第31話

第31話




『ボルテックス』本社からも同じような夜景を見ることは出来るが、

仕事で残っているため、楽しむようなことは今までにない。

あらためてその光りに目を向ける。


「そうなんだ、駿介の会社はこんな景色が見られるのね」

「まぁな」

「すごい、日本の中心なのよね、ここって」


なぜだろう。エレベーターに乗っていたときの美咲に比べて、

その笑顔がどこか寂しげに見えた。部屋のライトが暗めの設定だからだろうか、

俺は一段階明るい照明にする。


「あ、ダメ。綺麗に見えなくなるから」


美咲にそう反対されて、すぐに元へ戻した。

あまりにも美咲が熱心に夜景を見ているので、

俺は、自分がここにいるのだとわからせるために、背中越しに美咲を抱きしめてみる。


「美咲……」


どこからか湧き出る不安な気持ちが、どんどん大きくなるような気がして、

それを押さえ込もうと必死だった。


「駿介……」

「何?」

「私、また明日から頑張るから」


美咲にとっては何気ない一言なのだろうが、

俺はそれを聞いてどうしようもなく哀しくなった。

美咲は頑張っている。これ以上、何を頑張ると言うのだろう。


「美咲」

「何?」

「頑張るなんて言うなよ、頑張らないとならないことがあるのなら隠さずに言え。
昔とは違う。俺は社会人になっているし、お前のことだって支えてやれる」

「うん……」


苦しいことがあるのなら、苦しいと言って欲しかった。

美咲は俺の手をしっかりと握り、わかっていると頷いた。





季節が春から夏へ動き、思いがけない出来事から急に工事が動き始めた『陵州』では、

地元住民の話題は、どれくらいの従業員が雇われるのかという

具体的なものに代わりだした。

母親や恭介が、必死に違うと訴えていた杏奈さんとの話題も、

消えないまま残っていることがわかり、俺は自分で解決するしかないと覚悟を決め、

7月に入る少し前に、自分から地元の祭りに顔を出した。

タクシー業者の薮本さんは、

従業員が駅から乗り込むマイクロバスの運転があるのかどうかを気にしていて、

話せないと何度言っても、自分だけ情報を得ようと、

俺の前に頼んでもいない飲み物を並べ始める。


「あの、今日はそういうつもりではないので」


酔って口にする話ではない。

最初はあれこれ世話をやいてくれた人たちも、こちらの真剣さに、

少しおとなしくなった。


「すみません、個人的なお話なのでいちいちみなさんの前で語るのはと思い
今まで避けてきましたが、事情がありますので、
ここできちんと僕の口から語らせていただきます」


事業展開の裏話でも披露されるのかと、薮本さんはわくわくしている目を向けた。

玲の親父は、何を言うのか薄々気付いているのだろうか、

相変わらず視線がキツイ。


「どこでどういう話を、誰から聞いたのかわかりませんが、
『ボルテックス』の福山部長のお嬢さんと、僕が婚約するとかしないとか、
そういう話は一切ありません。これまでも今後も、
そういったことは話題になっていませんので、
どうか噂話にするようなことはやめてください」


目の前の人たちは。俺の話しの意図がまだわかっていないように思えた。

俺は、部長の家にも迷惑がかかるし、うちの家族も迷惑をしていることを話した。


「僕には、心に決めた人がいます。いくらウソだとはいえ、
彼女にそういった話を聞かせたくありません」


このセリフは、玲の親父を視線に捕らえ、そう言い切った。

薮本さんや商工会議所の人たちは、何も知らないのだからどうでもいい。

玲の親父は、俺と美咲のことを知っていて、それでもその噂話に入り込んでいる。


「ですから……」

「そうムキにならなくてもいいだろう。
地元の人間が、君の出世を願い、影で祝っているのだとそう思えばいい」

「いえ、結構です」


俺と金村さんの冷たい言葉の応酬に、薮本さんは、俺が部長の娘さんと結婚したら、

この地元に落ちるお金がもっと増えるのではないかと、余計な茶々を入れた。

しかも、将来は議員にでもなって、名を残せる人物になるかもしれないと、

俺に酌までしようとする。


「いい加減にしてくれ……」


何が地元だ、何が議員だ。

名を残そうとなんて、一度も思ったことはない。


「僕は『ボルテックス』に所属するただの社員です。
力もなければ、別にこの地元に名を残そうとしているわけでもありません。
とにかく、確信もない噂話をこれ以上流すようなら……」



美咲をこれ以上、傷つけるのなら……



「会社に配置換えを願い出て、『陵州』の仕事からは離れます」


俺の目は、終始金村さんを捕らえていた。

美咲に対して、これ以上何かを強いるのなら、絶対に許さないという目を向ける。

金村さんは、余裕のある涼しい顔で、その言葉を受け流した。





「そうか……」

「すみません、こんなことをわざわざ言いに来て」

「いやいや、元はと言えば、俺が悪かったんだな」

「そうですよ、あなた」


東京に戻った俺は、同じ話を福山部長にも語った。

先日、杏奈さんを『晴日台』に案内した日、地元の人たちに会ったこと、

噂話ばかりが先行し、ありえない話が動いていること、

奥さんは部長が冗談で言ったことが悪いと責め始め、部長も申し訳ないと謝ってくれる。


「こちらこそすみませんでした。巻き込んでしまって」


本当に申し訳ないという気持ちが強かった。

部長に美咲のことを聞かれ、今までの話をかいつまんで語っていく。

美咲がどういう経緯で『陵州』に転校し、どういう青春時代を過ごし、

今、どういう思いでいるのか、俺がわかっているところを全て吐き出した。


「アパートが借りられなくなったのでは、また彼女の気持ちが落ち込むな」

「はい……今も動いているようなんですが。どうもいい返事がなくて」


部長の奥さんは、杏奈さんと対してかわらないのにと、うっすら涙を浮かべ、

何か手助けしてやれることはないかと、部長に言ってくれた。

部長は少し考えた後、携帯電話を取り出し、番号を呼び出してくれる。


「大倉、手帳にでも番号を控えなさい」

「はい……」


部長は、東京で不動産協会の会長をしている人の番号を教えてくれた。

そして何かあったらここにかければいいと言ってくれる。


「俺と彼とは長い付き合いがある。こういった土地買収の仕事をしていると、
彼からの情報も頼りになるからな。
いきなり、彼女に援助を申し出ても嫌がられるだろうから、
どうしようもないときには、頼りにしなさい」

「部長……」

「いざとなったら、俺が保証人になってやる」

「そうね……うん」

「いや、そこまでは」


俺は、それはやりすぎではないかと部長に言ったけれど、部長は美咲のことを思い、

それでいいと譲らなかった。

それと同時に仕事を成功させ、彼女を幸せにしてやりなさいと肩を叩かれる。


「東京に来たときには、うちにも連れていらっしゃい」

「……ありがとうございます」


本当に部長の世話になろうとは思わなかったが、それでも美咲を理解し、

評価してくれた人が増えたのは、心強かった。

わかるべき人にわかってもらえれば、それでいい。

俺はそう思いながら、アパートへ戻った。





それからは工事がどんどんと進み、

俺は『陵州』とは違う場所の動きを見学するため、出張が増えた。

先に進んでいる場所の問題点を聞きだし、それを『陵州』に当てはめる。

環境問題、住宅事情、考えないとならないことは、限りがなかった。


「美咲」

「何?」

「お前、痩せたな」


出張から戻り、東京へ美咲を呼んだ。

ダメになっていたお父さんのアパート問題も、

社長の口利きで、なんとか前に進み始めたといい話を聞いているのに、

目の前に座る美咲は、腕が以前より細くなっていて、疲れているように見えた。


「そう? 夏バテかも」

「夏バテ?」


確かに今年の夏は暑い。

外に出ているとコンクリートからの照り返しで、焼き網の上にいるような気分だった。


「休み、もらっているのか」

「もらっているわよ。玲ちゃんも店へ出ているし、前よりも楽になっている」

「そう……」


食事を済ませ、帰るまでの時間を計算しながら、二人の時間へと美咲を誘うが、

今日は無理だと断られる。


「ごめん……無理な日だから」

「あ……うん」


5月の終わりに感じた、どこか危うい雰囲気が、美咲全体を包んでいるような気がして、

俺は抱きしめているだけだと前置きし、体を引き寄せた。

一緒に暮らすことが出来たら、こんな思いはないのかもしれないが、

家族の形を取り戻したいと思っている美咲に、その願いを叶えさせてやりたい。

もう一度、父親と母親の笑顔を見た後に、新しい家族への思いを持って欲しかった。

俺は駅まで美咲を送る。


「駿介……」

「ん?」


名前を呼ばれただけなのに、これから『陵州』へ戻るだけなのに、

美咲がどこかへ消えてしまうのではないかと、そう思えてならなかった。

『行くな』という言葉が、喉まで上がったが、電車の音にかき消される。


「またね……」


美咲は精一杯の笑顔を見せると、手を振ってくれた。

俺は気をつけて帰れと何度も言い、美咲はその言葉に何度も頷いた。





また会える……




俺は電車を見送りながら、そう自分に念じ続けた。





美咲のお父さんが、最初にアパートを決めた後、

事件のことを告げ、契約を無効にしたのが金村さんだとわかったのは、

それから1週間後のことだった。




第32話

小さな芽を出した駿介と美咲の『恋』、強い風に倒されず、花は咲くのか……
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