第23話

第23話




季節は春から夏へと向かう。

おっかなびっくりだった仕事も、少しずつペースをつかみ、

任されるものも、当たり前だが増え始める。

茶摘の時期を過ぎ、候補地となった『陵州』にも、

そろそろ足を向けないとならない時期が近付いてきたと、

今朝の朝礼で切り出したのは、福山部長だった。


「大倉君、いらっしゃい」

「すみません、お邪魔します」

「遠慮するな、お前の家だと思えと、いつも言っているだろう」


俺は、仕事の内容で、福山部長と行動することが増えた。

さらに住んでいる場所も、沿線の流れだったため、よく家に連れて行かれ、

夕飯をご馳走になることが多くなった。

出入りをさせてもらうようになって数週間もすると、

部長の奥さんも、俺の好き嫌いまでしっかりと把握してくれていて、

当たり前のように食事が準備された。


「こんばんは」

「こんばんは」


福山部長には3人の娘さんがいる。

長女の杏奈さんは、『立南美術大学』3年生で、

次女の紗奈ちゃんは、都立高校に通う1年生。


「ねぇ、オセロしようよぉ……駿くん」


俺が行くのを一番楽しみにしてくれているのは、

まだ小学校に上がりたて、1年生の柚奈ちゃん。


「ダメよ、柚奈。パパが言っているでしょ。大倉さんはお仕事で来ているの。
柚奈と遊ぶためにきているわけじゃないんだから」


次女の紗奈ちゃんに思い切り否定され、

柚奈ちゃんはふてくされたまま襖を思い切り閉める。

奥さんの様子を見ていると、まだ食事までは10数分ありそうだ。


「柚奈ちゃん、いいよ、1回だけやろう。そうしたらご飯だから……」


固くしまったと思っていた襖は、あっという間に開き、

柚奈ちゃんは満面の笑みで現れた。テーブルの上は食事が並ぶので、

ソファーの下でオセロの盤を準備する。


「駿くんは大人だから、柚奈が決めるね」

「はいはい……」


柚奈ちゃんルールがあるのは、いつものことだった。

今日のオセロも、色は白が柚奈ちゃんで、4つの角は全て先に白に決定する。


「柚奈がダメっていったところは、置いちゃダメだからね」

「ん? はい……」


もはやゲームでもなんでもなく、柚奈ちゃんを満足させるためだけにある時間だ。

ソファーの上から、紗奈ちゃんがそれはずるいと茶々を入れ、

また柚奈ちゃんの頬が膨らんだ。

俺にも3つ違いの弟がいるが、こんなふうにやりあったかなと思いながら、

置いてもいいか確認し、自由気ままなオセロが進む。


「全くもう、柚奈は……」


手伝いをするのは、ほとんどが長女の杏奈さんで、あとの二人はケンカばかりだった。

思い通りに俺が負けとなり、柚奈ちゃんはご機嫌で食卓に座る。


「駿くん、たくさん食べて!」

「ありがとう」


小さなお世話がかりにあれこれいじられながらも、食事は進んだ。

部長から少し晩酌のおすそ分けを受けながら、仕事の話しになる。

『陵州』が有力候補地なのは間違いないのだが、

地元がどれくらい積極的に関わってくれそうなのか、

その予測がまだつけられていないのだと、現状を語ってもらう。


「昔からお茶と農業で成り立ってきているところがありますから、
新しい事業が入ってくると、その構図が崩されるのではないかと、
ガードが固いのかもしれません」

「そうか……」


奥さんは、俺の皿が減っているのを見て、またすぐにおかずを足してくれた。

なるべくみんなと同じペースでと思っているが、女の子ばかりなので、

どうしても差がついてしまう。


「遠慮なんてしちゃダメだって言っているでしょ。
大倉君は今、一番食べる時期なんだもの。ほら、おかわりどうぞ」

「すみません」


奥さんは、子供が女の子ばかりで、食べる量も少なく、

作りがいがないとそうぼやきだした。


「あ……でも、うちは弟と俺なので、
母親はいつも食費がかかるってぼやいていましたよ」

「あはは……そうだな。どっちにしても、女はぼやくんだよ」


女の悪口を言うとは聞き逃せないと、奥さんが部長に反論していると、

杏奈さんが湯飲みに入れてくれたお茶を出してくれた。

口数は少ないけれど、よく気のきくお嬢さんだ。


「ありがとうございます」

「いえ……」


部長の家の廊下には、杏奈さんが大学で描いた作品が、いくつか飾ってある。

自然の風景を描くのが好きらしく、冬の日本海を描いたものは、俺のお気に入りだった。


「今年はどこを描いたの?」

「今年は、桜とSLを描きに行きました」

「へぇ……」


杏奈さんは、まだ、作品としては未完成で、

秋の『展覧会』には間に合わせようとしていることを教えてくれた。

『立南美術大学』は会社にも近いので、見に行きますよと告げると、

杏奈さんは嬉しそうに微笑んだ。





それから2週間後、福山部長とその下で動く先輩2名、

そして『陵州』育ちの俺が、初めて候補地を見に向かった。

あらかじめ、先輩方が下話をしていたため、

町の会議場にこの辺の権力者たちが顔を揃えてくれる。

農業組合の地域会長や、タクシー会社を経営している薮本さん、

そして商工会議所関係の役員が数名と、そして『金村園』の社長である玲の親父。

小学校の運動会で、貴賓席へ堂々と座っていた面々と、

この年になって向かい合うことになるとは、思いもしなかった。

この土地の経済が、このままでは行き詰るということは、

全ての人間がわかっていることで、

話のポイントは、どれくらいの確立で決まるのかという点に絞られる。

福山部長は、こちら側も企業であるため、利益がどうなるのか、

他に付随するものが出てくるのかを全て精査し決定すると話す。


「いやぁ、あんたがたが買ってくれると言うのなら、
土地は手放すと言っている人間もいるんだよ。早くどこがいいのかとか、
どうすればいいかってことを、教えてくれなきゃさぁ……」

「それは出来ません」


こういった限られた人数しか出ていない会議の場所で、

全てを決めてしまうことは出来ないと、福山部長は突っぱねた。

それでも、他にも土地を譲ってほしいと言う話が出ていることを言い出した薮本さんは、

出来たら、この土地で動く企業に譲りたいからと食い下がる。


「薮本さん」

「いや、お堅いことばっかり言わないで、お互いに歩み寄ろうじゃないですか」


この辺では、ある程度自分の意見が通る人たちだろうが、

相手が全国区域の企業であれば、そうはいかない。

福山部長は、こんなことはすでに慣れていて、何を言われても顔色一つ変えず、

資料だけを手渡した。

それでも、まずは接待からという陵州の常識で、

その日は地元の材料を使った料理などが、あれこれ出された。


その後、福山部長は先輩方と、

アポイントを取っていた市会議員との話し合いに出かけていった。

こちらから出席するのは何名と決められていたため、俺は留守番となる。

会場の後始末をしながら、空いた時間で実家に顔でも出そうかと思っていると、

外でタバコを吸っている、金村さんが見えた。


「お久しぶりです」

「あぁ……」


俺が小学生の頃から、この人は何も変わらない。

威圧感があって、人を寄せ付けない。

よくこの態度で商売が成り立っていると、いつも思っていた。


「大倉君」

「はい……」

「君は、優秀なんだね」

「いえ……」


褒めているのだろうか。この人が言うと、それすらもわからない。

金村さんは、玲が東京に残り、化粧品会社に就職したことを教えてくれる。

まぁ、教えてもらわなくても、玲からは手紙がきたのだが。


「人というものは、環境で変わっていくものだ。
君もこういった道を歩き出したのだから、最善の方法を選択しなさい」


わけがわからなかったが、とりあえず頭を下げた。

最善の方法を選択したから、この会社に入社したのだと、

何も言わない背中に向かって、つぶやいていく。

会場を先に出たと思っていた薮本さんが俺を見つけ、

実家に行くのならタクシーに乗っていけと、急に扉を開ける。


「ありがとうございます」


何も考えずにタクシーに乗ってしまったが、扉が閉まった瞬間から、

薮本さんは、自分に今知っている情報だけでも披露して欲しいと

出来もしないことを言い始める。正直、俺はまだ、この仕事では下っ端で、

核の部分は何も知らない。そう言ってみても、なんとか糸を手繰り寄せたいのか、

どれくらいの確立なのかをさかんに聞いてきた。


ある程度のことは予想していたが、

これほどまでに、地域全体が浮き足立つとは思わなかった。

この曲がり角を過ぎたら実家だと必死に願い、なんとか家までたどり着く。


「料金はいらないからさ」

「あ、それは困ります。そんなことをされても……俺……」


後部座席から札を渡しても、薮本さんは取ろうとしない。

なんとか手渡せたと降りてみれば、発車寸前に窓から札が落とされた。


「困りますって!」


叫んだ俺を残し、タクシーは走り去っていく。

仕方がないので、母親に事情を話し、届けてもらうことにした。


「噂にはなっているのよ、どこの土地が買われるのかとか、
どれくらいの大きさで、働ける人数はどうなのかとか……
みんな、新しいことに慣れていないでしょ。期待も不安も、やたらに膨らんじゃって」

「あぁ、びっくりした。今までおっかないと思っていた人たちが正面に座ってさ、
じっとこっちを見ているんだ。怒られているわけでもないのに、息苦しくて」

「仕方がないわね、そういう企業を駿介が選んだのだもの」


母親の言うとおりだった。

『陵州』を変えて行きたいという夢を持ち、その実現が出来る企業を選んだのだ。

色々あって当たり前で、俺も時が過ぎたら部長のように出来るのかと思いながら、

出された羊羹をほおばった。




第24話

小さな芽を出した駿介と美咲の『恋』、強い風に倒されず、花は咲くのか……
いつも訪問ありがとう、ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

非公開コメント