第16話

第16話




梨花との日々が続く中で、俺は大学3年生になった。

家庭教師のバイトも3年目を迎え、初めて中学1年の女の子を担当する。

特に受験を控えていないからか、まだ小学生に限りなく近いからか、

生意気なところよりも、子供らしい部分が多く、どう距離を保てばいいのか、

なかなか難しかった。

梨花も2年になり、週の半分は『大町キャンパス』となった。

こちらよりもさらに郊外にあるキャンパスは、自然が多く、芝生に寝転がっていると、

すぐに寝てしまうと教えてくれる。

今まで、決まっていたようなデートコースが、少し幅広くなり、

今まで使ったことのなかった駅の中も、わかるようになった。

『大町キャンパス』のある『春が丘』という駅は、新興住宅が多く、

大きなマンションが駅前にいくつか立っている。

ショッピングフロアと呼ばれる広いスペースがあり、週末ともなれば、

あちらこちらから、買い物客がやってきた。

家庭教師の家から、電車でこちらに向かい、

梨花が戻ってくるまで駅ビルの中にある店で、時間をつぶす。

夏を先取りしたシャツを見ながら立っていると、いきなり目隠しをされた。


「おい……」

「お客様、ただでジロジロと見られては困ります」

「はいはい」


梨花は思ったよりも早く終わったと嬉しそうに言うと、見ていたシャツを手に取り、

俺の前に置く。この色よりももっと濃い方が似合うと言われ、

並んでいる商品をさらに探し始めた。


「梨花! 座ってるからな」

「うん……」


それぞれの店の前には、ベンチがいくつか並んでいる。

そこには俺と同じように、買い物に疲れた男が、数人座って本を読んだり、

腕を組んで居眠りしたりしていた。

シャツを選んだことが、梨花の買い物魂に火をつけたようで、

次は自分のものを選びたいと、隣の店に入ってからすでに30分が経っていた。


「ふぁ……」


適当な温度がちょうどいいのか、椅子のクッションがちょうどいいのか、

すぐに眠気が押し寄せる。いいところで店内から梨花の声が聞こえ、顔を上げた。

シャツを片手に1枚ずつ持ち、両方を自分にあてている。

どちらが似合っているかと聞いているのだろう。俺は視力検査のように、

指を右側に向けた。


「駿介!」


聞きなれた声に振り返ると、目の前に立っていたのは玲と、見知らぬ男だった。

玲はその男に何か話をすると、こっちに向かって歩いてくる。

梨花の方を向くと、あいつは全く気付いていないのか、

さらに一つの商品を足して、悩んでいるように見えた。


「驚いた、こんなところで会うなんて」

「あぁ……」


驚いたというより、東京という場所が本当はものすごく小さいのではないかと、

考えてしまう。玲は、彼氏が待っているからと言いながらも、

店内に一度目を向け、余計なことを口にした。


「本当に、美咲と別れたんだね、駿介」


先月、実家に帰った時になんとなく知ったと、玲は聞いてもいない情報を披露した。

視線の先で、梨花が商品を選び、レジに並ぶ。


「まぁ、東京に出て来た駿介と、美咲じゃ合わなくなるとは思ったけどね」


玲は、ここで俺に会うのなら、就職して作った名刺を持ってくるべきだったと、

どうでもいいことを悔やんでいる。


「ほら、彼氏が待ってるぞ、早く行けって」

「わかってます。ちょっと懐かしいから来ただけでしょ。冷たいんだから、駿介。
美咲が2月、一人でいきなり東京に行ったって聞いたときには、驚いたけど、
その調子で振っちゃったんだ……」



2月。



東京……



「あ、そうそう、また同窓会の話があるらしいから、連絡するね」


玲はそういうと、ロングスカートをなびかせて、彼氏の方へ戻っていった。

楽しそうに手をからめ、歩いていく。


「お待たせ倉ちゃん」

「うん……」


梨花が隣で、意外に掘り出し物があったこと、

色がかわいいので、着回しするのが楽しみなことを嬉しそうに語る。

それを聞きながらも、俺の頭の中では、『2月 東京』の文字が、

グルグル回って落ち着くことがなかった。





暦が5月に入った日。俺は久し振りに実家へ戻った。

『成人の日』は1月15日だけれど、暦によっては田舎に戻りにくい人がいるため、

地方の町は、ゴールデンウイークやお盆の頃に、

あえて同窓会などを含めてやるところも多い。

『陵州』も、その中の一つだった。


「久し振り、元気?」


同窓会の会場では、それなりの声があちこちから響く。

サッカー部の連中や、クラスの仲間と、俺も久し振りに会話をする。

少し早めに社会へ出た者、地元に残り大学の進学をした者、

それぞれが『東京』の響きに、住んでみての感想を聞いてくる。

驚いたことや助かったことなどを語りながら、周りを囲む人たちに自然と目を向けた。

ちょっとした輪が出来ていたのは、俺と同じように東京へ出た玲のいる場所で、

その中には、高校時代よりも少し大人びた面々も顔を見せる。

和やかな語り合いがあちこちで進む中、当時、学年主任として厳しい指導をしてきた、

大野先生が挨拶をした。

学生時代から何年経ったのだろう。あの頃はもっと体が大きく感じたけれど、

頭の白髪が増えたからなのか、少し小さく見えてしまう。

その時に初めて、会場の隅に美咲が立っていることに気付いた。

玲ほどではないが、数名の仲間と楽しそうに語っている。

元気でいるのだとわかり、ほっとしたのと同時に、『2月に東京へ来た』という、

不確定情報がまた、頭の中を横切った。





2時間ほどの会が終了し、それぞれが次にどうするかを話し合っている。

俺たちサッカー部はこのまま別会場へ向かうことが決まっていたため、

廊下で残りの数名を待つことになった。

すると美咲が会場を出るのがわかり、

他の友達と別の場所へ向かうのかと見ていると、ひとりで階段を下りていく。


「おい、駿介、下に集合だって」


地元に残ったメンバーが準備したタクシーが揃ったと言われ、

俺も階段を降りていく。玄関を出て立っていた美咲の前に1台の車があった。

車の中から出て来たのは、スーツに身を包んだ男。

見たことがない人だけれど、明らかに自分より年齢が上に見える。

男は運転席から降りると、美咲の方へ回り、

笑顔で助手席の扉を開けてやっている。

肩に軽く触れると、美咲は頷き車に乗り込み、そして走り去った。


「駿介!」


声に振り向くと、立っていたのは玲と、当時キャプテンをしていた浅居だった。


「ほら、行くわよ、サッカー部集まり」


スーツの裾をつかまれ、玲に言われるまま、

サッカー部の連中が集まっている場所へ向かう。


「美咲は、徳田さんが連れて帰ったでしょ」

「徳田?」


別会場へ向かう途中、玲から美咲の今を聞かされた。

美咲を迎えに来た男は、この辺では大きなセレモニーホールの優秀な社員で、

よく『金村園』に出入りしていたのだという。

葬式などのお返しに、『金村園』のお茶をと、玲の親父が強く売り込み、

その後押しをしているのが、彼だった。


「去年、陵州に来たらしいんだけど、来た当時から美咲のことを気にいってね。
猛プッシュだったらしい」


徳田という男にしてみたら、俺と別れた美咲はなんとしてもと思う状態なのだろう。

迎えに来ることをお願いしたとなると、美咲も気持ちが決まったのでしょと、

玲は軽くそう言った。


「徳田さん、26なんだって。仕事も出来て優秀な人よ。
挨拶したくらいしかないけれど、なんとなくわかる」


わかっている。

美咲の手を離したのは、間違いなく俺だった。

地元から抜けられないと言う美咲のことを、突き放したのは俺自身で、

その先、どういう男性と付き合うことになろうとも、

それをどうのこうのと言える立場にはない。

『金村園』の商売にも、影響を及ぼす男なら、

玲の親父もきっと、美咲に強く薦めているのだろう。

何も役に立たない俺と付き合うより、よっぽど住みやすくなるかもしれない。

そんな様子が、見てもいないのに、確信できた。





部活の連中と盛り上がり、家でも久し振りに母親の手料理を味わい、

それなりに満足出来る里帰りだったはずなのに、

美咲の今の姿を見たことで、2月に東京へ来たと言う情報が妙に気になった。

電車で東京に戻り、家への道を歩く。

梨花の部屋を見上げると、まだ戻っていないのか真っ暗だった。

お土産は明日にでも渡そうと思いながら、アパートの階段を上がった時、

廊下の隅に置いてある、共同のちりとりから、ほうきが風でパタンと倒れた。

男ばかりのアパートなので、空になった酒の瓶や缶が、廊下に置いてある。

足でそれを隅に避けたとき、ふと思い出した。

家から米が届き、梨花にお裾分けをしようとした日は、確か2月だった。

あまりにもきれいになっていたこの廊下を見て、梨花がどうしたのだろうかと驚いた。

大家さんではないかと、あれこれ探ることなどなかったが、

あれ以来、同じようなことは一度も起きていない。

もし、本当に大家なのだとしたら、その後も同じようなことが起こるはずだった。


「……美咲」


あいつは本当に、東京へ来たのだろうか。

もしかしたらこの場所で、俺のことを待っていたのだろうか。

カギで部屋を開け中に入ると、電話が鳴り出し、すぐに受話器をあげる。

誰かと思えば、実家の母親で、持たせたかったものを渡し忘れたと嘆き、

最後は俺がさっさと帰ったからだと、お門違いの怒りをぶつけてきた。





あの日の出来事が、美咲のしたことだったのか、答えてくれる人はなく、

時間はどんどんと先へ進んだ。

7月に入ると、就職活動のあれこれを指導室から聞かされることも増え、

それまで、どこか上の空だった学生達も、いよいよという雰囲気が出始める。

流通の世界で、ある程度の業績を納める企業を、一覧から探し、

経済誌や講師の話を参考にしながら、一つずつ可能性を探る。

そして7月の終わりごろ、弟の恭介を1泊させてほしいという話が、

母親から入ってきた。

3つ違いの弟は、今年高校3年生で、受験を迎える。

本人は地元の『陵大』を希望しているらしいが、今は大都市で行われる夏の模試を受け、

その成績を参考にするのが当たり前らしく、

その受験をするために上京してくるのだという。


「へぇ……それじゃ綺麗にしておかないと」

「いいよ、あまりにも綺麗だと、妙だろ」


梨花の部屋でテレビを見ながら、この週末に訪れる恭介のことを話し、

自然な流れで抱き合った後、ひとり部屋へ戻った。




第17話

小さな芽を出した駿介と美咲の『恋』、強い風に倒されず、花は咲くのか……
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