第24話

第24話




人はなぜ、『東京』に憧れを抱くのだろう。

それは、日本の中心が東京で、何もかもが手に入る場所だからだ。

しかし、『東京』は狭い。

ここだけで日本全体を支えるのには、そろそろ限界が来ている。


「まぁ、スタートとしては、よかっただろう」


市会議員との話し合いも、思ったより好意的に進んだと、

福山部長は満足げだった。いつ、連絡が入るのかわからず、実家に待機していたため、

結局、美咲とは会えずに東京へ戻ることになる。


「大倉」

「はい」

「向こうに戻ったら、リストを渡す。調べを始めてくれ」

「はい……」


薮本さんや金村さんたちから、あれだけしつこく聞かれながらも、

具体的な案はまだ何もないと言い切っていた福山部長だったが、

実際には、ある程度、候補地が絞られていた。


「こちらを見ていただけますか」

「はい……」


会社に戻り渡されたリストには、書き込まれた情報が細かく入っていた。

実際にこれを調べたのは、『ボルテックス』ではなく、

業務依頼をしたうえで、調べを進めてもらっている別企業だ。

会議室に10名ほどの社員が並び、一回目の報告を聞くことになった。


「注目していただく場所には、水色でチェックをしてありますが……」

「注目とは……」


どこの土地を持っているのか、その土地が過去にどのような使われ方をしていたのか、

そしてどういった家庭で持ち主が誰なのか、相続は誰がするのか、

家族構成は平均的なのか、その土地を必要とするような生活をしているのかなど、

データは思っていたよりも細かい。

それにしても、相続問題まで調べ上げるとは、なかなか大変な仕事だ。



『榎本食品 榎本完治』



坂田中学のサッカー部で、同じグラウンドを駆け回った榎本の家は、

地元で取れた野菜を使って、加工食品、主に漬物を製造する町工場だった。

地元のスーパーなどにも商品を卸していて、

確かしっかりとした経営をしていたはずなのに、なぜかリストに入っている。


「あの……」

「はい」

「榎本食品もリストに入っているのですか」


思わず口から出てしまった。

調査担当者の田丸さんは、印がついているのでと、当たり前の返事を寄こしてくれる。

『ボルテックス』の先輩社員たちも、調査会社の他の社員たちも、

俺が何を言いたいのかわからないようで、静かな会議室がさらにトーンを落とす。

個人的な思いで、相手の発表を止めるような場所ではなかったと反省し、

『すみません』と頭を下げた。





「どうした、大倉。急に質問するから何かと思ったぞ」

「すみません、リストに入っていたのが友人の家だったので」

「榎本食品か?」


会議室から出た後、すぐ上の先輩高瀬さんが、何が言いたかったのかと尋ねて来た。

俺は、榎本との関係を語り、あいつの家が売りに出されていることが信じられなくて、

つい言ってしまったと話す。


「そうか、お前の地元だもんな『陵州』は」

「はい……」

「気にはなるだろうけれど、個人的な感情はああいった席で口には出すな。
もちろん、地元に帰って親や友達に語るのも厳禁だ、わかるだろ」

「はい……」


それは、先日のあいさつ回りで、理解できたことだった。

少しでも有利な条件を得たい人はたくさんいて、

そのためには手段を選ばない雰囲気さえ、感じとれた。


「俺たちのやろうとしていることは、互いの利益の追求だ。
向こうにも利益があるけれど、こちらにもなければ意味がない。
全ての人たちが納得するようなことをしていては、商売ではないからな」


全ての人が納得すること。

確かに、それはそうだろう。


「『ボルテックス』の仕事だけれど、交渉は別の人たちが行う。
その意味をしっかり理解して、いい意味で遠目から見なくちゃダメだぞ」


俺は、高瀬先輩にすみませんでしたと謝罪した。

高瀬先輩は、大変なのはこれからだと笑いながら、昼飯をおごってくれた。





書類だけを睨み続けた時間が終わり、ラッシュの電車に揺られ改札を出る。

コンビニに入り、弁当を買った後、隣の青果店でトマトを買った。

毎日、味噌汁を作るか、野菜を食べるか、どちらかは続けてと美咲に言われていて、

今日は作るのが面倒だからと、野菜を選ぶ。

青果店の隣は、不動産屋があって、その隣から数店舗続いていたはずの建物は、

シャッターが閉まっている。始めは建物が古くなったから立て直すのかと思っていたが、

数日前に計画書が張り出され、

ここには沿線に展開するスーパーマーケットが立つことがわかった。

コンビニとスーパーに挟まれてしまったら、この個人店舗は、どうなるのだろう。

『ボルテックス』が陵州に対し、調査と売却交渉を展開するのと同じように、

この場所でも、戦いが繰り広げられている。

威勢良く、お客さんに声をかけているおじさんを見ながら、

全ての人が納得できるわけではないと言った、高瀬先輩の言葉が思い出された。





季節は6月に入り、同級会が東京のホテルで開かれると、母親がアパートにやってきた。

福山部長と陵州を訪れてから2週間、噂はどんどん広がっていると言う。


「まぁ、どれくらいの規模になるのかとか、
誰々さんの土地が第一候補じゃないかとか、みんな色々と噂しているのよ」

「本当かよ。まだ、正式に場所だって決まっていないのに」

「刺激が少ないからね、ちょっとしたことでも、大きくなってしまって……」


母親はタッパに入れてきた色々な料理を、冷蔵庫と冷凍庫にわけて入れだした。

そして、近頃スーパーへ買い物に行くと、妙なことを言われるのだと愚痴りだす。


「どうしたら、駿介君のように、エリートを育てられるのですか? なんて、
お母さん聞かれて困るのよ」


地元から飛び出し、『東京』の大学に通い、

大手と言われる会社に勤めた俺のことを、『エリート』と呼ぶ人が増えていると、

母親はため息をつく。


「普通に反抗期を乗り越えただけですって、そういうんだけど……」


『東京』に暮らしてしまうと、それほど『東京』が特別な場所だとは思わなくなるのに、

田舎にいると、その部分だけを強調したくなるらしい。

地元の『陵大』を卒業し、公務員になった同級生もいるし、

地域のためにと消防士になったやつもいる。

俺からしたら、その方がよっぽどと思うけれど、そばにいる人間は、

どうもそう見えないらしく。


「そんなこと言われて、調子に乗るなよ」

「乗るわけないでしょう。我が家は冷静よ、みんな」


その母親の言葉は、妙に納得がいった。

地元にあまり深く関わっていない家族なだけに、冷静な部分はあると思えてくる。


「そう、この間のタクシー代金、やっと受け取ってもらえたのよ。
もう、二度とやめてね、あぁいうの」

「やめてって、向こうが勝手に乗れっていって、勝手に走ったんだぞ、
俺だって迷惑だよ」


タクシー会社経営の薮本さん。

小学校の運動会でも、借り物競争などで、子供が迷っていると、

ついついあっちへ行け、こっちへ行けと、仕切ってしまう人だった。

黙っているとか、静かにしているというのが、似合わない人には違いない。


「駿介」

「ん?」

「お父さんがね、仕事とプライベートの切り替えをしっかりやれよって」


男同士の父とは、あまり正面を向いて話したことはなかった。

酒を飲めるようになってからも、晩酌をするたけで、無言の時間も多かっただけに、

心の奥底をズバリ言い当てられると、ずっしりと重みを感じてしまう。


「あぁ……自分で決めた会社だからね、こんなところで負けてられない」

「そうね」


同窓会を終えた母は、次の日、陵州へ戻っていった。

リストを初めて見た日から1週間後、調査会社から新たな話を告げられる。


「消去?」

「あぁ……『区域3』は消滅」


『区域3』

『陵州』の候補地は、3ヶ所あり、その中の『区域3』がリストから外れることになった。

その中に入っていたのが、『榎本食品』になる。


「どうして……」

「隣町のクリーニングチェーンが、洗浄工場を作りたいと探していたらしい。
どうもそっちにOKを出したようだ」


土地を狙うのは、『ボルテックス』だけではない。

それでも、大きな企業が狙っていることを知った区域の人たちは、

その結果がどう出るのか、見届けようとしていたらしいのだが、

『榎本食品』は、工場をそのまま買い取ってくれると言う条件に、

単独でOKを出してしまったという。


「榎本食品だけが、勝手に売ったってことですか」

「あぁ……そうみたいだ。書類で取り決めたわけではないけれど、
どうせならまとめて買い取ってもらおうとした近所の人たちは、相当怒っているらしいぞ。
うちも、『榎本食品』の場所が買えないとなると、ここには魅力がない」


流通工場にするには、工場を建てる土地、車が止まる土地、

それなりの広さが必要だった。『榎本食品』はその敷地の真ん中にあるため、

それを別の場所に奪われては、意味がなくなってしまう。


「大倉の同級生だって言っていたな、この店」

「はい」

「相当経営が苦しかったんじゃないか? 周りと相談もせずに売却するなんて。
もう、土地を出て行く覚悟でさ」


坂田中学、サッカー部。

俺は試合を組み立てるミッドフィルダーのポジションにいて、

榎本はディフェンダーだった。

ほとんどが県立の学校に通う中、あいつは電車に乗って、

わざわざ私立の高校へ通い、流行を取り入れるのも早かった。

玲の家、『金村園』ほどではなかったにしても、『榎本食品』で仕事をする人も多く、

スーパーへ行けば、あいつの家の漬物が売っているのが当たり前だった。

『区域3』につけられた大きなバツ印。

地図上に展開する話がどうしても信じられず、俺は次の日曜日、地元に戻った。





「ここ2、3年じゃないの?」

「2、3年?」


母親の話だと、『榎本食品』は、この2、3年で急激に経営状態が悪くなった。

道路が拡張され、大きなトラックなどが走り回るようになると、

今まで届かなかったものたちが、簡単に届くようになる。

小さな町工場は、もっと大きな力を持った企業にどんどん押され、

その流れをつかみとれなかった経営者たちは、流れを止めることが出来ずに、

溺れてしまう。

俺は自転車に乗り、『榎本食品』に向かった。

もし、榎本がいたら、せめてどこに引っ越すのか、

これからどうするのかを聞きたいとそう思った。

しかし、すでに『榎本食品』の工場には大きく重たい鍵がぶら下がっていて、

裏にある家にも、人の気配は感じ取れない。

誰がやったのかはわからないけれど、

壁には黒いスプレーで『うらぎりもの』と書いてある。

俺は自転車を降りて、とりあえず家の玄関でインターフォンを鳴らすが、

誰も出ては来なかった。




第25話

小さな芽を出した駿介と美咲の『恋』、強い風に倒されず、花は咲くのか……
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