第27話

第27話




その年の冬には、建築の許可が下りることになった。

俺は高瀬先輩と一緒に、関連企業へのあいさつ回りを担当する。

工事を引き受ける企業、地元住民への説明会を担当するもの、

福山部長は、新しく出来ると言われている『国土交通省』への根回しなどに忙しく、

年末はあっという間にやってきた。


「年明けに?」

「うん。いよいよ本格的に始動なんだ。色々と建設予定は入っているみたいだけれど、
うちの工事が優先で進められるように、地元の議会でも了承をしてもらった。
まぁ、住民の就職先の確保だの、物流の拠点だのって、動く金額も大きいしね」

「そんなことはどうだっていいのよ、
お母さんに関係あるのは、その前に駿介が言ったこと」

「その前?」


除夜の鐘が鳴る1日前に、なんとか実家へ戻った。

具体的に決定した仕事の話をしていたはずなのに、何か余計なことを言ったのかと、

自分の発言を思い返してみる。


「なんだ?」

「部長が、この家に来るって言ったでしょ!」

「あ……うん」

「うん、じゃないわよ。お母さんにとっては、工事の順番が早くなろうが、
金額がさらに大きく動こうが、薮本さんちのタクシーが便利だろうが、関係ないの。
駿介の部長さんが家に来るって、そこが大事じゃないの」


福山部長は、年明けの地元住民との話し合いの後、大倉家へ寄りたいとそう言ってくれた。

普段から福山家で食事をごちそうしてもらっている俺としては、

大倉家訪問を断る理由などなく、それを母親にお願いした。

そう、どうせ着飾ったって、あるもの以上のものが飛び出てくるわけではないのだから、

何も考えなくたってと思っていたのに、そうはいかなくなる。


「ほら、そこ、もう少し右」

「なんで年末の31日に、たんすを動かす必要があるんだよ」

「恭介、ブツブツ言わないの」


福山部長が来るという言葉は、母親の頭の中にあるスイッチに、

なぜか電気を入れてしまったらしく、大倉家は、その年最後の日に、

家具をあちこち移動させることになる。


「いやぁ……腰が痛いな」

「普段からやっておけばいいんだよ」

「は? 兄貴のせいだろうが。どうして俺が……」


母親のそばをゆでる姿を見ながら、

男たち3人が、今日の活躍を互いにけなし合い、たたえあう。

恭介は早々にそばを食べ、彼女と年越し初詣だと言いながら、家を出て行った。

テレビからは除夜の鐘が聞こえ、

少し前まで音楽で騒がしかった雰囲気がガラリと変わる。


「駿介」

「ん?」

「何か、手伝えることがあるのなら、隠さずに言いなさい」


親父は、恭介は家にいるので、何を考えているのかだいたいわかるが、

俺は大学から東京に出てしまっているので、何もしてやれないと語り始める。


「今のところ、特にはないよ」

「そうか……」


張り切って家を片付けようとした母親も、

少しでも駿介の印象を上げようとしてのことだと、

親父は小さなおちょこに入った酒に口をつける。


「わかってる。でも、福山部長のお宅も、本当に飾らない家だから、
うちもそのままでって、お袋に言っておいて」

「わかった……」


大倉家の電気が消えたのは、それから30分後で、

元旦の朝はすっかり寝てしまい、目が覚めたのはすでに昼になる頃だった。





美咲と初詣をし、そのままドライブする。

東京に住む父親が、秋頃にはアパートを借りれるだろうということ、

その時には金村家に借りたお金も返済できるので、

東京へ向かえるかもしれないという前向きな話を聞きながら、快調に車を走らせる。

新しい段階に、色々なものが入ったのだと確信できる里帰りに、

満足した俺は、頑張るぞという思いを抱き、東京へ戻った。

そして、新年がスタートして1週間後、福山部長とともにもう一度『陵州』へ戻る。

今までずっと、交渉をしてきてくれた会社の担当者2名と、

『ボルテックス』の担当者が顔をそろえ、

『陵州』側も、薮本さんや玲の親父を含め、ベストメンバーが集合した。


「ご協力をいただき、ありがとうございました。いよいよ、工事が始まります。
出来る限り、みなさんのご希望も伺い、より地元に馴染む場所作りをと思っています」


本当に動き出したのだという宣言に、地元の住民たちからは拍手が起こった。

薮本さんは、工事関係者などがタクシーを利用してくれたことを感謝し、

道路が拡張され、また便利になることを誇らしげに語る。


「大倉」

「はい……」


福山部長に立つように言われ、俺は一人会場の視線を受けた。


「ここにいるのは、我が社の大倉駿介です。彼は、この『陵州』の出身で、
我が社の誰よりもこの場所を大事に思い、発展することを願っています。
入社前の面接でも、どうしたら都会との差を埋めていけるのか、人がたくさん集まり、
暮らしやすい場所になるのかということを、必死に訴えていました。
その思いを本物だと思い、こうして仕事をしています」


福山部長は、俺がいる限り、中途半端なことは出来ないとあらためて宣言し、

その言葉を力強く思った人たちから、さらに大きな拍手が起こる。

俺はただ頭を下げ、本当に大きな仕事が動き出したのだということを実感した。





地元住民との大きな集まりを終えた福山部長は、

約束どおり大倉家へやってきた。

大学が同じ高瀬先輩も一緒に来てもらい、母親はこれ以上ないという緊張の中、

それなりに料理を用意してくれる。


「お母さん、申し訳ありません。かえってご迷惑で」

「いえいえ、東京では駿介が部長さんのお宅に、いつもお世話になっていると、
せめてこちらへいらしたときくらい、立ち寄っていただけたら……」

「お世話だなんて、うちの末娘が大倉になついてしまって。
わがままばかり言っています」


母親がなんとか形にした料理と、

恭介の同級生の家が経営する『はとば寿司』の大きな寿司桶が食卓に並ぶ。

それにしても、これは『特上』なのだろう。見たこともないようなネタが並んでいる。


「部長のお宅はお嬢さんですか、羨ましいです」

「いやぁ……」


玄関を叩く音がして、一番近くにいた恭介が扉を開けると、

寿司を持ってきた『はとば寿司』の修一が、今度は風呂敷包みを持ってきた。

恭介が、まだ食べている最中だと説明すると、桶を取りに来たわけではないと言う。


「一番上が大学の3年で、次女が高校1年、3番目こそ男をと思ったのですが、
いやぁ……女でした。それがまだ小学生なんですよ」

「小学生ですか、かわいいですね」


部長は元々お酒が強い訳じゃない。少しの量でも、結構酔ってしまう。

下の二人はどうにでもなると思うが、

一番上の杏奈さんは、自分を前に出すことが苦手なので、

社会人としてもまれていくのが難しいのではないかと、

この間と同じように心配し始めた。


「なぁ、兄貴……」


恭介に呼ばれて玄関に向かうと、

修一が持ってきた風呂敷の中には、結構な量の刺身の盛り合わせが入っていた。

父親か母親が追加で注文をしたのかと聞くと、

修一はそうではなくて家からだと手を振って否定する。


「家から?」

「あぁ、親父が恭介の家へ持っていけって……」


こんな高級なものを、そう簡単にはもらえない。

そう説明しようとすると、部屋の奥から部長に呼び戻される。


「なぁ、この間、杏奈をもらってくれと言って、怒られたんだよな」


部長は、俺のような男が嫁さんにしてくれたら、それで安心なのだと言い始め、

親父は、うちの息子はとやんわり否定する。

とりあえず、俺がここを出て行くわけにはいかず、恭介に詳しく聞いてこいと言い、

風呂敷包みを母親に渡した。母親も突然の差入れに驚きながらも、

ただ腐らせるわけにもいかないと、さらに食卓が華やかになった。





部長達が我が家に滞在したのは、2、3時間のことだったが、

東京のアパートへ戻ると、とにかく体が動かないくらい疲れていた。

慣れない客を迎えた両親の気疲れはものすごいものだろうと思い、

今日は申し訳なかったと電話する。

それでも、俺が会社でしっかり頑張っていることがわかって嬉しかったと、

母親は明るい声で答えてくれた。


「また、ゆっくり帰るからさ」


仕事で必要になるため、携帯電話を持つようにはなったが、

あまりにもあっさり伝わることが好きではなくて、

実家や美咲に電話をするときには、コードのつながっている家の電話を選んでしまう。


「あぁ、そうだった。また今度……」


風呂桶にお湯が溜まっていく音を聞きながら、

あらためて、親には恵まれたのではないかと、そう思った。





『ボルテックス 陵州物流センター』


建設する建物、それに関連するものの総称が、決まった。

本社ビルには、候補地から決定された5カ所の拠点が、それぞれ貼り出されている。

俺の入社を祝福してくれた桜の花がまた、新しい花を咲かせ、

社会人生活は2年目に突入した。


「以前住んでいたところよりは、ましだな」

「うるせぇなぁ、文句があるなら、ホテルにでも泊まれ」


高校3年の時、全国模試を受けに来た以来の東京。

恭介は大学の仲間と旅行をした帰りに、我が家に立ち寄った。

『マカダミアナッツチョコ』という、定番過ぎるくらいの土産を出され、

疲れたを連発する。


「そのまま陵州に戻ればよかったじゃないか。俺のところに寄らずに」

「そうも思ったんですけどね、気になることがあって、聞いてみようと……」

「なんだよ、お前も東京に就職か?」

「いや……」


恭介は飲めるようになったビールの缶を開け、この新商品が美味いのだと、

情報を披露する。どうせ、くだらない話だろうと、つまみになりそうなものを探した。


「兄貴、今陵州では、噂話で盛りあがっているんだぞ」

「噂話?」


田舎の人が噂話が好きなのは、今に始まったことではない。

時々、家の中で起きていたことを指摘され、

どこかに穴でも開いているのかと思ったことさえある。


「兄貴が、部長のお嬢さんと婚約するって」


何秒か、無音の状態があったと思う。

『は?』という声を出すまで、2、3秒かかった気がした。

あまりにも滑稽で、あまりにも真実身のない話に、反論しようとする口も閉じてしまう。


「根も葉もない噂だって、俺は言ったけどね。
お袋も、スーパーとかで、何回か言われたらしいよ。
東京の一流企業で、出世コースなんですねって」


1月に部長が大倉家へ来た日。

恭介の同級生が、差入れを持って訪れた。

その時、話題になっていたのが、ちょうど部長の娘さん、杏奈さんの話で、

冗談に発言された『大倉にもらってもらう』だけが修一の耳に届き、

家に戻った修一は、噂のタネを蒔いてしまう。


「修一はさ、部長が来ていて、
兄貴が気に入られているってことを、話しただけらしいんだけど、
それがどう広がったのか、集まりで兄貴が褒められたこととか、
部長の娘さんが年頃だとか、そんな話が合体したらしくて……」


噂話の好きな地元の連中など、俺にはどうでもよかった。

1%の真実さもないこんな話が、

美咲の耳に届かなければいいのにと、それだけを祈った。




第28話

小さな芽を出した駿介と美咲の『恋』、強い風に倒されず、花は咲くのか……
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