【S&B】 19 君の宝石

      19 君の宝石



次の日、いつもの電車のいつもの席に座り、第一営業部へ向かう。いつもの店で注文を済ませ、

出てくる間に、書類があることを確認する。昨日気付いたことが、本当に正しいかどうか、

本人に告げる前に、魚沼部長の後ろにあるファイルを取り出した。


濱尾以外の営業部員はすでに出社し、それぞれ仕事の準備を始めていて、

打ち合わせに向かう守口は、ノドに薬用スプレーを何度かかけると、軽く咳払いをする。

相変わらず寝癖の頭を抑えながら、時間ギリギリに濱尾が飛び込み、営業部が動き出した。


可能性があるファイル2つを見た後、全ての疑問がつながり、僕は深呼吸をし三田村の方を向く。

原田との失敗以来、ぺこすけがブログを訪ねてくることもなく、仕事を休むことはないが、

あまり営業部員とも会話をする様子が見られない。


「えっと……これは……」


守口が書類を持ち、三田村と目を合わせたが、すぐにそらし大橋に手渡し説明をし始めた。

三田村はまたPCに視線を落とし、何かを打ち込む。あの失敗はすでに全員の耳に入り、

自分の抱える複雑な仕事を彼女に任せるのは、一歩引くような雰囲気が営業部に出来る。


僕は持ってきた書類を、茶色の封筒に入れて見えないようにし、席を立った。


「三田村、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ。ついてきて」

「はい……」


予想外に僕に呼ばれ慌てた三田村は、また机の角に足をぶつけ、その音に振り向いた人たちに、

軽く頭を下げる。僕は彼女を連れ、エレベーターで屋上へ上がり、重い扉を開け外へ出た。

ここはあまり広くないが、遠くを走る新幹線や電車の音が、心を癒してくれる場所だ。

ビルとビルの隙間から、走る姿が見えるのではと、書類を脇に挟み手すりに寄りかかったが、

タイミングが悪いのか、なかなか電車は現れない。


僕は、自分の言わなければならないことを頭の中で整理し、何をするのかわからないまま、

後ろに立っている三田村の方を向き直す。


「三田村……『プロック製薬』のことなんだけど、本当のことを言ってくれ」


いきなりの問いかけに、彼女は驚き顔を僕に向けた。挟んでいた茶色の封筒から、

書類を出し彼女に手渡す。三田村はそれを両手で丁寧に受け取り、じっと見た。


「これは、原田が『プロック製薬』に提出した本物より一つ手前の資料だ。
魚沼部長と僕が確認し、彼女は最後の仕上げにかかったはずで……」


僕は三田村に書類の右下を見るように指示をし、その暗号のような英数字の意味を教えた。


社員番号まではどの書類にもつくものだが、最後の『S』マークがあるかないかで、

話は大きく違う。


「この最後に『S』がつく書類は、基本的に担当本人以外が扱うことを許していないんだ。
もし、作業上、担当者以外が扱うことになるのなら、1つなら僕、2つ以上なら
魚沼部長の承認が必要だ。だから君たちから聞いたように、この書類を原田が
君に頼んだとすれば、それは職務違反になる」


僕はそう言うと三田村の表情を確認した。彼女は少し上を見るように僕の方を見たが、

すぐに書類の中の英数字に視線を戻し、黙っている。


「魚沼部長のファイルを確認して、原田がその申請を出していないこともわかった。
僕のところに原田が申請をした事実もない。ウソをつかずに、正直に話して欲しい……」


原田が三田村を使って、自分の失敗をごまかそうとしたことは、すでに明らかだった。


「……私が……悪いんです」


まだ原田をかばうつもりなのか、三田村はそれだけを告げ、黙ってしまう。

僕は通り過ぎる電車の音が消えるまで同じように黙り、静かになったのを確認し、一言告げた。


「悪いのは三田村じゃない。もちろん、原田を責めるつもりもない。悪いのは……僕だ」


その言葉に三田村は、また僕の方を向いた。少しおびえたような、メガネの奥にある瞳に向かい、

僕は語りかけるように伝える。


「あの日、原田から提出書類が紛失したと聞かされて、正直焦りの方が先に出てしまった。
手元にこの下書きが残っていたらよかったのに、僕も大事な書類を部屋の中に置いたままで、
それなのに、君だけを責めた……」


三田村には大事な仕事は任せられないという、営業部の雰囲気をここ何日か、

自分自身が強く感じ取っていた。もっと先に気付き、的確な対応をしていればと後悔する。

僕の対応の甘さが、この結果を生んでしまったことは間違いない。


「やりづらくなっただろ……仕事。申し訳なかった」


僕の謝罪に、三田村は笑顔を見せ首を横に振った。表情はとても穏やかで、

心のもやもやも、いつの間にか晴れたように見える。


「本当のことが分かった以上、営業部で話をすべきなのかもしれないが、原田の立場もある。
少し時間をくれないか」

「いいんです……これで。私は今まで散々ミスしてきたんですから。自分で挽回しないと。
今回のことだけで、三田村は出来ないと思われているわけではないですし……それに、
自分で納得して引き受けたんですから」


雨の降ったあの朝、そういえば給湯室にいた二人に声をかけた時、原田はめずらしく慌てていた。

あの変化にきちんと気付いていればと思いながら、その時、どんな会話をしたのだろうと、

僕は問いかける。


「原田さんの気持ちが、すごくよくわかったので……」

「気持ち?」

「第一営業部に入って、はじめて一人で任された仕事だから、どうしても成功したいって。
それが成功したら主任と仕事が出来る。どうしても認めてもらいたいんだって……」


魚沼部長が原田をほめ、次の仕事は僕と組むように言った時のことがよみがえる。

原田は嬉しそうに提案を受け入れ、僕に頭を下げた。


「原田さんにはこの先があります。選ばれて第一営業部に入って、これからスタートって時に、
誰だって失敗なんてしたくないし。それに比べて私は……どう頑張っても、
半年しかここにはいられません。みなさんのお役に立てるような仕事も出来ませんから」


自分を含め、世の中の人間は、他の人より少しでも幸せになりたい、上に立ちたいと

常に考えるものだとそう思っていたが、三田村の心は、どこまでも抑えられるように

出来ているようだ。


「主任に理解してもらえただけで……それだけで十分です。もう、何もしないで下さい」


そう言って笑った三田村の目には、少しだけ涙が光ったような、そんな気がした。





その日の仕事を終え家に戻ると、上着だけ放り投げベッドに寝転がる。強い脱力感に、

しばらく動く気にもなれなかった。

とりあえず三田村の言うとおり、何も知らないふりをして、そのまま仕事をさせたが、

原田にも事実を言わなければならない。今回の彼女の行動を、全く理解出来ない訳ではないが、

人に罪をなすりつけ、そのままにすることが正しいはずはない。



『主任に理解してもらえただけで……それだけで十分です』



失敗した濱尾を一人待っていたこと。エレベーターに閉じ込められ平気なふりをし続けたこと。

三田村の行動は、わかっているつもりで評価する僕の、必ず上を行く。


ネクタイをなんとか首から外し、その日の主任の任務を終えた。


僕は立ち上がり、PCの電源を入れると、『すいーつらんち』を開く。

2週間以上訪問することのなかった『ぺこすけ』が久々に姿を見せた。

今日の三田村の笑顔が重なり、僕はすぐにコメントを開け、もう一人の彼女に会う。


     >今日は会社の帰りに、どうしても食べたくて買いに行きました。
      ロールケーキなんですけど、いろいろな果物が色とりどりに入っていて
      とっても美味しいんです。
      名前は『ジュエリー』、そう、宝石のように、果物がキラキラしているから
      なんですよ。


大手デパートの食料品売り場にある、このケーキのことは僕も知っている。

少し大きめのロールの中に、いちごの赤、黄桃の黄、キウイの緑などが見え、目を楽しませる。

クリームが甘めで量はそれほど食べられないが、スポンジのふんわり感が優しい。



      私にとって……彼は、宝石のような人なんです



彼……それは、あの煉瓦に座り、三田村を待っていた男のことなのだろうか……それとも……。


男の後ろを黙ってついて行く、営業部の窓から見た三田村の姿が、僕の頭に浮かんだ。





20 去る人来る人 へ……




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コメント

非公開コメント

宝石

やっぱり・・・三田村さんはそういう人なんだよ。
祐作が分かってやれることが出来て良かった。(*^-^*)
原田さんにはきちっと言うべきだね。これからも失敗を誰かに押し付けたりしないように。半年で居なくなる人だから構わないって訳には行かないよね。

ペコスケの言う宝石はやっぱり祐作。
あの男のことは私も気になってる、早く何とかしてやって!

あの男とこの男

yonyonさん、こんばんは!


>やっぱり・・・三田村さんはそういう人なんだよ。
祐作が分かってやれることが出来て良かった。(*^-^*)

ねぇ……
ここから、動き始めますからね。三田村ちゃんの抱えている過去も
少しずつ見えてくる……はず!

あの男の正体も、ちゃんとハッキリするから、もう少しお待ちを!
宝石v-256……

さて、どっちかな?e-440

宝石

拍手コメントさん、こんばんは

>三田村さんの『宝石の人』は、青山さんであってほしいです。

うーん……どうでしょうか。
読み進めていただければわかりますよ、としか書けませんが(笑)
のんびり、お好きなときに、また続きにもお付き合いください。