感度をあげたのか?

次へ進む!v-157

ふんふん・・・

京佳さんの作戦は新手のアタック方法(古~い言い回しだわ)?

それとも お嬢さまの僕の使い方?


しかし 祐作くん!

三田村さんにどう対応しよう?

ちょっとした早とちり?ちょっとした誤解?

早く 次が見たいものです。

待ってま~す(どこかで聞いた言葉だわ^^;;;)。

なに?

こんばんは・・・

ブロメ?
届いてないよー!
どんなメール? ラブレターかなぁ?(ふふん♪)

私もこのところブロメの調子が悪くて、(返信フォームが開かないの・・)
送れないの(泣)

また送って~~!

古くてもいいのだ!

azureさん、こんばんは!


>京佳さんの作戦は新手のアタック方法(古~い言い回しだわ)?

あはは……いいよ、古くても。意味分かるもん。
京佳さんが、どうでるのかは、まだこれから先へ!v-157


>早く 次が見たいものです。
待ってま~す(どこかで聞いた言葉だわ^^;;;)。

いいの、いいの。
いい言葉は、いつ聞いても、心に響くv-352のさ(笑)
待っててね!

そうなのよ!

なでしこちゃん、こんばんは!

そうなのよ、変なのよ!
送ったよ!!

無法地帯は、ちゃんと管理された場所になるのでしょうか……
ちょっと心配だね。v-394

拍手コメントさんへ!

こんばんは!

全部読んでいただけて嬉しいです。
祐作、素敵に見えますか?
みなさん、たくさんいい男を読んでいるからな……v-410

三田村さんとのこれからは、ぜひぜひ、続きで!

コメントの返事が、探しにくくてごめんなさい!v-393