第25話

第25話




その日の夜は、美咲と食事をすることにした。

車で迎えに行き、地元から少し離れた店へ連れて行く。

俺は、榎本の家のことを、美咲に尋ねた。

美咲も、だいだいの事情は知っていて、何度か町で会ったけれど、

挨拶をしてくれなかったこともあると、話してくれる。


「挨拶も?」

「うん……榎本君、昔とは全然違うの。いつもしかめっ面していて、
同級生の女の子たちも、みんなそう言っていた」


無駄かも知れないと思ったが、

俺は自分の携帯電話の番号を、榎本の家のポストに入れてきた。

大人になって、それぞれ事情があるとはいえ、全てをとっぱらって話すことくらい、

今でも出来ると思ったからだ。

美咲は、連絡は来ないのではないかと、悲観的なことを言う。


「そうかな」

「ごめんね、駿介。こんな言い方をしたら嫌かもしれないけど、
榎本君にしてみたら、駿介とは一番連絡を取りたくないんじゃないかなって」

「どうして」


美咲は、俺が『ボルテックス』に就職し、『陵州』を変えようとしていること、

うまくいかなくなった自分の人生に比べ、見た目は順調で華やかに見えること、

誰でも辛いときには、人のせいにしたくなるとそう言った。


「そうかな……俺は、同級生として会いたいだけなんだけど」

「私はね、榎本君の気持ち少しわかるの。父があんなことになって、
ここへ逃げてきたでしょ。人の目が怖かったし、人が立ち話をしているだけで、
自分の悪口を言っているんじゃないかって、常に思っていたし……」


美咲は、追い込まれた人の思いを、そう話してくれた。

確かに、俺にはそんな経験がない。

それなりに苦労して、あれこれあったけれど、

結果的には全てオーライだったと言われてしまえば、言い返せない。


「私は、駿介が苦労していることも、わかっているけど」


美咲の言葉を聞きながら、余計なことをしたかもしれないという思いが、

だんだんと広がりだす。テーブルの上に置いた携帯電話が着信を知らせ、

俺はそのまま受話器を持つ。


「はい……大倉です」

『……駿介か』


何年も会っていなくても、子供から大人になっても、それが榎本であることは、

すぐにわかった。俺は受話器を手で押さえ、レストランを出る。


「もしもし、榎本?」

『……あぁ』


キャッチボールというような言葉のやり取りではなかった。

元気なのかどうなのかを、俺が一方的に話し、アイツはただ返事を寄こすだけ。

それでも、こうしてかけてきてくれたことが嬉しくて、始めは緊張していたのに、

だんだんと気持ちが高ぶってくる。


「今、どこにいるんだ。家?」

『家はもう入れない。お前は東京に戻ったのか?』


俺は、今夜の最終で東京に戻ることを話し、少しだけでも会えないかと無理を言った。

声が聴こえたら、姿を見たくなるのは当たり前のことだ。

この土地を離れてしまうのだと思うと、余計に焦ってしまう。

美咲といる場所を話し、少しだけならという条件で会うことになった。

今いる場所から20分くらいでつくと言われ、昔、初デートを邪魔された日のことを、

急に思い出した。


「榎本君がここへ?」

「あぁ……二人でいるところにアイツが来るのって、あの日以来だな。
ほら、初デートの日」

「……あぁ、『恋するモルモット』の日」

「そう」


映画を見るならこれがお勧めだと紹介されたのは、

『恋するモルモット』という題名の映画だった。

題名とは反比例で、内容は結構よかった覚えがある。

あの時、主人公の妹役をしていた新人女優は、昨年一番ヒットしたドラマの主役だった。

時代は流れたのだと、あらためて思う。

レストランの窓から入ってくる車を見ていると、榎本が言っていた時間通りに、

1台の軽自動車が駐車場に現れた。扉が開き中から背の高い男性が姿を見せる。


「あ……」


美咲もすぐに気付いたのか、小さな声を出した。

榎本は、高校の頃よりさらに背が伸びて、当時と同じような細身の体をしている。

小さな黒いバッグを脇に挟み、レストランの扉を押すのが見えた。

美咲は向かい合っていた席を離れ、俺の隣に座る。

視線を向けた榎本に、俺は軽く手を振った。


「久しぶりだな、榎本」

「……あぁ」


初デートの日、電車内で座ったボックスシート。

あの日と同じ席順。

ウエイトレスが注文を取りに来たが、榎本はすぐに出ないとならないのでと、

断りを入れる。


「あのさ……」

「駿介」


こちらの言いたいことより、あちらの言いたいことを聞くのが先だとそう思った。

名前を呼ばれ、その次の言葉を待つ。


「凱旋の里帰りか……」


『凱旋』。

戦いに勝ち、戻ることを言う。

榎本は、ウエイトレスが置いていったお冷を飲み干した。


「東京に進学して、東京で一流企業に就職して、で、この田舎を変えていこうなんて、
まぁ、すばらしい目標だよ。お前の実力には頭が下がるわ」


同級生同士の懐かしい話し合いを期待していた俺にとっては、

全く違う風が吹く状態に、どう体を向けたらいいのか、わからなくなる。


「見ただろ。うちの壁にスプレーで書かれた文字。『うらぎりもの』だぞ。
なぁ、祖父の代から、この土地で必死に商売してきたのにさ、
最後の最後が、その言葉なんだぞ」


『うらぎりもの』

『ボルテックス』に土地を買い取ってもらおうとしていた近所の人が、書いたのだろうか。

榎本の家が、もっと力強かった日々を知っているだけに、悔しさも多少は理解できる。


「うちだってさ、『ボルテックス』が土地を買うのなら、それでもいいと思っていたよ。
でも、調査しているという連中に話を聞いたって、最終的な判断はまだだとか、
候補地は他にもあるので、検討してからとか、らちのあかないことばっかり言ってくる。
『ボルテックス』の人間はどうしたんだって聞いたって、
これは私たちの仕事ですから……だと。
あぁ、面倒ところには、大手の方々はいらっしゃらないんですよね。
玲の親父とか、薮本の親父が接待した席には、顔を出したんだってな。
結局、中小企業のギリギリの選択なんて、お前たちの頭には何も入っていないんだろ」


榎本は、周りに人がいることなど、お構いなしに言い続けた。

ずっと言いたかったことを、誰にも言えなくて、そのはけ口に俺はなっている。

美咲が、隣で俺はまだ新人で、細かいことはわからないのだとフォローするが、

それはまたそれで、榎本の気持ちを刺激した。


「その小切手が無駄になったら、次の支払いが出来ない。
1分、1秒が、命取りだったんだ。すぐに手を打ってくれると言った会社に、
自分たちの土地を売って、何が悪いんだ」


『ボルテックス』が土地の買収話を持ち込まなければ、『陵州』の人たちは、

昔からの産業と農業を大事に、これからも助け合って暮らしていくはずだった。

しかし、その枠組みを壊そうとする話が舞い込み、住民全体が浮き足立っていると、

榎本は訴える。


「お前のやろうとしていることはさ、結局、ここを食い物にして、
大手の利益を上げることだけなんだよ。結果的に土地が手に入れば、
その中で揉めて追い出されて、泣かされる人の気持ちなんて、無視するんだろ。
何が地元のためだだ……何が改革だ。おかしなことを言うな」


あいつがまくしたてた時間は、ほんの数分だった。

榎本は立ち上がり、こちらの話など聞こうともせずに出て行こうとする。

俺はその後を追い、駐車場で腕をつかむ。


「待てよ、榎本。一方的に話をして帰るってどういうことだ」

「どうもこうもない、俺は言いたいことを言いに来ただけだ」

「俺の話も聞けよ」


『ボルテックス』がひとつの地域にかける金額は、小さな町の予算くらい大きいものだ。

それだけに慎重な審査をするのは当たり前で、適当に決めてしまって、

後から問題が出た方が地元への悪影響が大きい。


「聞いたら、うちは『ボルテックス』が買い取るのか!」


榎本はそう捨て台詞を残すと、俺の手を振り切った。

止めても、土地を買い取るわけにはいかないので、手も出せない。

あいつは軽自動車に乗り、そのまま走り去っていく。

あの家にはもう、入れないのだとそう言っていたが、どこに行くのだろう。

車の姿が見えなくなるまで目で追っていると、俺の左手は美咲の右手に包まれた。


「美咲……」

「駿介、行こう、そろそろ」


美咲を送り、車を実家に戻し、東京行きの電車に乗らなければならない。

最終までにはまだ時間があるが、美咲に携帯を渡され、車のドアを開けた。


「今の榎本君には、無理よ、冷静に話をしろっていうのは」

「うん……」


『最悪』ともいえる状況の中にいる同級生に、それを笑ってごまかせというのは、

確かに無謀な話だ。それでも、たたみかけられた話の内容が否定できないだけに、

気持ちの落ち込みは予想以上だった。

『ボルテックス』は土地買収のいざこざに巻き込まれることを避けるため、

別会社にその交渉を委託している。

何もかも決定は『ボルテックス』なのだと公表しながらも、

実際、汗水流して動いているのは、中小企業の取引先。

俺たちは、上がってきたデータを見比べ、ゲーム盤のように広げた地図に、

何やら印をつけては、頭で考えているだけだ。

榎本の言うように、1分、1秒の戦いなど、していないのかもしれない。


「『金村園』があって、適当に働く場所があれば、それでよかったのかな」

「……駿介」

「この土地のためだとか言いながら、俺のしていることは、まとまっていた人たちを、
バラバラにしていることなのかな……」


鍵を入れ、エンジンをかけなければならないのに、ハンドルを握る力が出てこない。

何年か前には、冗談を言い合っていた同級生の悲しみが、

両腕にどっしりとのしかかっている。

助手席に座っていた美咲が、俺の頭を引き寄せる。


「何かをしようとする時には、衝突はついてくるのだと思う。
それでも、『よくしよう』という思いがそこにあれば、
時間はかかっても、きっと形になるから……」

「……美咲」

「駿介が、『陵州』をもっと住みやすいところにしようという気持ちを持っていれば、
何年かして、それが実を結んでいくはず」


今は種を巻く場所を耕しているのだと、美咲は俺をかばってくれた。

『榎本食品』に反発した人たちも、嵐が過ぎてしまえば、

その思いも理解できるようになり、新しいものが形になれば、

みんなまた一つになれると、話し続ける。


「榎本君、きっとまた、会ってくれる。絶対に、言い過ぎたってそう思っているって」

「そうかな」

「そうよ。中学の時、あれだけ気があったのだもの。
榎本君は、駿介のこと、大好きだってそう言っていた」


美咲が榎本の制服ボタンをつけてやった日。

話してくれたことはみんな、俺のことだったと言う。


「駿介がこうだった、ああだった。アイツは足が速いとか、声が大きいとか……」


くだらないことを言い合った日に、また、戻ることが出来るだろうか。


「駿介だから、あぁして、気持ちをぶつけにきたのだと思う。
誰にも言えない気持ちを、聞いて欲しくて……」


美咲の言葉に、俺はうなだれていた顔を上げる。

榎本の車が走り去った道を見つめ、何年先でもいいから、

一緒に酒が飲める日がくればいいと、本当にそう思った。




第26話

小さな芽を出した駿介と美咲の『恋』、強い風に倒されず、花は咲くのか……
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コメント

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継続

拍手コメントさん、こんばんは

拍手コメントさんはジム通いをしているんですね。
私が続けていることといったら、このブログくらいなので、
筋トレだの走るだの、辛いことが続けられるのは、
すごいですよ。

別のところで、ふと思い出すことって確かにありますね。
音楽は特に、そういう気分になるのかも。