第12話

第12話




梅雨に入った6月、俺が無事に20歳となり、

4月に迎えている禎史、そして一つ上の憲弘と3人で、初居酒屋を経験した。


「では、駿介の大人入りを祝って、乾杯!」

「乾杯!」


美咲とのデートは、相変わらずのペースだったが、

その他に楽しめる時間があったからか、それほど気にはならなかった。

いや、むしろ、酒を飲めるようになったことで広がった仲間との付き合いが、

これだけ楽しいものだと知り、そちらに重点がおかれている。


「まずい……」

「今、何時だ?」


季節が8月になろうかという頃には、どこか誰かの家に集合して、

酒をのんだ後、そのまま寝てしまうような状態になることもあり、

そういった日には、午前中の講義など、お経のようにしか聞こえなかった。


「今年お前が見ている学生は?」

「今年は双子なんだ」

「双子? へぇ……」


家庭教師バイトも、2年目を迎えた。去年面倒を見ていたダンベル少年は、

無事、希望の高校に合格し、今でも時々手紙をくれる。

今年、紹介された学生は、そのマンションで暮らしている双子の男の子だった。

どうも、母親同士が仲が良く、俺を褒めてくれたことで、契約が成り立った。


「ほほぉ……評判の男と言うわけだ、駿介は」

「まぁな」


なんだろうか、1年前がウソのように、全てが余裕の中にあった。

まだ2年だからか、就職という2文字もあまり現実的に思えないからかもしれない。

初めて飲んだ酒は『苦み』ばかりが残ったが、

あっという間にそれを『美味い』と感じるようになった。





「ねぇ、ワインはどう?」

「そういえばワインは飲んだことがないな」

「全く、駿介はどうせ安い居酒屋で騒いでいるだけなんでしょ」


暦が8月の後半に入ったある日、玲からの連絡があった。

『坂田中学』時代のサッカー部監督の家に、初めて子供が産まれたのだという。

お祝いを贈るつもりなので、一緒に名前を載せないかという相談に、

頼むとお願いしたつもりが、一緒に食事をするという違った約束へ向かい、

たまには色々な人の近況を知るのもいいだろうと、以前入った店で待ちあわせをした。


「美味しい」

「お前、飲んでよかったっけ?」

「失礼ね、私の誕生日は駿介より早い5月です」


玲は一度切った髪を、また伸ばし始めた。

短大の先輩から、就職には一つ結びが有利だと、聞いてきたらしい。


「そんなこと、就職に関係あるのか」

「あるのよ。面接官が男性のところがほとんどだもの」


俺にしてみると、玲は卒業したら実家に戻ると思っていたので、

東京で就職探しをしていることも、さらに驚きとなる。

あいつは、『金村園』は兄貴が継ぐのだと、当たり前のようにそう言い切った。

確かに、玲には3つ違いの兄がいる。

高校から私立に通い、大学も東京へ来ていたはずだ。


「なら、家を継いだのか」

「それがね、百貨店に就職したの」

「は? どうして」

「お父さんも驚いたみたいだけれど、お兄ちゃんは付き合いを広げるためって、
そう言っていたわ。まぁ、人脈が商売にどれだけ影響するのか、
わかっているってことでしょ」


期限付きでという条件で、叔父さんも東京残りを了承したらしい。

『東京』が絡むと、強く出られないところは、今も昔も変わらないようだ。


「そうか……就職か」

「まだ駿介は2年だもんね、真剣には考えられなくて当然よ」


東京に出てくる時には、そう思っていなかったのに、

今、玲に言われて、妙に納得出来る自分がいる。

東京に進学して、夢を追える企業に入ってという、

目標を変えているわけではないけれど、そのための努力をしているのかと言われると、

下を向くことになりそうだ。





玲と食事をした1週間後、美咲が東京へやってきた。

月に1度というペースが、ここ半年くらいは続いている。

玲と同じように美咲も短大に通ったのだから、就職活動を始めているだろうと思い、

何気なく聞いてみる。


「就職活動、どうなの? 
こっちの情報がわからなかったら、玲に聞けばいいんじゃないか」


大きな皿に入っているサラダを取り分けているからか、美咲からは返事が戻らなかった。

俺は、皿を受け取り、フォークを持ち、もう一度就職活動はと聞いてみる。


「そうよね」

「そうよねって、美咲もそれなりに考えてはいるんだろう。
お前だったら、東京でも十分見つかると思うけれど……」


『東京』という言葉を出した途端、

目の前にいる俺にも明らかにわかるくらい、美咲は辛そうな顔をした。

俺は、何か問題ある発言をしただろうかと、言葉を止める。


「お店、今、色々と大変なの」

「店? 『金村園』のこと?」

「うん……」


売り上げが以前ほど伸びず、玲の家では新規の契約先を取るために、

営業活動が大変なのだと美咲は説明してくれた。

俺は、先日玲に会ったことを話し、東京へ残るということも語る。


「そうみたいね、この間戻ってきた時にちょっと聞いた。
でも、玲ちゃんは、玲ちゃんだし」

「いや、そうだけれど、『金村園』は玲の実家だろ。
兄貴も東京の百貨店に、期限付きではあるけれど就職したって聞いたぞ。
美咲はあくまでもバイトをしているだけなんだし……」


美咲はサラダを口に入れて噛みながら、その通りだと頷くけれど、

表情はあまり変化がない。


「とにかく、もう少し考える」


『考える』と言われて、俺はそれ以上何も言えなくなった。

就職をするのはあくまでも美咲で、俺ではない。

しかし、それから1週間後の電話では、さらに話しは変わっていく。


『就職活動はしないことにした』

「しない? じゃぁ、このまま『金村園』で働くのか」


そんなバカな……という台詞が、言葉にならずため息になった。

世話になっているという負い目があったからこそ、

『金村園』とあの伯父さんの呪縛から脱け出せなかったのに、

社会人という自由な立場になれるのに、どうして羽ばたかないのだろうかと、

俺は口調が荒くなる。


『前にも話したでしょ。部長が変わって、ベテランさんが辞めてしまったの。
今、私まで抜けてしまったら、色々と迷惑になるし……』

「そんなに人が必要なら、玲や兄貴が戻るべきだろうが。
いくら尽くしたって、何もならない美咲が、どうして……」


いくら我慢して尽くしても、どんなに働いても、

あの家で美咲がありがたがられることなどありえない。

それは中学、高校と、俺自身が感じてきたことだ。


『ごめん駿介。これから人と会うから、電話切るね』

「おい、美咲……」


こちらの呼びかけに返事はなく、電話はそのまま切れてしまった。

時計を見ると、午後7時を回ろうとしている。

今からいったい、誰にどこで会うというんだ。


「なんだよ、あいつ!」


腹が立った。寝る前にもう一度電話をかけてやると電話を睨みつける。

すると、その視線が怖いのか、電話がいきなり鳴りだした。

俺は美咲が気持ちを変えたのかと思いながら、受話器を上げる。


「もしもし……」

『おぉ、駿介。お前いるんじゃないか、なぁ、出てこいよ』


電話は美咲ではなくて、どこかの居酒屋にいる禎史だった。

サークルの仲間と流れで飲み会になり、俺の名前が出たのだという。


「今から?」

『あぁ……楽しく飲もうぜ!』


夜、再度美咲との話し合いをしたい気持ちはあったけれど、

イライラした状態で互いに向き合っても、いい内容にならない気がして、

気分を入れ替えるためにも、俺は禎史に誘われた場所へ遅れて向かった。

そこにはすでに数名がほろ酔い状態になっていて、禎史はスターが登場したかのように、

酔ったまま拍手で出迎えてくれた。


「はい、どうぞ」

「あ……ありがとう」


そばに来て、ビールを注いでくれたのは、以前、川釣りに出かけた日、

餌をつけられず困っていた鮎川だった。


テーブルの上には実家が北海道だという女の子のお土産が置いてあって、

俺も一つおすそ分けしてもらう。


「北海道か……食べ物美味そうだな」

「あら、九州だって美味しいですよ」


隣に座っている鮎川が、自分の故郷をそう自慢した。

確かに、九州もうまいものは多かった気がする。


「鮎川、九州なんだ……それは遠いな」


一緒に来た女友達が、鮎川には遠距離恋愛の彼が九州で待っているのだと、

情報を語ってくれた。鮎川は友達に少し酔いすぎだと、忠告する。


「遠距離恋愛ね、ほぉ……」

「倉ちゃんも遠距離なんでしょ? まなが言ってたよ」


まなとは林原のことだ。

あいつは俺の隣の先輩と別れてから、しばらく恋愛休止と笑っていたけれど、

そういえばここにいない。


「林原は一緒じゃないの?」

「まなは新しい恋が始まったの」

「は?」


鮎川は、食べ物をうまく取り皿に入れてくれながら、林原の状況を説明してくれた。

恋愛休止と言いながら、さっさと自分で打ち破るのは、あいつらしいといえば、

あいつらしい。


「倉ちゃんはどう? 恋愛順調?」

「順調……と言いたいところだけれど、そうでもないな」


鮎川は聞き上手だ。

釣りに行ったときにも、大学のことやらバイトのことやら、

あれこれ語っていた覚えがある。ちょっとした相槌を入れてくれるからなのか、

俺は美咲と口げんかしてきたことを素直に語ってしまった。


「ケンカか……それはすぐに修正しないとね」

「すぐ?」

「そうよ、長引いていいことなんて、何もないから」


グラスを片手にその言葉を自然と耳に入れる。

確かに鮎川の言うとおりだとそう思った。

すぐ会えないからこそ、誤解は解いておいたほうがいい。

俺は、飲み会が終わったら、やはり美咲に電話をしようと決め、

飲みかけの酒を喉に押し込んだ。




第13話

小さな芽を出した駿介と美咲の『恋』、強い風に倒されず、花は咲くのか……
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